第76話 ベヘモス商会のミーニャ
倉庫の二階にある事務室で。
僕はソファーに座って猫耳少女と向き合っていた。
僕の隣にカルロスが座っている。心なしか背を丸めて縮こまっていた。
少女は胡散臭そうな目つきで僕を見る。
「で、ハチミツの取引はわかったニャ。あんたは何の用ニャ?」
「これらを買い取っていただけないかと思いまして……」
僕はテーブルの上に、マウンテンスパイダーの長い脚、角ウサギのプラチナホーン、バトルリングにハピネスリングを置いていった。
ドンッ、ドンッと一つずつ置いていくたび猫耳少女の黒髪が逆立っていく。
一通り出し終えると、猫耳少女は立ち上がって叫んだ。
「なんにゃの、これぇ~! 在り得ないニャ!」
「買い取れそうです?」
「ハッ! そうニャ! 計算にゃ! ――って、もしかしたらあの問題も片付くにゃ?」
「問題ってなんですか?」
僕の問いかけに、猫耳少女はカルロスへ目くばせした。
「カルロスは退席して欲しいニャ」
「了解です、姉御」
カルロスは一礼して立ち去った。
事務室の中に僕と猫耳少女だけになる。
猫耳少女は探るように猫耳をピピっと動かしてから、前のめりになって声を潜めた。
「ユートは、他にも高額なアイテム持ってるニャ? できれば武器や防具なんかを」
「ありますね。これなんかどうでしょう?」
アイテムボックスから『血濡れの月夜』を出してテーブルに置いた。
ふぉぉぉ――と猫耳少女が歓声を上げる。
「すごいニャ! 血濡れの月夜ニャ! 500万ゴートはするニャ」
「えっ、そんなにするんだ」
僕は驚きを口にしていた。
MISOだったら50万ゴートぐらいだったので、十倍の価格には驚くしかなかった。
猫耳少女が両手を胸の前で合わせて、すまなさそうに言った。
「頼みがあるニャ。ユートに会って欲しい人がいるニャ。会ってくれるだけで素材を相場の一割増で買い取るニャ」
「マジですか。全然オッケーです」
「助かるニャ。あたしはベヘモス商会のコメルシア支部長ミーニャにゃ。敬語もやめて、ミーニャと呼び捨てにしてくれて構わないニャ」
「わかりまし――わかったよ、ミーニャ」
「じゃあ、さっそく着いてきて欲しいニャ」
「残りの素材はどうしよう? 一階の倉庫に出していい?」
「え? 今ので全部じゃないのニャ?」
「うん、まだあるから買い取って欲しい」
「わかったニャ。一階で出せばいいニャ」
僕はミーニャに連れられて一階に降りた。なぜか頭の上でミツコが楽しそうに羽を鳴らす。
それから一階に着くと、アイテムボックスに入っていた魔物の素材や肉を全部出した。
倉庫を埋めるかのような山となった。
ミーニャが毛を逆立てて叫ぶ。
「まだこんなにあったのかニャ!? ――いったいいくらになるニャ……」
「買い取れそう? 無理なら別の場所に持ってくけど?」
「ベヘモス商会の名に懸けて、全部買い取るニャ! ――カルロス、計算しておいてくれニャ!」
「あいよ、姉御!」
威勢のいいカルロスの声を背に、僕らは社に乗って倉庫を出た。
外は昼の日差しが振っている。石畳の道が照らされて白く輝いていた。
軽快な車輪の音を響かせて、馬車は街の中央へと向かって行く。
しだいに砦のような城塞が見えてきた。
馬車ははね橋を渡って城塞の中へと入っていく。
さすがの僕も誰に会うかわかってきた。
「ひょっとして領主様と会うの?」
「そうニャ。しかもただの領主様じゃないニャ」
「……なるほど」
僕は警戒して身を引き締めた。
そして馬車を降り、騎士に案内されて場内を歩く。
通された先は、豪華な調度が麗しい応接間だった。
ソファーに座っていた人物が立ち上がる。
金髪碧眼の青年。痩身だが仕立ての良い服を着ている。
立ち居振る舞いはまるで王子様だった。
彼は微笑んで僕たちを出迎える。
「やあ! よく来たね、ミーニャ。楽にしてくれていいから」
「そうさせてもらうニャ。ユートも気楽にすればいいニャ」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕はソファーに座りながら、貴族だった時の知識を総動員して頭をめぐらす。
――18歳ぐらい。年齢的にたぶん、この国の第一か第二王子だ。
『鑑定』を使えば一発でわかるが、ここはアウェイ。護衛に気付かれたら僕の立場は一気に悪くなる。下手したら不敬罪だ。
そもそも天井裏に『気配探知』が反応している。何かするのは危険だと思った。
そこで僕は自身の持つ知識だけを使って、おそらく第一王子だろうと予想を付けてから僕は言った。片手でミツコを帽子のように脱ぎつつ。
「お初にお目にかかります、フェルディナンド殿下。僕は冒険者のユートです」
「へえ、名乗る前に当てられるとは優秀だね。さすがミーニャが連れてきただけある。――君の言う通り、僕はカスティーニャ連合王国の第一王子フェルディナンドだよ。よろしく」
「こちらこそよろしくです。それに僕はまだまだ駆け出しの冒険者です」
「こんなもの持ってきて、よく言うニャ」
ミーニャは呆れた吐息を吐きつつ、テーブルの上に『血濡れの月夜』を置いた。
フェルディナンドが息をのむ。
「こ、これは……血濡れの月夜かい? すごいね、実物を見るのは初めてだ」
「恐縮です」
「ユートならきっと王子のためになる武器防具を持ってこれるはずニャ」
「そうだね。ぜひお願いしたいよ」
フェルディナンドが僕と剣を交互に見て、真剣な顔をした。
――何かありそう。
というか『血濡れの月夜』以上の武器防具を求めている?
よくわからないので尋ねる。
「どういうことでしょう? 理由をお聞きしたいのですが」
「そうだね。依頼を引き受けてもらうからには、こちらの事情を話しておかないとね」
フェルディナンドはソファーに座り直すと、事情とやらを語り始めた。
その分ミーニャは無言になって地蔵と化した。ミツコも膝の上でおとなしくしている。




