2話
奈乃花は混乱していた。デート? デートとは言われなかったけど、デートにあたるはずだよね? いや、そもそもお隣とお出かけするだけだろう。本当にデートか? いや、そもそもデートってなんだっけ? 前の彼氏とは暫く連絡を取らないまま、メッセージのやり取りで別れたので、本当にデートなら1年以上ぶりになる。
慌てて部屋の中に入ってスマホで検索にかけると今どきのAIが即座に答えを導き出してくれた。
デートとは、あらかじめ日時と場所を定めて、交際中や恋愛的な関係を期待する男女が一緒に過ごすことです。片方だけが「ただの友達」と認識している場合は、一般的にデートには該当しません。
その回答を見て、奈乃花は胸をなでおろした。じゃあ、デートではないかもしれない。好意がないと言えば嘘になるが、あると断言するにはお互いのことを知らなさすぎる。現状、部屋がお隣さんのフルーツ仲間だ。今回も、藤間が男性一人で行きづらいから誘ったようだったから、別に他意はないはず。
なあーんだー。
残念に思いながら床に寝転ぼうとして、ハッと気がついた。
いやちょっと待て、なんでちょっと凹んでるんだ。そんな期待はしてはいけない。自分の思考がおかしい。今回のは単なるお出かけだ。フルーツ仲間として、フルーツの話題をフリながら、楽しく和気あいあいとお喋りして、採りたてフルーツを堪能するだけの約束だろう。なんでそんな思考回路にー!
奈乃花は頭をくしゃくしゃにしながら自分自身を罵っていた。
自暴自棄になりかけたところでスマホがメッセージの着信を知らせる。お隣の藤間からだった。場所のデータが貼り付けられているが、思っていたよりも駅から遠い。徒歩で行ける距離ではない。どうするのだろうと思っていると、車を出してくれると続報が来る。車も持っているんだと驚いた。
この部屋の家賃が七万円で間取りが1LDK。奈乃花の手取りが26万である。これで少し貯金が出来ているくらいだから、車を持っているということは少なくとも奈乃花よりも手取りが多いはず。一体なんの仕事をしているのだろう。容姿から察するにシステムエンジニアとかでも不思議ではないが。この辺をお出かけ当日に聞いても問題ないもんだろうか。
日にちは次の週の土曜日にしたいようだった。お互い土日休みであることは、隣同士だからなんとなく察している。大丈夫だと返信すると、確定の連絡が来る。
奈乃花はその返信をみて床に寝転んだ。デートかどうかは置いといて、楽しみが出来たことには変わりない。いちじく、楽しみだ。
「まどかさん、これ先方に渡す資料です」
まどかの席に出来上がった資料を持っていくと、にこやかに出迎えた。
「ありがとう。助かる」
まどかは今大口の取引先と商談の真っ最中だ。
「先方とはどうですか? 契約にこぎ着けそうです?」
「大丈夫ね。先方も乗り気だし、あとは支払い条件と保証の話をして納入まで見届けたら終わり」
奈乃花の勤めている機械メーカーは小さい物から大きい物まで扱う会社で、まどかは大型の機械の案件につきっきりだ。これが上手く行けば、まどかの出世は間違いないものになるだろう。
「で、お隣とはどうなの?」
最近、まどかは事あるごとにそう聞いてくる。
「えーと、今度、一緒に農家さんのやってるカフェにお出かけすることになりました」
奈乃花の言い方に、まどかは一瞬面食らった。
「お出かけ? それってデートじゃん」
「だって、検索したらお互い好意を持ってないとデートとは呼べないって書いてあったので、お出かけです」
AIがそうだからではなく、自分がデートではないと言っておきたかった。じゃないといらない期待が生まれる。期待が生まれると接し方も変わる。今のところ、奈乃花にとって現状維持が好ましかった。
まどかの視線は納得していないようで、怪しい影が交じる。
「お出かけねえ〜でも趣味が同じでも、年頃の男女が二人で出かけるって好意なかったら成立しないと思うけど?」
鋭いところを突いてくる。そりゃあそうかもしれない。分からない歳ではない。ただ、藤間の方が邪な気持ちがないかもしれないし、奈乃花自身もそういうことにしておきたいからそうしている。
「まあ良いじゃん、楽しんでおいでよ。んで、とっとと元カレのことは忘れな」
まどかは職場で唯一、奈乃花の元カレの存在を知っている人だ。
奈乃花は自分の席に戻ると小さくぼやいた。
「もう忘れてますよ……」




