少女×竜 / 家
■17 ベル■
「王様の命令なら、最初からそう言えばいいのに」
野菜を洗いながら快活に笑うサラを、恨めしい目でダンが見る。
「何か言う前に扉を閉めたのはそっちじゃねぇか」
「何か言った?」
「いや、何も」
「すいません奥様。私、好奇心旺盛なもので……」
さて、ダイニングでは、大人たちが何やら重要そうで無意味な話を延々としている一方、子どもたちはリビングにゴソゴソと集まっていた。
「ライラちゃん、今日からこの家に泊まるってホント?」
「うん。一月くらい」
「一月も!?やった!ずうっとお母さんと二人だったけど、家族が一気に増えたみたい!」
そう言って勢いよくエレナに抱きつかれたライラは、床にへたり込みながら笑った。
「一気に増えたのよ」
「うん!それで、この子は誰!?」
エレナに指をさされた竜人は、ふんふんと鼻を荒く鳴らし、何かを主張しているようだ。
しかし、勿論竜の言葉など知らない彼女にはチンプンカンプンだった。
「竜人……だっけ? 竜に変身できるんだって」
「なにそれすごい」
「螟芽コォ縺励※縺ゅ£繧九h」
「『竜に変身してあげようか?』だって」
「お家壊れるからやめて」
真顔で断る少女に、竜人は口をへの字に曲げて、くぅ、と鳴いた。流石、人狼(仮)を父に持つ娘、竜人などという奇異な存在を当たり前のように受け入れている。
「そんなことより、アナタ。お名前は?」
彼女が訊ねると、竜の子は頭の上に疑問符を浮かべる。
「お名前、無いの?」
「蟇昴◆繧牙ソ倥l縺」
「『覚えていない』って」
「自分の名前なのに?」
「なんかね、ずっと眠ってたらしいよ」
変なの、と笑い合う子ども達。「眠っていた」という言葉には種々の意味が含まれているのだが、子どもにとってはどうでも良いものだろう。
「じゃあ、私達で名前をつけてあげよう!」
すると、エレナが思いついたように揚々と言い出した。
「いいね。男の子だし、かっこいいのがいいよね」
「シロとか!」
「かっこよくないね。というより犬みたいな名前」
「そう?きっとこの子も気に入ってくれると……」
自らの名付けセンスに絶対のセンスを持っているのだろうか、彼女は竜人に微笑みかける。
竜人は眉間に皺をよせ、グルルと喉を震わせる。
「うん。言葉はわからないけど、怒っていることは分かる!」
さて、ならばどうしようかとエレナとライラが唸っていると、ダンが「どうしたどうした?」と父親のような馴れ馴れしさで近寄ってきた。いや、本当の父親なので何も間違ってはいない。
「何の話をしているんだ?」
「この子の名前を決めようとしてるのよ」
「名前かぁ、確かに無いと困るよなぁ。そうだ、ルンお前はなんて呼んでたんだ?」
ダンがそう訊ねると、テーブルでサラと世間話をしていた彼女は、ふふんと鼻を鳴らし眼鏡を直すと、どこか自慢気に答えた。
「『君』って呼んでいました」
「論外だな」
ポンコツな後輩のことは放っておいて、彼はそうだな、としばらく顎に手を当てて熟考した上で、おもむろに口を開いた。
「シロとかどうだ?」
「親子揃ってなんなの?」
続けざまに、「じゃあクロは?」とか抜かす犬顔の男と、「それもかっこいい!」と賛同するその娘に、ダメだこの人達は……とライラは諦観のため息をつく。ベルの顔も怒りを通り越して不安げだ。
その時、勝手の方から、カランカランと鐘の鳴る音が聞こえた。
どうやら、サラが勝手口から外に出ていったようだ。
その時、ライラの脳にふっと名前が浮かんだ
「ベル……って、どう?この子の名前、『ベル』にしようよ」
「ベル?うん、まぁ、悪くないな。覚えやすいし」
「ダンは3文字以上覚えられないの?」
「かっこいい、というより可愛い系かも」
「エレナちゃんの感覚はよく分からないけど」
『ベル』を見ると、ご機嫌そうに犬歯をのぞかせている。
「よかった、気に入ってるみたいね」
竜の名前が決まって、少し和んでいると、外から戻ってきたサラが大きな声で皆をよんだ。
「さぁ、ご飯だよ。アンタたち」
「はーい!」とエレナがダイニングへと走ると、それにライラとベルも続く。
「サラさん、ごめんなさい。私のせいで迷惑かけて」
「何言ってんだい。ライラちゃんが気にすることじゃないよ。あ、ルンちゃんも食べていきなさい。独り暮らしでしょ?」
そう言う彼女の後ろから、エレナが「実はお母さん。お父さんが帰ってくるからって沢山ご飯買っちゃったんだよ」とクスクス笑った。
「エレナ。そういうのは黙っときなさい」
少し頬を赤らめた彼女が恥じらいをごまかすように「今日の晩ご飯はポトフだよ」と語気を強めて言うと、ルンは顔をパァッと明るくした。理由は分からないが、どうやらとても嬉しいようだ。
「ありがとうございます!ちなみにベル君の好物はフィレ肉です」
「ベル?」
「ほら、さっき話した竜の子ですよ。今、名前を決めたんです」
「そう。覚えやすくていいわね」
「ところで、フィレ肉なんですが、実は私の好物でもあるんですよ。 びっくりですよね」
「あらそう。じゃあ、アナタの居ない時に出してあげようかしら」
久しぶりに賑やかな夕食前の時間。
「やっぱり、家ん中は賑やかな方がいいやな」
ダンの耳が、無意識の内に緩く倒れ込んだ。




