第80話 ダンジョンでの一期一会の出会い
ゴーレムダンジョンの地下五階。
中ボスの部屋の前で、僕は野営の準備をする冒険者に近づいた。
すると年配の大柄な男が声をかけてきた。四十代で短めの髪と無精ひげを生やしている。
「よお、坊主。一人で来たのか?」
「こんばんは、かな。初めて来たので様子見に来ました」
「そうかい。……まあ、陣取って戦うパーティーが多いから、来れるっちゃあ来れるか」
「皆さんはここで何を?」
「前のパーティーがボスと戦闘中で待ってんだよ。なかなか終わりやがらねぇ」
男は無精ひげを生やした顔をしかめながら、広間の奥を指さした。そこには両開きの大きな扉があった。鋼鉄製の扉の表面にはツタや人形の模様が彫られている。
ボス部屋は基本的に、一度に入れるパーティーは一組まで。ボスに勝つか全滅するかしないと次のパーティーが入れない。
僕は考えながら言う。
「確かここの中ボスって、ゴーレムか動く銅像ですよね? そんなに強くないって言うか、時間がかかる敵じゃないような……?」
「そのはずだ。戦ってるのはBランクのリカルドパーティーだし。まあレアでも出現して手こずってるのかもな」
「そうですか……じゃあ、僕も待ちますね」
「おう。じゃあ、一緒にメシ食おうぜ」
「ありがとうございます。僕はユートっていいます。一応ソロでやってるDランクです」
「そいつはすげぇ。俺たちは『風の翼』Cランクパーティーだぜ。俺はリーダーのマルコスだ」
戦士のマルコスは分厚い胸を叩きながら言った。ベテランのような頼もしさを感じる。
その後は自己紹介をしつつ、たき火を丸く囲んで食事をご馳走になった。
僧侶のカタリナがスープの入った器を渡してくる。
「遠慮せずに食べてね」
「ありがとうございます」
カタリナは見た目30代ぐらいでマルコスの奥さんだった。ローブの背に垂らした青い長髪が印象的だった。
スープを一口飲む。乾燥野菜と干し肉のスープ。でも別の味が利いている。
初めて口にするのに懐かしさが心の底から込み上げる。
――この味は!
「ん、おいしい! カタリナさん、これって醤油ですか!?」
「しょーゆ? ソイソースっていうんだよ」
「僕の村で作ってる調味料さ」
盗賊の青年アダンが俯きがちスープをすすりながら答えた。茶色い前髪が目を隠している。内気な性格らしい。
僕は日本の味を思い出して、勢いよく尋ねる。
「このソイソース、どこで買える!? 手に入る!? 街の食料品やでも取り扱ってるかな!?」
「い、いや、わからないけど……村から送ってきて、もらってるから」
「そっかぁ……じゃあ、村の場所教えて!」
前のめりに尋ねる僕に、アダンはのけぞって途惑った。
「あ、あの。うあ」
「ユートさん、あたしソイソースの売ってる店、知ってるよ?」
幼さの残る少女で魔術師のルシアが笑顔で言った。
僕はルシアに向き直る。
「ほんと!? 教えて! いや、教えてください!」
「そんなに必死にならなくてもいいってば。えっとね、コメルシアの東側にあるベルドラっていう雑貨店なの。大通りから二本奥に入った裏通りにあって――」
ふむふむと教えられた場所を記憶する。どうやら少しわかりにくい場所にあるようだ。
でも、しかし。この醤油は味噌を造るときに出る「たまり醤油」なので、味噌も手に入りそうだ。
それにカスティーニャ王国は南部で米も作っている。海に面していて港町なら海産物も豊富。
――久々に、というかこの世界では初めて日本食を食べられるかも?
