第88話 ルシアと街散策
午前中の交易都市コメルシア。
僕はルシアに案内されて醤油を取り扱っている商店を訪れていた。
瓶に入った醤油だけでなく、樽に入った味噌まであった。
僕は満面の笑みで喜ぶ。
「わぁぁぁ! これだ! やっぱり味噌もあった!」
たまり醤油だから味噌もあると思っていた。予想が当たってとても嬉しかった。
異常に喜ぶ僕の様子に、ルシアは少し引き気味で言った。
「え、そっちの茶色のまで買うんだ……」
「味噌は木のヘラに付けて軽く火で炙るだけでもご飯が進むよ! 味噌煮や豚汁なんかも――はっ、そうだ! 米も買わないと!」
「ええと、米ってパエリアに使うやつだっけ? あっちの小麦売ってる店で扱ってたはず」
「案内して!」
「は、はい!」
僕は醤油と味噌を買い込み、米を売ってる店に案内してもらった。
コメも大量に買い込んで、ついでに隣の乾物屋で塩気のきつい干し魚も購入した。
――これでご飯とみそ汁と魚の定食が作れる。
想像しただけでよだれが出た。
ぐへへっと顔を緩ませて笑う僕。
ルシアが笑顔で言う。
「次は魔道具が欲しいんだっけ? あっちの店がオススメ!」
僕はルシアに案内されて、あるのに気付かなかった魔道具屋を見て回った。
というか、ルシアはこの街に何年も住んでいたようで、お店に詳しかった。
しかし探しているアイテムは見つからなかった。
「おかしいな……テイマーの必須装備なのに」
「ユートさんは何を探してるの?」
「飼育本っていう、使役獣を収める魔法の本だよ」
「あれ? ユートさんってテイマーだっけ?」
ルシアが僕の頭の上に乗るミツコを見ながら言った。
「違うよ。でも、魔物を本に閉じ込めるだけなら他の職業でもできるんだ。本から出して使役できるのがテイマーだけで」
「そうなんだぁ。うーん、そういう本は見たことないかも~?」
「そっか、ありがと。あとで詳しい人に聞いてみるよ」
その後はルシアの希望で、服屋を見たりアクセサリー屋を見て回った。
ルシアは雑貨屋で変な仮面を付けて見たりして、明るく元気に振る舞っていたので内心ほっとした。
マルコスを失って気落ちしてるんじゃないかと思っていたから。
ただ、変な仮面だけが気になった。『鑑定』で見ても、付与効果のない普通の仮面なので不思議だった。
それからお昼になると、お洒落な店でピザとパエリアを食べた。
ルシアがピザを頬張りながら言う。
「おいしい~。この店来たかったんだ」
「パエリアも魚介の出汁が効いてておいしいね」
他愛ない話をしながら、僕らは笑顔で料理を食べた。
そして、食べ終える頃ルシアはぽつりと言った。
「最後にいい思い出ができてよかった」
「最後? ああそっか、この町を離れるんだったね」
「せっかくCランクにまでなったのに」
「頑張ったね」
「マルコスさんに拾って貰えたおかげでここまで頑張れたのになぁ……」
「そうなんだ」
ルシアは食後のお茶を飲みつつ、ぽつぽつと話した。
孤児院で育ったこと。口減らしのためにこの街へ来たこと。マルコス夫妻に拾われて、パーティー組んで頑張ったこと。
本当の両親のように思っていたこと。
語るうちにルシアの目の端に涙が浮かんできた。
「もうマルコスさん、いないんだなぁ……父さんがいたらきっとこんな人なんだろうなぁって……もっとずっといて欲しかったぁ」
うつむいたルシアが、膝の上にのせた白い仮面を指でなぞりながら言った。
いつの間に買ったんだろ? でも、どこかで見たような仮面。どこだっけ? ――あ!
その瞬間、僕はMISOを思い出して背筋がぞっとした。
サブクエスト117番『仮面の魔導師』だ!
村人が次々と行方不明になると言うことで調査に行き、村人を生け贄にして死者蘇生の禁術を研究する魔導師を見つけ、倒すクエスト。
女性の魔導師だったから、子供か恋人を生き返らせようとしているのではないかと考えられていた。
――マルコスさんを生き返らせようとして、悪の道に入ったのか!
ここが分岐点だと思い、僕は思考を高速で働かせつつ言う。
「ルシア、辛かったよね。しばらくは穏やかな場所でゆっくりするといいよ」
「穏やかな場所?」
「さっきも言ったレハーノ村だよ。ここから北東に行ったところにある村でさ。とてものどかな村なんだ」
「レハーノって、ユートさんが持ってたハチミツの村だよね?」
「そう。今は広い花畑も作ってるよ。みんないい人たちだよ。それに地産地消なんだ――」
僕はレハーノでの暮らしを教えた。できるだけ面白おかしく説明する。
ルシアは興味深そうに桃色の髪を揺らして、ふんふんと頷く。
「なんだか楽しそうっ」
「近くには指輪が確定で落ちるダンジョンもあるし、時間かかるけどインゴットも作れる――そうだ!」
僕はアイテムボックスから指輪を二つ出した。
「これ、ルシアに貸してあげる」
「なぁにこれ?」
「マジカルリングと『鑑定:物』が付いたシルバーリングだよ」
「ええ! そんなお貴族様が付けるような高価な物なんて貰えないって!」
「貸すだけだから。同じ物拾ったら返してね」
僕は途惑うルシアの手に指輪を押しつけた。
ルシアは挙動不審になりながらも受け取って指にはめた。
「ユートさん、ありがと」
「うん。気にしないで。貸すだけだし」
「ユートさんは使わなくていいの?」
「うん、僕はもう使わないから。ほら」
僕はルシアの前に両手を広げて指輪を見せた。
ハーデスリング以外が嵌まってる指は、指輪でゴテゴテしていた。
ルシアが悲鳴を上げそうになって、とっさに口を手で押さえていた。
「なにこれ、すごい! こんなのあるんだ! ユートさん、すごい!」
「人には言わないでね」
「もちろんっ!」
ルシアは期待で目を輝かせながら言った。あたしも拾えるかな!? と興奮気味な口調だった。
――この調子なら、悪い魔導師にはならないかな?
でも用心に越したことはない。ルシアを倒すクエストなんて受けたくないから。
食後は少しだけ二人で街をぶらついた後、ルシアと別れた。




