少女×竜×人狼騎士 / 学校
■18 ルシス ■
学校というのは、この世界では国王によって設立される公共の教育機関の事を指す。
国家の内外を問わず、研究者・哲学者・芸術家・魔導士などが集められ、文化芸術・魔法科学の振興、研究、講義を行う機関だ。
中でも、学校教育の根幹を成す哲学・修辞学・魔法学、及び文学・数学・天文学・音楽の七科目は自由七科と呼ばれ、王国貴族の基本技芸とされる。
これだけ聞くと、何やら小難しく退屈だと思われそうだが、学校の役割はそれだけではない。
勿論、自由七科以外の様々な学問・技芸も開講しているし、王宮の庭園にある広場を使った体操や剣舞などのジムが開かれたり、食堂で料理教室が開かれる日もある(大抵の場合、不評である)。また、国王所有の大きな劇場を借りて、有志が集まり、月に何度か演劇や音楽会まで行っている。
言ってしまえば、学校では何でもやっているし、なんでもできるのだ。
そして、それは「人間を自由にすること」という学校設立の主目的に沿っている。
さて、ライラとベルが人狼の家に来た次の日、彼らとエレナの四人は学校へ行くことになった。
理由は二つ。一つは、家に居ても時間を持て余すだけということ。
そしてもう一つは、王都に住む者であれば自由に学校に行けるとルンから聞いた田舎娘が、行かせてくれと喚き散らかしたからである。
正直、疲れが溜まっているので、次の日は昼まですやすやと眠っていたいと思っていたダンであったが、不運な事に今日からは子どもが1人から3人に増えた。
女三人寄ればかしましいとは言うが、子ども三人寄れば騒々しいどころではない、狂乱である。そのような状況下で、妻が夫をやすやすと寝かせてくれるか、と問われればNOだ。
そういう訳で、ダンは目の下にしっかりとクマを作り、朝から子守りの為に学校へと出かけたのだった。
「それで、ライラちゃんはどの講義を聴きたい?」庭園を流れる水路の際を歩きながら、エレナはライラに訊ねた。
「これからやるのはね、『魔法学初歩Ⅰ ~部分的な体温上昇と発火現象~』『哲学 文法と叙述』『王国歴史学 河川・王国・守り神』『古典叙事詩 労働と蜜蜂』『古典抒情詩 ブラン川の歌』……あとは『実戦魔法技術 雷を走らせろ!』あ、これは臨時休講ね」
「ほんと、色々あるのね……決めきれないわ……ベルは、どう?」
「遶懊′蜈・縺」縺ヲ繧九d縺、」
「歴史学だって」
「あ!実は、私もそれにしようと思ってたの!」
「そうなの?」
「うん!歴史の、ルシス先生の講義はとっても面白いのよ!ああいうのをレトリックが優れているって言うのかも!」
「……ルシス? どこかで聞いたような……?」
■18 【王国歴史学 河川・王国・守り神】 ■
講義と言うのは、学者であったり魔法使いなどの講釈師が己の知見や研究を聴衆に説き明かすことである。
大抵の場合、それは五十人もいれば満員になるような小規模な講堂で行われる。講義時間は学者によりまちまちであり、聴衆は自由に講堂に出入りできる。故に、話が上手く講義が面白い学者の下には人が集まり、逆にどれだけ研究が素晴らしくても、話のつまらない学者に聴者は寄らなくなる。
それで良いのか?とも思われかも知れないが、先も述べたとおり、修辞学は学問の根幹の一つ。その為、熟達した弁論技術はその学者が優れていることを示している。
「皆、お集まり頂きありがとうございます。本日の議題は、『河川・王国・守り神』 つまり、王国が誇る大運河『ブラン川』にまつわるお話です」
壇上で手を広げるタキシードに身を包んだ男。彼こそマナ王国の歴史学者、ルシスである。
講堂にはダン達を含めて二十人程度。歴史学というマイナーな学問にしては、多くの聴衆が集まっている方だ。