カタリナがふふっと笑う。
「あらあら。ソイソースが好きって変わってるわね。みんなはペスカードソースが好きなのに」
「はい、昔食べた味に似てて。思い出の味なんです」
「へえ、どんな料理だったの?」
「えーっと……」
唐揚げ、とんかつ、焼き鳥、ハンバーグ。多すぎて一つに絞れない。
――いや、待てよ? 手持ちの材料で手早く出来るのは……。
「だったら今から一品作りましょうか?」
「あら、それは楽しみね」
僕はアイテムボックスから魔導具コンロとフライパンなどを取り出した。
そしてまずイノシシ肉を薄切りにして、小麦粉をまぶす。
続いてしょうがをすりつぶして、たまり醤油とハチミツを混ぜてタレを造る。
フライパンを熱して肉を焼いた後、タレを入れて絡めて焼いて出来上がり。
――本来なら酒やみりんを入れた方がいいかもしれない。けれど、たまり醤油は旨みが強いし、ハニービーのハチミツも濃厚だから、これだけでも十分甘辛いおいしいタレになると考えた。
平らな皿に盛って出す。タレの絡んだ薄切り肉からおいしそうな湯気が立ち上る。
「イノシシ肉の生姜焼きです」
マルコスが鼻息荒く息を吸う。
「いい香りだ! うまそうだぜ!」
「ではさっそく」
カタリナがフォークで一切れ刺して食べた。
美人な顔に笑みがほころぶ。
「タレがお肉によく絡んでいて、とてもおいしいわ。パンよりご飯が欲しくなる味ね」
マルコスやアダン、ルシアも食べて目を見開く。
「うめぇ!」「おいしい……」「なにこれ! すごい、これ好き!」
あっという間に一人前がなくなった。
僕は嬉しさと誇らしさで、鼻の下をこすりながら言う。
「もう少し作りましょうか?」
「頼む!」「お願いするわ」「もちろん!」「いくらでも食べれちゃう!」
僕は豚肉を五人前ぐらい薄切りにして、タレを作ってまた焼いた。
みんな笑顔で食べてくれた。
僕もスープや生姜焼きを食べ、パンをかじる。
「おっと、ミツコもご飯だね」
ハチミツの小瓶を取り出してミツコに渡した。ちびちびと舐めて食べるミツコ。
ルシアが驚く。
「生きてたの!?」
「うん。ハニービーのミツコだよ。一緒に旅をしてるんだ」
「へぇ……あ! ひょっとしてユートさんが使ったハチミツって」
「うん。ハニービーたちが集めたんだよ。今後はレハーノ村の特産として国中に出回るかも?」
僕は何気なく言ったが、カタリナは悲しそうに眉尻を下げた。
「そうよねぇ。これおいしいけど、ハチミツがいるのよね……」
ハチミツは高級品だった。庶民にはなかなか手に入らない一品。
僕はアイテムボックスからハチミツの小瓶を一本出した。
「でしたら、これどうぞ」
「こんな高級品、いただけないわ」
「じゃあ、醤油の小瓶と交換でどうです?」
すると、アダンがもの凄い勢いで立ち上がると自分たちのテントに向かい、小瓶を持って帰ってきた。
「これ! 村の醤油です!」
「助かるよ。ありがとう」
「こちらが得をしすぎだわ」
「まあまあ、情報料も込みってことで」
「ありがとね。ミツコちゃんもありがと」
カタリナは優しい目をして、ハチミツを飲むミツコの頭を撫でた。
ミツコも嬉しそうに「ブブブッ」と羽を鳴らした。
その後も楽しい団らんは続いた。
このダンジョンのことや彼らの出身や今までの冒険など、たくさんの話を聞いた。
僕もレハーノ村のことやネズミダンジョンのことを話した。
「ソロでダンジョン攻略したなんて、やるじゃねぇか」「マネしちゃダメよ、ルシア」「しないってば。ユートさんはすごすぎるから」
「いやいや、運が良かっただけですから」
「でもさー、話し相手いないと寂しくない?」
「う、まあ。いろいろあって。一人の方が気が楽かな」
明るく元気なルシアの勢いに推されて僕は言葉を濁した。
遊び人は問題が多く追放されるのが目に見えていた。だからソロがいい。
「そうなんだ、すごいねっ」
ルシアは魔術師だけど、活発で明るい子だった。
そんな感じで、とても楽しい時間が過ぎていった。
その後、夕飯を終えても扉が開かなかったので、僕はテントを出して広げた。
たき火の傍に一人で座るマルコスが言う。
「ユートはぐっすり休んでくれ。見張りはしとくからよ」
「ここってモンスターは沸かないのでは?」
「誰かがモンスター引き連れて逃げてくるかも知れねぇからな」
「なるほど。じゃあお願いします。早起きはしますから」
「おっけー。任せとけ」
マルコスの頼もしい声を背に、僕は一人用テントに潜り込んだ。
遮光布が使われていてかなり暗い。寝袋は羽毛でふかふか。
顔を埋めると布や綿の新品の匂いがした。
「はあ、いい人たちだったなあ。楽しかった……」
ほわほわと温かい気持ちのまま、僕はすぐに眠りについた。




