第9話 シェリルとの逃避行
月が照らす夜の森。
死の森から抜け出した僕とシェリルは、森の中を駆けていた。
鬱蒼と生い茂っていた森の木々が、しだいに密度が減っていく。
死の森に近いと強い魔物が出るが、だいぶ普通の森になってきたようで少し気が楽になった。
僕はシェリルに話しかける。
「シェリル、大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫です」
「じゃあ、できるだけ死の森から離れよう」
「はい」
それからも森の中を走り続け、月が夜空の真上に来る頃。
僕らは足を止めて一休みした。大きな木の幹にもたれて座る。
水の入った革袋に口を付けて飲んだ。飲み終えるとシェリルにも渡す。
「追っ手は振り切れたかな」
シェリルは水を飲むと、耳を澄ませた。長い耳がピコッと動く。
「……来ている気配はありません。遠くに小さい魔物の気配がありますが」
「兎じゃないといいけど」
この世界でもMISOでも、兎がバカみたいに強かった。
Eランクの角ウサギがDランクのオークより強い。
Bランクの八つ裂き黒ウサギに至ってはSランク冒険者のパーティーが全滅するほど強い。公式の中の人にウサギ好きがいるせいだと噂されていた。
公式のモンスターランクが信用できないので、プレイヤーたちが独自にモンスターランクを作っていた。下の中とか上の下とか9段階に分けていた。
僕はシェリルに尋ねる。
「この森って一日で抜けられそう?」
「いえ、二日はかかると思います」
「じゃあ、もう少し進んでから、休みを取ろう」
しかしシェリルは首を振った。夜の木陰の下、長い金髪がキラッと光った。
「私は一人で戻ります。ユートさんはこのまま逃げてください」
「え、なんで!?」
「父の形見である弓を取り返したいのです」
「ん? 弓? ひょっとして……」
僕はアイテムボックスから『妖精の弓』を取り出した。命中率や魔法攻撃力が上がるユニークアイテムだ。
シェリルが大きな目を見開く。
「それは! それです! 形見の弓です!」
「あ、そうなんだ。じゃあ、あげる」
手渡すと、シェリルは胸に抱いた。
「ありがとうございます! ユートさんが取り返してくれていたんですね!」
純粋な笑顔に、僕は頬が引きつるのを感じた。
――店売りしようと思っていたのは黙っておこう。
「よかったよかった。戻らなくて良かった」
「はい。自分の命より大切なものでした」
シェリルの心からの言葉に内心後ろめたさを感じつつ、僕は話を変えようと気楽な口調で言った。
「考えてみれば武器がなかったね。これでシェリルも戦える」
「いえ、矢がありませんので……それに弓は村で一番下手で……」
「んん? でも妖精の弓は魔弓士向けの装備のはず」
「まきゅーし?」
弓を抱えながら可愛らしく首をかしげるシェリル。金髪がさらっと流れた。
僕は顎に手を当てて考える。
――MISOでは最初の職業はランダムだった。
でもこの世界では親の職業を子が引き継ぎやすいとされていた。
「ごめん、シェリル。ちょっと矢をつがえずに弓を引いてみて」
「え、あ、はい」
不思議そうな顔をしながらも、シェリルは弓を構えて弦を引く。
その姿を見つつ、魔弓士のモーションを思い出しながら言う。
「もうちょっと足を開いて半身になって。そして弓と弦の間に矢を想像して」
「え、こう、ですか――あ!」
弓と引いた弦の間に白く光る矢が現れた。
「そのまま、あの木に向かって撃って!」
「はいっ!」
ヒュッと空を切って少し離れた大木の幹に魔法の矢が当たった。バキッと大きな音を立てて、太い木の幹に丸いへこみが付く。
「えっ、なんですか、これは!」
「魔弓士は魔法の矢を撃つ弓士だよ。下級スキルはライトアロー、中級スキルが爆発する矢バーストアロー、上級スキルが上空に向けて撃った矢が無数に別れて降り注ぐレインアロー。ほかにも、貫通する矢シューティングレイや相手を凍り付かせるフリーズアローとか、いろいろあるよ」
「そんなことができたのですか!」
「弓士の訓練ばっかりしてたら、そりゃ村で一番下手になるよ」
「ええ……全然知りませんでした」
シェリルは驚きと喜びと悲しみで、複雑な表情をしていた。
そりゃまあ、自分の本当の職業を知ったら嬉しいけれど、今までの練習が間違いだったと知ったらショックだよね。
僕は水袋をアイテムボックスにしまうと笑顔で言った。
「じゃあ、村に向かう間、僕が知ってる魔弓士のスキルを全部教えるよ」
「本当ですか! ユートさん、ありがとうございます!」
シェリルは両手で弓を握りしめて頭を下げた。真剣な表情には強い決意がにじんでいた。
その後は夜の森を西へ向かって歩きながら、魔弓士のスキルを下級から上級までモーション付きで繰り返し教えた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
ラランティウム辺境伯領の領都ラーラン。
夜の月あかりに照らされる城の一室で、ユートの父であるディセンドロス辺境伯とその息子マリウスが祝宴を上げていた。
二十歳の青年マリウスは、茶髪を揺らしつつ剣呑な表情で笑う。
「だから言ったでしょう、父上? 俺のスペアなんか必要ないって」
「まあ、そう言うな。父の遺言だったからな」
「ですが、聖判の儀で授かった職業は遊び人だったんでしょう?」
「そうだ。……危うく我が家が落ちぶれるところであった」
ディセンドロスはやれやれとため息を破棄、肩をすくめる。
マリウスは悪い笑みを浮かべて笑う。
「くくくっ。これで遺産も手に入り、我が家の名誉も守られたというわけですね」
「ユートが成人するまで遺産に手を付けられなかったから、仕方なくあんなゴミを我が家で引き取ったが。とんだ誤算だったな」
「ほんと、ユートはどこまでも迷惑かけてばかりでしたよ。存在自体がゴミでした」
「ああ、悪かったマリウス。詫びとして、遺産の半分は好きにしていいぞ」
「ありがとうございます、父上」
マリウスは薄ら笑いを浮かべてユートのことを語る。
剣の才能もなく、魔法の才能もない。
国境線を守るために戦うことを定められている辺境伯家において、無用の存在だったと。
「最初から俺一人で十分だったんですよ。魔法剣士の俺さえいればね」
「マリウスこそ我が家の後継者だ。ゴミは捨てたし、これで我が家も安泰だ!」
ディセンドロスは、がははっと大声で笑った。
マリウスはグラスを掲げてキザに微笑む。
「辺境伯家に栄光あれ」
マリウスは酒を飲む。
ディセンドロスもグラスを飲み干した。
辺境伯親子の、ユートをバカにしながら飲む酒宴は夜通し続いたのだった。
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次話は昼ぐらいに更新「第10話 古き良き夢」




