6話
ルビーロマンと出会うのに、そう時間はかかからなかった。
サンシャインレッドがなくなった頃、その日の仕事帰りにまた「ミツハシ」に寄った。店舗の前に顔を出すと、宮川さんが気づいてくれた。
「こんにちは。サンシャインレッドはどうでしたか?」
「宮川さんにオススメされた通り、とっても美味しかったですよ」
報告すると、宮川さんが嬉しそうに笑う。
「良かったです〜!」
「サンシャインレッドがなくなったのでまた見に来たんです」
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください〜!」
秋の半ば。店内には旬真っ盛りのシャインマスカットから、りんごならシナノスイート、柿や極早生みかん、終盤の梨などが置いてある。どれもオススメするPOPがついていて目移りする。奥には万はくだらない高級品が並んでいる。奈乃花の好きなクラウンメロンも並んでいたが、その中にひときわ輝く赤いぶどうを見つけた。
「ルビーロマン!」
思わず声をあげると、宮川さんが続いた。
「お目が高い! あのルビーロマンです! たまたま一房だけ手に入りました。他の店舗に比べて房は小さいですが、お値段が比較的お手頃になっておりますよ」
先日、藤間と話していた噂のぶどうだ。一等地に行けば一房五万はくだらない超高級ぶどう。初競りでは百万の値がついたなど、よくニュースを賑わせている。ネットで検索するし、憧れは持っていたが、実物を見るのは初めてだ。高級品らしく、白い箱に入れられて、冷蔵の陳列台の一番上に丁重に飾られている。劣化を防ぐ為か、透明の袋に入れられ、ルビーロマンと書かれた帯がついていた。その風貌が更に高級感を増しているように見えた。
「本当にあるんですね〜」
ほおーとじっくり眺める。価格は一万円と消費税。いくらご褒美とはいえ、一人暮らしにはうんと背伸びしないと出せない価格だ。しかし、こんな機会は二度と無いかもしれないと、悩んでいるとふと思いついた。これは藤間にも報告した方が良いだろう。きっと喜ぶ。すぐにスマホを取り出し、藤間にメッセージを送った。
「お疲れ様です。今、「ミツハシ」にいるのですが、ルビーロマン売ってますよ! 一房しかないそうですけど」
即座に既読がついてびっくりしていると、画面が切り替わって電話がかかってきた。スマホを落としそうになりながら、電話にでる。
「はい、柳です」
「お疲れ様です。今、電車の乗り換えなのでちょっとお待ちいただけますか? 十分くらいでお店に着くので」
おっとこれはどういうことだ? と不思議に思いながら、宮川さんにはまた後で来ると伝えて、デパートの入口に待機した。
十分すぎると仕事帰りの藤間が慌てた様子で走ってきた。
「お待たせしてすません。ビックリして思わず電話してしまいました」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「ちなみにお幾らくらいでした?」
「一万円です」
「想定していたよりも価格は低いですね」
「普通のより房は小さめだとか言ってましたけど……買います?」
「とりあえず、実物を拝見してからですね」
奈乃花と藤間は連れ立って「ミツハシ」に戻った。宮川さんが出迎えてくれ、奥のルビーロマンまで案内してくれる。
藤間は初めて見るそれに瞳を輝かせたあと、奈乃花と同じ様にあらゆる方向からルビーロマンを眺めた。
「これがルビーロマン。ルビーと名前がつけられているだけ、とても美しいですね」
煌めくような赤い粒が十数粒、房にくっついている。その粒どれもが綺麗な円形をしていて、ルビーの名を存在で物語っているようだった。
ひとしきり眺めたあと、藤間が奈乃花に振り向いた。
「柳さん、提案があるんですが、僕と折半しませんか?」
「折半?」
「連絡いただいた時から思っていたんですが、僕も食べたいですし、柳さんも食べてみたいでしょうし、でも一人で買うには高すぎる代物なので。折半なら、お互いウィンウィンだと思うのですが、どうでしょう? ぶどうの粒が偶数なら半分ずつして、奇数ならその半端の粒を半分に切りましょう」
幸い、部屋が隣合っているからそれは可能だ。奈乃花はその手があったかと、頭の中で拳を打った。
「なるほど! 思ってもない提案です! 乗りました!」
