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少女×竜×学者 / 劇場

■23 叙情 ■


「ところで、貴女たちは、こんなところで一体何を?」


「ベルが、お芝居を見たいんだって。でも、私達お金を持っていなくて」


 迷子になったベルを探していたという前提など、すっかり忘れているライラは、拗ねて背中にぴたりとくっつく彼の頭をポンポンと叩く。


 そんな彼女たちの姿を見、ルシスはふむ、と顎をさする。

 

「芝居ですか。演目は、『ブラン川の歌』……良いですね。一緒に観ましょうか」


「え?いいの?」


「ええ。まぁでも、看板の上演時間を見る限り、もう終盤ですが……」


「螟ァ荳亥、ォ!螟ァ荳亥、ォ!」


 しかし、ベルはそんな事はお構いなし。ルシスの服の裾を引っ張りながら唸り、芝居小屋に入れようとする。


「ど、どうしたんですか? ベル?」


「『いいから行こう』って」


「そ、そうですか?まぁ、貴方たちが良いのなら……」


 暗幕をくぐると、暗いホールに民衆が各々自由に座って、明るい舞台で演じられている『ブラン川の歌』を鑑賞している。


 ルシスは入り口の側に空いていたスペースに腰を下ろすと、ふと、ライラの首にかけられた銀色のネックレスに気づいた。


「おや、そのネックレスは……?」


 彼が興味を示すと、ライラはにへらと微笑んでそれを持ち上げて見せた。


「これはね、エレナが遊戯場で取ってくれたのよ。何でも、加護が付いていて、船一隻の価値があるんだって!」


「それは……」


 見たところ、それは確かに微弱な魔法耐性が付与されているものの、宝石も銀も使われていない、安物のネックレスだ。とても船一隻と交換は出来ないし、良くて500ع(デナリ)と言ったところか。大方、遊戯場の店主が盛って話したのだろう。子供相手に阿漕な商売だ。

 

 しかし、勿論そんな不粋を口にすることはない。彼は微笑み返し、優しく声をかける。


「それは、貴女にとって、価値のある物となります。どうか大事になさってください」


「ええ、勿論」


「ところで、さっきからその手に持っている紙は──


 ガアァァーン!


 その時、大きな銅鑼の音が響き、二人は驚いて舞台に目を向けた。


 銅鑼の音は戦いを告げるものである。物語の佳境、マナ王国建国戦争の章だ。ブラン川を堺に南北の人々同士で戦争になり、主人公とヒロインが互いに敵として戦うことを余儀なくされた場面。


──さて、芝居小屋は、夢と現の交差する場所だ。


 魔法でキラキラと輝いている舞台の上では、数人の男女が、手を振り、胸を張り、大げさな所作と澄み渡った声で、叙情劇を演じている。

 

 一方、暗く静かな観客席では、互いの姿は暗くて見えず、やがて見物客達の自他の境界は微睡んでいく。

 

 そうして、いつしか彼らは、物語の世界へと没入──現実(にくたい)は眠りにつき、(いしき)が目を覚ますのだ。


 彼らは体験する、体感する。主人公の咆哮、ヒロインの悲鳴、敵役の嘲笑、群衆の怒声と無機質な軍靴を綯い交ぜにして。その狭い舞台上で起きる事件は、やがて彼らの世界を塗りつぶす。


 "ブラン川の歌"の終盤、カリオン姫が主人公の腕の中で非業の死を遂げる、物語のクライマックス。


『おお、神よ! 何故、貴方は使命に犠牲を求むのか。私の腕は二つあるのに』


『右手で剣を握り、左手で愛する者を抱くならば、汝は三つを失うだろう。即ち剣と女、そして汝である。単純なことだ、汝に使える命は一つしか無いのだから』


 ──観客はただ、それを感じている。


 だが、演劇鑑賞に慣れていないライラは、途中入場ということも相まって、どうにも物語に没入できず、周囲に座る観客の反応を窺ったり、ぼぅっと眺めたりしていた。

 

 落ち着かずに首を振る彼女は、不意に、ルシスの目に光る一筋の涙を見た。


「ど、どうしたの?」


 声を押し殺しながら訊ねると、彼は夢から目を逸らすこと無く答えた。


「いえ、大したことはありません。私は、子供の頃から、この物語が好きでしてね。よく友人と一緒に、想像を膨らませていたことを思い出すのです。私の育った村には、こんな立派な芝居小屋なんてありませんでしたから」


「あぁ、私の村にも芝居小屋なんてなかったわね。というか、芝居小屋のある都会のほうが珍しわよ、絶対」


「全く。大人になると、涙腺が(ゆる)くなっていけませんね」


 胸ポケットからハンカチを取り出し、目尻を拭うルシス。

 

(泣くほど好きなのね……そんな感動する物語なのかしら)彼のそんな姿をじっと見るライラは、ダンの家に戻ったら『ブラン川の歌』をちゃんと読んでみようと決めた。


 確か、前にルシスがこの国で大人気の物語と言っていたから、恐らくエレナが本を持っているだろう。


『我らはここにマナの国を打ち立てよう! 人の世の夜明けなり!』


 やがて、物語の最後、王国の黎明を告げる鐘が鳴り響く、舞台は終演を迎え、客席が徐々に明るくなる。


それは夜明けに似ている。観客が夢から覚める時だ。

 

