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王×騎士+陰謀 / 王宮


■24 白羊(ロゴス) ■



「今、なんて?」



 数日が過ぎ、厚い雲が王都を覆う雨の日、事態は急展開を迎える。

 

「なんだ。狼の癖に耳が遠くなったか?あの少女……あぁ、ライラと言ったか。彼女を本国に送還する準備が整った」


 王宮に呼び出されたダンは、開口一番、王が放った言葉に耳を疑った。


「ユートから向こうの貴族と話は着いたとは聞きましたが……」


 茫然とする彼に、王は椅子に深々と腰掛けながら答える。


「ならば話は早い。アスラも、大して問題視はしていないとのことだ……まぁ、想定内ではあるが」


「想定内? どういうことです?」


 王の言葉に不可解な面持ちになるダン。そこへ、一人の男が執務室へ入ってきた。

 

 重装を纏った浅く肌の焼けた彫りの深い男だ。彼は兜を外すと、王に対し深く敬礼する。


「イシュ様。只今参りました」


「おお、丁度よい所に。遠路はるばるよくぞ来てくれた」王はその男を労うと、ダンに紹介した。「彼はシェン。ヒザン騎士団の団長を務めておる者だ」


 身を正して礼をすると、彼は凛とした顔を保ったまま、軽く会釈を返す。ダンは初めて見る人狼に対しても一切の動揺も驚きも見せない彼の胆力に感心する。

 

「シェンよ。そこに居るのが、例の少女を保護しているダンという男だ」


「ええ。かねてより噂は聞いております。国王陛下が狼を飼っていると」


 そう言ってニヤリと笑う彼をダンは睨み返した。

 

 このような嫌味を言われるのは珍しいことではない。

 

 官位としては同じだが、騎士や憲兵にとって、国王を直接守る親衛隊に所属することは大いなる名誉。しかし、親衛隊に入隊できる絶対的な基準はなく、全て王の好み。


 それだけに、彼らに対して羨望や尊敬ばかりではなく、嫉妬や敵対心を抱く騎士も多い。王の目に触れる機会が少なく、親衛隊に配属される見込みが殆どないような地方の騎士団などは、露骨に目の敵にしてくる有様だ。


 中でもダンは特にその標的にされやすかった。理由は明白、人狼という奇異な姿であるからだ。それは親衛隊を非難する者にとって格好のネタだった。


「どうせ犬面を面白がっているだけ」


「狼など王の守る役割に相応しくない」


「獣を王宮に入れるな」


 その手の罵りは山ほど言われてきた。


 しかし、一方の彼は、そのような嫉妬からくる悪口をわざわざ歯牙にかけてやる必要などないと特に気にしても居なかった。


 それに、たった今シェンが放ったような皮肉など過去に百回は言われてきた、陳腐な内容だ。逆にもう飽きた。筋肉だけでなくもっと語彙を増やして欲しい。とも思っていたりした。


 というわけで、陳腐な皮肉には陳腐な言い回しで返すことにする。


「何を仰る。騎士など全て国王様の()ではありませんか、()()()()殿()


 予想外の答えにシェンは一気に口角を下げ、眉を顰める。


 少しピリッとした空気──


 しかし、張り詰めた空気は、一つの笑い声によって破られる。


 二人のやり取りを眺めていた王のものだった。


「っはっは。その犬は口が達者なものでな。牙でなく言葉で噛み付いてきおるぞ」


「……ふっ、そのようで。随分と芸達者にございますな」


 騎士は横目にダンを見る。狼耳をピンと立たせ、勝ち誇ったような顔で、「ま、犬同士仲良くしましょうや」などとほざいている。


(小賢しい半獣め)と彼は心の中で舌を打った。

 

「さて、早速で悪いが、以前に伝達した調査の結果を頼む」

 

「御意」


 調査というのは、周知の通りライラを誘拐した組織に関するもの。シェンは懐から封書を取り出し、王に手渡した。

 

「先日、陛下より勅命が下った段階で、我々ヒザン騎士団は既に敵の目星は付いておりました。なぜなら、その組織は最近急速に勢力を拡大し、度々、騎士との衝突も報告されているからです。疑惑は奴隷や薬物、武器、その他様々な密貿易……」


「なぜ、そのような組織を今まで放っておいた?」報告書に目を通しながら、率直に訊ねる王に対し、騎士は「確証が無かったのです。敵は幻影のように掴みどころのない組織でした」と渋い顔をした。


「なるほど……して、その組織とは?」


「"白羊(ロゴス)"と名乗る、自由と友愛を掲げる、宗教団体です」


 予想だにしていなかった騎士の報告に、ダンは怪訝な顔になる。


「宗教? なんでここでそんな奴らが出てくるんだ?」


「政治と宗教が絡むことなど、取り立てて珍しくもない」


 それは古来より続く単純な構造。宗教が政治に正当性と動員力を寄与する代わりに、政治は宗教を保護し、世俗的権力を保証する。


 ダンを小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、彼は続ける。

 

「入念な調査の結果、"カロン”と呼ばれる指導者が貴族数名と密接な関係を持っていることが明らかになったのだ」


「……その白羊ってのが、ライラを誘拐したんだな」


「ああ。件の少女が逃亡を決行した宿も判明している。事件の当日、馬車小屋で大きな音を聞いたという証言も出た。そして宿の経営者に宿泊客を確認した所、客の一人が我々の手元にある白羊の信者の名簿と一致したのだ」


「なるほど。だが、そいつらは未だ捕まえてないんだろ?」


「建国記念日、即ち、晦日(つごもり)。白羊の総本山、ヒザンの郊外で新年を祝う集会が行われ、そこには貴族も参加することが確認出来ている。そこを一網打尽にする」


 建国記念日といえば、カラケシュの祭りの日である。カルトの儀礼が行われる日としては妥当だろう。


 彼の報告を受け、王は白羊討伐の為の騎士動員を正式に許可。騎士も最敬礼で応える。


「兵力は足りるか? 王都かカラケシュから、騎士を派遣してもよいが」


 その二つの騎士団は王と関わりの深い騎士団で、王の命令に対し小回りがきくので、王はそのように提案したが、しかしシェンは丁重に断る。


「陛下。お気持ちは嬉しいですが、本件は、我らヒザン騎士団に任せて頂きたい。それに、その日は重要な"大祭"の日。陛下の身をお守りする騎士も必要になりましょう」


「よろしい。ならばこの件はシェン、貴公に託す」


「光栄にございます」


 騎士は再び敬礼すると、くるりと身を翻す。

 

 ダンは扉に手をかける彼をすんでの所で呼び止めた。


「騎士団長殿。その、白羊とかいう連中が何故ライラを誘拐したのかは分かったのですか?」


 それはダンにとってどの報告より聞きたい事柄だった。

 

 しかし騎士は「今、必要なのは事実のみだ」とぶっきらぼうに吐き捨て、その場を後にした。


 ──調査出来てねぇだけだろ、とダンは思ったが、そんな事を言っても始まらない。執務室の扉を睨みつけ、不快そうに口を尖らせた。


「……アイツ絶対、元から白羊と貴族の関係知っていましたよ。というかズブズブじゃないですか?黒羊ですよ黒羊」


 しかし、彼のブラックな冗談に、イシュは「知っておる」としれっと返した。


「え?」


 王はシェンの持ってきた報告書を放ると、書棚から別の書簡を取り出した。


「既に他の騎士団から報告が上がっているからな」

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