1話
「お疲れ様です、差入れでーす」
朝、職場に出勤すると、そんな宣言が営業部に響き渡った。大きな箱を持っている男性同僚の営業に出勤してきた者が群がる。奈乃花も追従すると、その箱の中にはテカテカ光るオレンジ色の物が綺麗に並べられていた。
「柿だあー!」
奈乃花が叫ぶと、同僚が反応した。
「実家が柿農家なので送られてきちゃって是非どうぞ。種無し柿です。一人2個ずつですよー」
はい、はい、と順番に2個ずつ手に握らされていく。柿は箱の中で二段重ねになっていたらしく、奈乃花の手に収まっても柿はまだ残っていた。
続いて出勤してきた谷口まどかが周りの様子を見て状況を察すると、奈乃花を見つけて脇を小突いた。
「良かったねー果物好きには思ってもない収穫じゃん」
「ですですー嬉しい! 家帰って食べます」
「おっ、柿好きですか?」
喜んでいると柿を持ってきた同僚が話しにのってきた。
「好きですよ」
「良かった! 柿、果物の中ではどっちかって言うと不人気なのでありがたいです」
何処か遠慮がちな同僚はそのまま次の人に柿を握らせていった。
奈乃花にしてみれば何をおっしゃいますやらだった。硬めならりんごようにパリッと、柔らかめならじゅわっと果汁が溢れる柿。硬めで食べてもよし、柔らかめで食べてもよし。栄養価も豊富で〝柿が色づくと医者が青くなる〟と言わしめる程の果物は他にはない。
特に奈乃花は、柿だったら毎年この時期に必ず食べている品種がある。
その名も紀の川柿。和歌山県の紀の川流域で育てられている柿で、果肉が黒いのが特徴の甘柿だ。黒いと言っても真っ黒ではなく、果肉に無数の黒い縞模様が入っている。別名、黒あまと呼ばれる所以で、黒さはその柿の甘さの証明。糖度は高いもので18度はある。ひとたび口に含むと、その甘さに口がとろける柿である。
仕事を終えて一段落、食後のデザートに貰った種無し柿をいただこうかと思った所で、昨日カラになったが、洗ったままで放置されていた藤間から借りているお皿が目に入った。
そういえば、さっき藤間が帰って来た気配がした。多分、家にいるだろうと、隣へと出向いた。
「あ、柳さん、お疲れ様です」
出迎えた藤間はちょっと崩れた黒髪に、白いTシャツ、紺のジャージを着ていた。スーツ姿以外を見るのは初めてだったので、一瞬ドキッとしてしまった。何も考えずに来てしまったことをちょっと恥じる。
「お、お疲れ様です。ルビーロマンの器をお返しに来たんですが、ついでに今日頂いた種無し柿のお裾分けのお裾分けを持ってきました」
借りていた白い器の中に、先程切ったばかりの柿を四切れほど入れて持参した。
藤間が瞳を輝かせる。
「おー! ありがとうございます。今年初、柿です」
「同じ部署の方の実家が柿農家らしくて、いっぱい送られてきたらしいです」
「実家が農家なの羨ましいですよね。ありがとうございます。頂きます。同僚の方にもよろしくお伝えください」
じゃ、と別れようとしたら藤間が思い出したように口を開く。
「あ、そうだ……ちょっとお願いがあるんですが、今度ここに一緒に行きませんか?」
そう言うとスマホの画面を掲示してきた。写真は広い農場らしい写真と、小綺麗な白い建物のカフェスペース。そこで出されるだろう、コーヒーや紅茶、サンドイッチやパスタの軽食、それに果物を使ったパンケーキやデザートの数々が映し出されていた。
「果物農家さんが運営しているカフェで、自家栽培の季節の果物を使った食事が楽しめるらしいんです。軽食は勿論、今だったらいちじくパフェとか」
パフェ。その言葉に反応しない女子は少なくとも奈乃花は知らない。しかもその前にいちじくがついている。いちじくは比較的に長い間楽しめる果物だが、そろそろ季節が終わる。今年最後のいちじくだろう。しかもカフェを運営している農家さんが作っているいちじくをその場で頂けるということ。新鮮そのものだ。それがパフェになって出てくる。
「行きたいです」
奈乃花は逡巡することもなく真剣に即答していた。藤間の相貌がほっと緩む。
「ありがとうございます。男一人で行くには気が引けたので……では、日にちはまた追って決めましょう。場所のマップはメッセージで流しときますね」
やったー、いちじくいちじく。とうきうき自分の部屋の扉を閉めてから、はっと我にかえる。
これってデートってやつじゃない?