 故に、芝居小屋を出たばかりの人々はとても感傷的だ。今まで彼らは意識だけの存在となって、世界と直に触れ合っていたのでまだ身体に慣れていない。


「んなぁ! んあぁ!」


 ベルも例に漏れず、目から大粒の涙を流し、甲高い声で唸っていた。


「……そんなに泣くほど? いや、私がドライすぎるのかしら? どう思う、先生?」


 彼女の質問に、ルシスは微笑みを浮かべた。


「いいえ、そうは思いませんよ、貴女は……」


 その時、彼らの後ろから、「あーーっ!」という女の子が叫ぶ声。


 ライラがその声に振り返った瞬間、エレナが全速力で駆けて、彼女に抱きついてきた。いや、タックルと言ったほうが適切かも知れない。


「ライラちゃん!ベル!どこに居たの?心配したんだよ!」


 そして、そのすぐ後からルンも息を切らしながらやってきた。どうやら、相当エレナに振り回されたらしい。


「わ、私もですよ、ライラさん……はぁ……」


「ごめんね。ベルがお芝居を観たいって」


「私も観たかった!」


「私も……人混みを走り回るくらいなら……ぜぇ……」


「いや、ホント……ごめんね?」


 やっと全員が集まってホッとするライラだが、そこにまた、思いがけない人がやってきた。


「お~いたいた。どこに行ってたんだ、ルシス」


「お前、トイレ行ってる間に会計しちまったじゃねぇか。それが許されるのは女だけだぞ」


 それは昼間から酒を飲んで、すっかり顔を赤くしたダメ男達、もといダンとユートだった。


「にしても、長ぇトイレだな。ウンコか?……なんだガキ共も一緒じゃねぇか」


「馬鹿か貴様ら」ルシスはハンカチを鼻に当て、しっしとユートに手を振った。「酒臭いぞ。あの後、どれだけ飲んだんだ?」


「そんな飲んでねぇよ……麦酒半樽に、赤白合わせて葡萄酒を五瓶だろ?あとは……」


 そう言って指を折っていくユートに、ダンが異を唱える。


「ちょっと待て、今言ったのはコイツの飲酒量だ。俺はそんな飲んじゃ居ないぞ。麦酒半樽に葡萄酒一瓶だ」


「殆ど同じじゃないか」


「違う。ユートは更にウイスキーも一瓶空けてる」


「すまん、大馬鹿だったか」


 冷淡に吐き捨てられたダンだったが、全く気にする素振りも見せず、今度は子どもたちに向かって「そうだ、お前たちに良い知らせがある」と声をかけた。


「なに?」


「さっきユートと話していたんだが、もうすぐ、カラデシュで祭りがある。皆で行こうと思っているんだが」


「祭り?」


 ライラにとって祭りとは、村で秋に行われ、豊穣を願うだけで、あまり面白くないものだった。

 

 首を掲げる彼女だが、隣のエレナは「やったぁ!」と声をあげている。


「そんな凄いの?」


「ええ、もちろん! あの、もう街中がピカーッてなって、人もウワーッて!」


「……何も分からないけど」


「まぁ、見たら分かるさ」


「でも先輩方! 当日はイシュ様の警護任務では!?」


 手を挙げて主張するルンだが、「馬っ鹿。何言ってんだお前」と顔を真っ赤にしたユートが彼女の言葉を遮って得意げに話し始める。


「んなもん、ちゃんと作戦は立ててあるんだよ。何のために外交任務に就いてたと思ってるんだ」


「外交の為では?」


「そうだよ」


「うーん、酔ってます?」


「……酔ってないが?」


「酔ってますね」


「酔ってない。ほら、会話できてるだろ?会話できたら酔ってるとは言わねぇ」


「出来てないですよ」


 酒のせいで支離滅裂な発言を繰り返すユート。


 この後、ルンとの不毛なやり取りのあとに明かされた()()とは、つまり休暇をゴリ押しで勝ち取るという、知性の欠片も感じないものだった。まぁ、そんな酔っ払いの戯言など、彼女以外の人間は一切耳を貸していないのでどうでも良いのだが。


「結局、みんなで集合しちまったな」


 嬉しそうに鼻でヒクヒクと動かすダンに、ルシスが笑いかけた。


「いいじゃないか。賑やかで」


「まぁな。静かよりは良い……おーい!エレナ!ライラ!ベル!」彼は噴水の縁でじゃれつく子どもたちを大声で呼ぶ。「家に帰るぞ!サラが待ってる!」


「まーだー!お父さん!私も芝居見てもいーいー!?」


「ダメだ!母さんに怒られるぞ!」


「やーだー!」


 そんな事を言いつつ笑っているエレナ達の顔が、水面に反射する夕日の光できらきらと輝いている。

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