第89話 刀づくりと一方その頃
交易都市コメルシアの午後。
僕はベヘモス商会の倉庫兼事務所へとやってきた。
倉庫の高い天井に張り付くようにしてある事務所で、僕はミーニャと会った。
ソファーの向かいに座るミーニャは猫耳をピコピコと動かしながら話しかけてくる。
「今日はどうしたのニャ? もう聖剣が手に入ったのかにゃ?」
「聖剣じゃないけど、聖剣よりも強い剣だよ。それで優秀な鍛冶師を教えて欲しい」
「それならドワーフの鍛冶師がいるから紹介するにゃ」
「あと玉鋼ってある?」
「確か倉庫の隅で埃被ってるのがあるにゃ。加工できないゴミにゃ」
そりゃ玉鋼は刀専用の強化アイテムだから、他の用途には使えないだろう。
しかし世界から物が集まるビスティアの商会だけあって、玉鋼も取り扱ってたのは幸いだった。
僕は内心ホクホクしつつ顔色変えずに言う。
「じゃあ売って」
「1万ゴートでいいニャ」
いやほんと、あって良かった。
なかったらビスティア獣王国かヤマタ国まで行かないといけなかった。
僕はお金を取り出しつつ尋ねる。
「あと、手紙をレハーノ村まで配達して欲しいんだけど」
「行商のついでに届けるにゃ。配達料は一通5000ゴート貰うにゃ」
「それでお願い。今書くね」
「今かにゃ」
「急ぎなんだ」
僕は紙とペンをアイテムボックスから取り出して手紙を書いた。
ゲイルに宛てて書いた手紙には、ルシアを父親のように面倒を見てあげて欲しいとお願いした。
クラリッサとソフィーにも書く。酒飲みのゲイルだけだと不安だったので、気を遣って欲しいと。
書き上げた手紙はお金とともにミーニャに渡した。玉鋼のお金も渡す。
「そういえば。エルフの老夫婦が住んでる取引小屋は知ってる?」
「なんにゃ? どこにゃ?」
「レハーノ村から馬車で北東に二日ほど行った山脈の麓に小屋があるんだ。スパイダーシルクやエルフの織物が交換できるよ」
「それ知らないニャ! どの物品を欲しがってるにゃ?」
「小麦や米や芋などの穀物。あと、銅や鉄のインゴットが喜ばれそう」
鍛冶師のスキルを上げるにはまずは銅製品を作ることから始める。
ダントンが必要とするだろう。
ミーニャは嬉しそうに猫耳をピッピッと動かした。
「いい情報にゃ。恒常的な取引先になったら情報量払うニャ」
「ありがと。それで勇者の情報は入ってる?」
「王子からは連絡ないニャ」
「わかった、また連絡して」
僕は鍛治屋の場所を聞くと、事務所を出た。
鍛治屋は街の西側、工業地区にあった。
鍛治屋以外にもガラス工房や細工工房が並んでいる。
僕は地図を見ながら一件の工房に入った。
工房は広く、土の地面に大きな炉がいくつもある。
一つの炉の前に中年のドワーフがいて金床に乗せた赤く燃える鉄を叩いていた。
「すいません。ベヘモス商会から紹介されて来たんですけど」
「なんだ? 売り物なら店の方に行ってくれ」
「いえ、武器と防具の強化をお願いしたいです」
「どれだ?」
僕は『錆びた太刀』と玉鋼、ミスリルのインゴットを出した。
続いて『熱血鉢巻き』と鋼のインゴットを出す。
「これを十束の剣に、こっちは熱血鉢金に打ち直して欲しいです」
「なるほどぉ。オレは刀鍛冶じゃねぇが、素材があるならなんとかなりそうだな」
ドワーフは髭を撫でながら言った。
僕はさらにオリハルコンのインゴットとドラゴンの鱗、オーラオーブを出した。
「それで。十握の剣ができたら、さらにこれらを使って草薙剣に鍛えて欲しいです」
「ちょちょちょっと待て! この輝きはオリハルコン! ――すまねぇ、俺の手にあまるわ」
「マジですか。残念です。じゃあ十握の剣にだけしてください」
「了解だ……でもオリハルコンかぁ、オリハルコン打ちてえ……」
ドワーフはぶつぶつ言いながら、惜しそうに顔をしかめていた。
僕は強化費用の6万ゴートを払って鍛冶屋を出た。
店を出て僕は空を見上げた。
青空が広がっているけれど、太陽はだいぶ西に傾いていた。
