3話
好きな食べものは何? と聞かれたらまず間違いなくフルーツと答える。メロン、いちご、りんご、ぶどう、桃に柿、梨に洋梨。季節ごとにかわるがわる出てくるフルーツは全て瑞々しくて、キラキラしていて、見ていて飽きない。貯蔵技術が発達して、ぶどうやりんごはほぼ一年中楽しめるが、それでもやっぱり旬の頃に食べるフルーツが一番美味しい。美味しい時期に美味しい果物を食べるのがこの世の一番の贅沢だと思っている。
「食後のフルーツ?」
お昼時、自分のデスクで持参したお弁当を食べ終わり、枝から切り離したナガノパープルが入った小さなタッパーを開いていると、同僚の谷口まどかがやってきた。
「昨日、お隣に越してきた方から頂いたんです」
途端にまどかの眼光が鋭くなる。
「男?」
何を期待しての質問か分かって、付け足して答える。
「はい。しかもイケメンです」
「恋の予感?」
さすが営業。頭の片隅で消そうにも消えないものをズバリと言い当てる。
「それは……どうでしょう?」
まだ始まってもいない。それに相手がいるかもしれない。いやでも奈乃花の勘違いじゃなければ、今のところ隣にそんな気配はないように思う。いや、勿論期待してはいけない。してはいけないが、感情は拭えない。
「……でも全然ありだなーと勝手に思いました」
正直に答えると、まどかは面白そうに片方の広角をあげた。そうして、またもや他タッパーの中身をじっと見る。
「えーと、一個食べます? 皮ごと食べられるんですよ」
「良いの? じゃあいただきまーす」
一粒をひとくち口に含むと、まどかは納得したように頷いた。
「美味しいね。甘くて味が濃い」
「黒いぶどうは比較的味が濃いのが特徴なんです」
「ふーん。皮ごと食べられるやつなんてシャインマスカットだけかと思ってたわ」
「最近は皮ごと食べられる品種が増えてますよ。赤いぶどうとかも皮ごと食べられるものもあります」
「ほーん。なんかでも越して来た挨拶にフルーツあげるって、隣の住人も果物好きそうね」
「そうなんです。そうみたいでした。今日たまたま朝、鉢会ってそんな話を……」
まどかの顔をみるとこれまでないくらいにニヤニヤしていた。
「続報楽しみにしてるわ」
気が早すぎる。きっとそんなことにはならない。ならないと思っているが、何処かで淡い期待をしている自分もいる。なんとなく、恥ずかしい面持ちで口を開く。
「いや、たぶんそんなことにはならないかなー……とか思っ」
「外回り行ってきまーす!」
まどかは奈乃花の話をぶった切ると、営業部全体に響き渡る声でそう宣言して行ってしまった。
人の話を聞いてくれ。嘆きながら、奈乃花はナガノパープルの残りを食べた。
ナガノパープルは毎食毎食大事に食べていたのだが、ついに果実を全て食べきり、裸の枝だけの状態になってしまった。やはり毎日のご褒美がないと行きていけない。こうなってはあそこに行くしかないと、その次の仕事帰りにフルーツショップ「ミツハシ」に立ちよった。
店舗に行くと売り場の前で作業していた宮川さんを見つける。
「こんにちは」
奈乃花が声をかけると振り向いた宮川さんは極上の笑顔を向けてくれた。
「こんにちは! あ! 今日はナガノパープル入ってますよ!」
前回のことを覚えてくれていたようだ。なんと説明しようかと答えあぐねる。
「あ、えーと実はナガノパープル頂いちゃって、食べちゃったんですよ」
「それはそれは! 良かったですね!」
実はあの男の人が買った四房のうちの一つだとは言えなかった。
「だから今日はオススメのぶどうを買いに来ました」
そう言うと、宮川さんは顔を輝かせた。
「でしたらうってつけのがありますよ! サンシャインレッドって言うんですけど」
「サンシャインレッド」
聞き慣れない名前を復唱する。
宮川さんは売り場をすいすい進み、サンシャインレッドの前で立ち止まった。冷蔵の陳列棚に一房ずつ綺麗に表を向けて並べられたそれは赤みがかったぶどうだった。
「その名の通り、シャインマスカットと赤いぶどうをかけ合わせて出来た皮ごと食べられるぶどうなんです。味も良くて、シャインマスカットより皮も薄くてオススメですよー」
よく見ると、すごく赤いという訳ではなく、一粒一粒がグリーンから赤色に変わるようにグラデーションかがっていて変わった色をしている。初めて見るぶどうだった。売り場の店頭広告には山梨県のオリジナルブランドと書かれている。山梨県でしか作られていないらしい。
お値段も以前買おうとしていたナガノパープルとそんなにかわらず、何より好いている宮川さんのオススメなら間違いないはずだ。
「買います」
「すいません、これ下さい」
即答したそれと声が重なって振り向くと、そこには知った顔があった。
「「あ」」
お互い顔を見合わせて感嘆を漏らす。
「藤間さん?」
「柳さんですか?」
そこに立っていたのは、明らかに仕事帰りの隣の住人、藤間新だった。