「王国北東に雄々しく聳える天高き山『タウロス山脈』に端を発し、世界都市カラケシュへと流れ出るブラン川。その大河の流れは、まさしくマナ王国の歴史と同じと言えるでしょう。
即ち黎明、水上は細く激動ですが、やがて時代が下るにつれ、流れは穏やかになり、人々の生活・文化に豊穣を齎します。そして遂に私達は平和の象徴であるカラケシュ港に辿り着くのです
……ふむ、これらを踏まえると、ここ王都は、ブラン川が造り上げてきたこの国の『未来』と言えるでしょうね」
ルシスは立ち止まると、手を鳴らして観衆の意識を集める。
「さて、ブラン川には守り神が居るとされています、ご存知でしょうか?」
しんとする講堂。大抵、壇上からの質問に対して聴衆は消極的だ。
人前で意見を発することはいつの時代も無意味に気恥ずかしいものだ。
しかし、その沈黙を破るように、エレナ親子が「はいはい!はいはい!」騒がしく手を挙げる。
「魚!」とエレナが叫ぶ。
「エレナさん。少し安直すぎやしませんかね?」
「狼!」とダンが叫ぶ。講堂の奥からクスクスと笑いが起こる。
「ダン、人前で恥ずかしくないのですか?」
友人のふざけた答えに、肩を落として呆れるルシス。
しかし、ダンの回答を皮切りに、馬・人・亀・竜・アメンボ・水牛など聴衆から色々な意見が飛び出した。
「皆、ありがとう。それでは正解を発表しましょう!」
そう言うと、ルシスは魔法で空中に守り神の絵を描き始める。
キラキラとした光の軌跡は、やがて一つの生物を象っていく。
「ブラン川の守り神、それは、竜です」
「えぇ~~ッ!?竜ぅぅ~?」
しかし、エレナはどうにも納得がいかないようで、ルシスの解答にケチをつける。
「竜って空を飛ぶから、空の守り神じゃないの?やっぱり魚だよ。魚!」
「確かに現代に生きる人々にとって身近な竜とは、人を乗せて優雅に空を飛ぶ、騎竜のことでしょう。しかし、はるか昔は違っていました。それは、『竜人』の存在です」
「竜人って……たしか」
「竜人とは竜の血を引く人間の事であり、古代マナ王国を支配していたのは、彼らでした。彼らは水の流れを支配する能力を持っており、その強大な力を讃え、ブラン川の守り神として表されるようになったのです」
すると、講堂の後ろのほうから、ルシスに質問が飛ぶ。
「だが、竜人? なんて見たことも聞いたことも無いぞ」
「彼らはいつしか、歴史から消えてしまったのです。しかし、皆も彼らの存在を知っているはずです……かの著名な『ブランの歌』。そのヒロインであるカリオン姫は竜人と言われています」
彼がそう言うと、講堂内がにわかにざわめいた。
『ブラン川の歌』と言えばカラケシュに伝わる抒情詩で、王国建国戦争によって敵同士になってしまった男女の悲劇を描いた物語で、絵本や書籍だけでなく、演劇や音楽にもなっている。
この国で生まれ育った者ならば、誰でも一度はその名を耳にした事があるほど有名な詩篇だ。
アスラ生まれのライラは、確か昨日王様の部屋に絵本があったなぁと思い出していた。
「さて、そんな竜が守り神として祀られるようになった経緯を、今日も魔法動画で説明していきましょう」
そして先程のように魔法で光の軌跡を描いていくルシス。ここからが、彼の講義の本編である。
魔法の技術を交えた彼の講義は、ちょっとした映画のようなもので、特に子どもに人気がある。
特にライラとベルなど、初めて見る魔法動画に瞳を一層キラキラと輝かせている。
しかしその一方、魔法の為に暗くなった小講堂と、落ち着いた声で為されるルシスの解説。動画に集中して黙る聴衆達。
それらは、疲労と睡眠不足を抱えた父親を睡眠へと誘うに十分過ぎるものであった……




