人狼騎士 / 裏切り
■30 さよなら ■
「ユートは未だ帰ってこないの?」
「酒を取りに行ったきりだ。全く、何の為にこんな豪華な部屋を借りたんだか」
「でも、そのおかげで子どもたちも楽しそうじゃない。ほんと、彼には後でお礼しなきゃ」
「確かに、ユートには頭が上がらないな。また、二人で花火が見れるなんて」
「そうね。お礼は何がいいと思う?」
「酒でも贈れば喜ぶだろ」
デッキチェアに座りながら、微笑みあうダンとサラ。
夫婦は子ども達を視界の隅にいれながら、打ち上げ花火を鑑賞していた。
美術芸術には疎いダンだが、こういったインパクトのあるアートは好みだ。好きな娘に告白したのも花火の日だった。美しく、大きくて、儚くて……分かりやすくていい。
瞳に次々と花が咲いて、そして散っていくなか、彼は考えていた。
人間って奴は、どうして花火を美しいと感じるのか。
それは彼らが、人を感動させる、たった一つ使命の為だけに存在するからではないのか。
点火され、数秒の内に夜空に昇り、そして、一瞬の輝き。
短い生涯だ。だが、彼らは成すべき使命を為した。
人になぞってみれば、なんと偉大で、なんと儚い人生だろうか。美しい人生だ。
下の通りから野次が聞こえる。
どうやら、そろそろ最後の大花火が打ち上がるらしい。
だが、花火が終わっても、カラケシュの街のどんちゃん騒ぎは終わらない。パレードだって続いているし、明日は新年、一日中飲み明かす奴らも多い。
「綺麗だったね」の一言で人々は再び歩き出す。余韻の残る夜空から視線を下ろし、仄かな火薬の匂いのする街へと消えていく。
人の心は、花火の美しさなど、すぐに忘れてしまうのだろう。
これを最後に、もう花火は打ち上がらない。また夜空は闇空に戻る。
ふと、ダンの目に、エレナの顔に光る一筋の雫が映る。
──泣いているのか? 何故?
娘の涙に気を取られた彼は、夜空を昇っていく小さな光の粒になど気づいていない。
涙を拭い、何かを口にする娘。
ドォンッ!
しかし、気になるその言葉は、彼の耳に入ることは無かった。
白光。
それは暗闇から放たれた魔法の光芒。
瞬時に身を翻すダン。込められた殺意が紙一重で首筋を掠る。
──奇襲ッ!?
──白羊か?
──騎士団は何をやっているッ?
咄嗟に立ち上がり、放たれた魔法の源を辿る。
──上じゃない。 下じゃあない。暗い部屋の中!
──居るッ!
──光る琥珀色の瞳が、俺を見てッ……」
自分を襲った敵の正体を目の当たりにしたダンの心と体は硬直。
そこに居たのは、騎士団の頃からの戦友。
「ユート! お前、何故だッ!」
しかし、彼はダンの問いには答えず、瞬時に視界から姿を消す。
「遅い。後ろだ」背中越しから聞こえるユートの声に彼は冷や汗を垂らす。
まるで瞬間移動のようだ。そしてそれが何なのか、ダンはよく知っていた。
それは瞬身術、またの名を縮地法。
鍛える事の出来ない僅かな無意識の隙を突いて、まるで地を縮めるが如く一気に間合いを詰める──騎士の上級技能。
驚きのあまり振り返るダン、その視界に飛び込んできた光景に、息が止まった。
娘を抱きかかえながらデッキに倒れこむ妻。ユートが奇襲を仕掛けてきた時、我が子を守ろうと即座に反応したのだろう。だが妻も娘も動いていない。
そして、ユートの傍らにフラフラと力なく立つライラとベル。首が座っていない不気味な恰好はまるで操り人形のようだ。
恐らく、これは催眠魔法の一種。それも他者の意識に介入する超高等技能。彼の知っているユートは、このような搦手を苦手としていたが、今はそんな事を考えている時ではない。
「答えろ! ユート!」
ダンは、いつでも攻撃魔法を放てられるよう右手をユートの方に掲げ、声を荒らげる。
「目が合った時、ちょいと魔法をかけさせてもらっただけだ。お前以外にはな」
「違う!そんな事は見りゃ分かる! 俺は理由を聞いてんだ!何故俺たちを襲った!?」
「白羊だから……じゃあ、不満か?」
雷が脳を貫くが如き衝撃。一番聞きたくなかった答えが、彼の鼓膜を震わせた。
それじゃあ、ライラを攫ったのは、お前だったのか、ユート?
何故お前が……。
「何故、裏切った! 言えッ!」
その言葉と同時に右手に込めた魔力を光子化、一気に射出、光芒となった魔力が敵を貫く『閃光魔法』!
「効かん」
しかし、それは軽く打ち消された。不意打ちのダンに効かなかった魔法が、臨戦態勢の彼に効果があるはずもない。加えてストレスで彼の魔力は乱れきって、まともに魔法など使えない。
無理に魔法を使って息を荒くする彼を、ユートは鼻で笑い、口を歪ませて笑う。
「俺からは言うことは何もない。 が、一人会いたいって奴が居る」
バサッバサッ
彼の頭上から、羽ばたきの音が聞こえる。
それは、明らかに竜翼がはためく音──
見上げる。しかし、吸い込まれるような闇空しかない。
「ダン。今日の夜はいつもより暗いな」
──この声は……このよく知った声は──
恐る恐る、視線を下ろす。
まさか、止めてくれ、お前もなのか?
「ルシ……ス?」
お前まで、裏切ったのか?
喉が縮み上がり、鼻にかかったような弱々しい声しかもう出なかった。
「最後にさよならを言いたくてね。わざわざ会いに来てしまったよ」
いつものように真っ黒なタキシードに身を包んだ彼が、優しく微笑んだ。