「今日のところは、早めに休むか」
僕は宿へと帰り、荷物生理をした後、夕飯を食べてベッドに入った。
寝る前に何気なく貢献ポイントを確認した。
すると、なぜか2000ポイント近く入っていた。
「えっ!? なんで!?」
今日したのは買い物と、ルシアへの援助ぐらい。
――ひょっとしたら将来、禁術の実験によって犠牲になるはずだった村人を助けたからかなと思った。
「そっか。ルシアは悪の道には進まないんだ」
よかったと安心したら、急に眠気が襲ってきた。
忘れないうちにアイテムボックスを購入しておく。
それから僕は目を閉じて眠気に身を任せると、すぐに夢の世界へと旅立ったのだった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
ミッドランド王国の北部にある巨大なクレーター跡が森になっている、通称死の森。
その死の森の淵で、ラランティウム辺境伯とその息子マリウスが率いる辺境伯軍数百名がいた。
騎士や兵士たちはパーティーを組んで魔物の襲撃に対処しつつ、崖下を捜索していた。
王国騎士団長ヴァッシュとその部下もいるが、辺境伯軍を睨みながら仁王立ちしている。不正を監視するかのように。
辺境伯軍はユートの死体を見つけるために動いていた。
しかし全然見つからず、時間だけが過ぎていった。
昼過ぎだというのに薄暗い死の森。
ユートの父親であるディセンドロスはいらいらした様子で地面を踏み鳴らして怒鳴った。
「なぜ見つからん! 崖下はここだろうが」
従者の一人が怯えながら答える。
「生き延びて移動したのかもしれません」
「あの高さだぞ!」
ディセンドロスは崖を見上げる。縄梯子がたらされた崖上までは数十メートルの高さがあった。
従者は言葉に詰まり後に下がる。
そこへ兵士の一人が駆け寄ってきた。
「申し上げます! 若い男性の遺体を発見しました!」
「おお、でかしたぞ! すぐさま運んで来い!」
しばらくして、担架に乗せられた遺体が運ばれてきた。魔物に食い荒らされたためか、遺体は服も骨格も内臓もボロボロだった。
しかしディセンドロスは興奮して叫ぶ。
「背格好が似ている! ユートに違いない!」
ディセンドロスから少し離れた場所で、腕組みをして険しい目で眺めていたヴァッシュが彼らへと近寄った。
遺体を眺めてからディセンドロスを睨む。
「どう見ても町人か村人の服装に見えるが?」
「ふ、ふん! 貴様は知らんだろうが、ユートは貴族にあるまじき下賤な奴で、卑しい村人たちと交流しておったのだよ!」
「例えそうだとしても、ユート殿が亡くなった日は聖判の儀であり、貴族の礼服を着ていたとの証言がいくつも上がっている。貴様は自分の息子の晴れ姿すら忘れたのか?」
「ぐ、ぐぬぬぬっ!」
ディセンドロスは顔を真っ赤にして歯ぎしりした。でも図星を突かれたらしく、何も言い返さなかった。
その顔を見ながらヴァッシュな内心呆れていた。適当な死体を見つけて引き上げようとするのでは? という予想がやはり当たったからだ。
そこへ十人ほどの集団が戻ってきた。長男のマリウスが率いていた舞台だった。
マリウスが代表して前に出る。
「父上、捜索隊3班と4班が帰還しました。ここから北西に行ったところに古い洋館を見つけましたよ」
「なんだと!? 危険な死の森の中に建物だと……はっ! そこだ! ユートはそこに逃げ込んだのだ!」
「父上、どうされます?」
「決まっておる! 者ども、我輩に続け! ユートを捕まえ――いや、助け出すのだ!」
ディセンドロスは漏れ出た本音を慌てて取り繕いつつ、先陣を切って兵士たちを率いて向かった。
マリウスは嫌そうに顔をしかめながらもついていく。
「やはりユート殿はイーリス様の言われた通り、しぶとく生き残っていたか……さすがだな」
ヴァッシュは話に聞いたユートに感心しつつ、ディセンドロスたちの後を遅れてついていった。