藤間は奈乃花に頷きを返すと、そばにいた宮川さんに告げた。
「じゃあ、これお願いします」
そうしてルビーロマンを指し示す。成り行きを見守っていた宮川さんはにこにこ笑顔と渾身の声で「ありがとうございますー!」と応えた。
「女性の部屋に上がるのは気が引けるので僕の部屋へ行きましょうか? むさい男の一人住まいですが」
ルビーロマンを手にした藤間がそう勧めてくれ、案内されるまま、自分の部屋の隣の扉の前に立った。
「どうぞ、上がって下さい。こんな予定ではなかったのでちょっと散らかってますけど」
「すみません、お邪魔します」
男の人の部屋に入るのは久しぶりだなあと思いながら、開かれた扉をくぐり、中へと入る。土間にはプライベート用だろう、スニーカーが一足並べられていた。それを藤間が脇の方に避けて、奈乃花の靴の置き場を開けてくれる。玄関口のシューズボックス上にはスタイリッシュなフレグランスが置かれていた。
藤間の部屋は、間取りは奈乃花と同じだったが、作りが奈乃花の部屋と対になるように真逆になっていて、トイレとお風呂場と寝室の扉の位置が異なっていた。
廊下を進んでリビングに入るとダイニングテーブルとソファが出迎えた。
「適当に座って下さい」
藤間はところどころに散らばっていた脱いだ後らしき服を片付けに一旦席を外す。言われた通り、ソファに座って室内を見回した。もっと散らかっているかと思っていたが、見ても不快感を覚えない程度には整えられていた。家具も黒色で統一感があり、藤間の稼ぎの良さを実感する。ここで初めて藤間がなんの仕事をしているのか気になった。
戻ってきた藤間が「ミツハシ」の袋から白い箱を取り出し、ダイニングテーブルに置いた。
「とりあえず、開封の儀ですね」
「……近くで見てていいですか?」
「勿論。半分は柳さんが買ったんですから」
なるほどと思い、藤間の箱の封を開ける瞬間から蓋を取る瞬間までじっと真横で見守った。
蓋を開けて出てきたのは、あの赤いぶどう。お店で見るよりも距離が近いからか、迫力がある。
「美しいですね。写真撮って良いですか?」
「撮りましょう! 僕も撮ります」
いそいそと二人で撮影会を開いた後、丁寧な梱包からぶどう本体を取り出した。
「じゃあ、洗いますね」
「はい」
半分は奈乃花のものだからか、必ず許可を取る折り目正しい藤間に少し好感を覚えた。
「粒をこのまま分けるのも良いですが、とりあえず、採りたて食べてみます?」
「良いんですか! 食べてみます!」
「じゃあ、一粒ずつしますね」
藤間はパチンパチンとひと粒ずつ切ると、その一粒を小さなお皿に出してくれた。
二人は向かい合わせに座ると「いただきます」と同時に口に含む。
ルビーロマンはこれまでのぶどうと違い、皮は食べられない。だが、口に含むとその果肉と皮の分離のしやすさに驚いた。そうして、舌に広がる他には無い味。
奈乃花は目を見開いたまま呟く。
「あんなに赤いから、めちゃくちゃ甘い系かと思ってましたけど……」
「そうですね、甘いけど、結構、さっぱり系ですね」
「美味しいですね。高級なのに次が食べられる。なんて恐ろしい」
「全くですね、財布が幾らあっても足りない。でも、もう一個貰おうかな」
「あ、私も欲しいです」
二人して次も次もと頂いた。
残りの粒は平等に等分にしたが、ちょうど偶数で割り切れる数だった。藤間は奈乃花の分をお皿に分けてくれ、ラップしてくれた。お皿を返すのはいつでも良いという。
玄関での別れ際、藤間が言いづらそうに口を開いた。
「あのーちょっとお尋ねしたいんですが、前から気になっていたのですが、いや、でも女性に年齢を尋ねるのはタブーですからね、あーえっと」
何を聞きたいのか察して、奈乃花も気になっていたことなのですぐに答えを返した。
「ふふっ、26歳です。藤間さんは?」
「あ、25歳です。僕のほうが年下ですか……同い年くらいかなと思ってたんですけど」
「でも社会人の1歳差なんて同い年みたいなものですよ」
「ああ、そうですね」
藤間が安心したように微笑む。それを見届けて隣に帰ろうとしたら、名残り惜しそうに藤間に呼び止められた。
「あのっ! ……また、一緒にフルーツ食べませんか?」
奈乃花は振り向いて嬉しそうに笑った。
「はい、喜んで」




