第75話 一方その頃と、交易都市コメルシア
一方その頃。
ラランティウム辺境伯が治める辺境伯領の領都ラーラン。
朝日の降る中、大勢の騎士が鋼の鎧を銀色に光らせて領主の住む館に押し寄せていた。
館の前に立ち津下がる使用人に対して、騎士団長ヴァッシュが紙を広げて見せつける。
「さっさとディセンドロスとマリウスを呼べ! 国王からの勅命である!」
年老いた家宰がよろめきながら屋敷へと入っていく。
慌ただしい足音がしてユートの父親、ディセンドロスが出てきた。
偉そうに胸を張り、顔をしかめてヴァッシュを咎める。
「先触れも出さずに、王都の騎士団が何用ですかな?」
「私は王都守護を司る第一騎士団の団長、ヴァッシュ・フォン・エルファイドだ。勅命により、ラランティウム辺境伯とその第一子マリウスに、ユートの捜索を命じる!」
ディセンドロスが髭を揺らして激昂する。
「な、なにを言うっ! ユートは――」
しかしディセンドロス以上の眼光で、ヴァッシュは言葉を遮って睨んだ。
「よかったな。死体でもいいんだから。必ず見つけてこい――勅命だぞ? それとも謀反を企てているのか?」
「くっ! よくも辺境伯である私を愚弄したな! 覚えていろよ!」
「ユート殿を見つけてきたらいくらでも謝罪しますよ。ほら、行った行った!」
ヴァッシュに急かされてディセンドロスは顔を真っ赤にしながら屋敷へと戻っていった。屋敷に入ると閉まった扉の向こうから怒鳴り声が響いた。
ヴァッシュは顎を撫でつつ思案する。
「あの調子だと、見つけた適当な死体をユート殿だと言い張りそうだ。監視するため着いていった方がいいな」
ヴァッシュはユート捜索に参加するため、傍にいる騎士たちに指示を出していった。
◇ ◇ ◇
馬車の旅は順調に続いた。
昼ご飯は馬車に乗りながら食べた。
カルロスは硬い丸パンを豪快にかじる。
ソフィーの作ってくれた弁当は、パンにハムやチーズ、卵を挟んだ物だった。
素材の味が生きていて、とてもおいしかった。再会したら感謝の言葉を言おうと思った。
ミツコは小瓶から直接ハチミツを舐めて飲んだ。
食事が終わると、羽をぶんぶんと嬉しそうに鳴らして馬車の上空を周回した。
最初の夜は野宿した。
ミツコは首をかしげて不思議そうにたき火を眺める。たき火が珍しいようだった。
僕はカルロスから、この国のことや行商についていろいろ聞いた。
次の日の夜は村に泊まった。最果ての村レハーノより村も畑も広かった。
ミツコは楽しそうに村を飛び回った。
別の日は馬車で移動中、狼の群れに襲われた。
だが『危険感知』とミツコの注意によって難なく撃退した。
そうしてのどかな平原を南下していき、一週間後。
明るい午前中の日差しの中、高い外壁に囲まれた街へとたどり着いた。街の傍には大きな川が流れている。
僕は御者台の後ろから街を眺めた。
「ここがコメルシアですか? 大きいですね」
「領都も兼ねてるからな。二万人以上住んでるはずだぜ」
「それはすごいですね」
カルロスが僕の頭の上にいるミツコに目を留める。
この一週間の旅路でカルロスはミツコと打ち解けていた。
「街に滞在するならミツコを従魔登録したほうがいいな」
「冒険者ギルドですか?」
「その通りだ」
それから大河に架かる橋を渡り、城壁の門へと来た。
カルロスは門番と話し合ったあと、馬車を動かして大きな門をくぐる。
街の大通りは石畳に覆われていた。道の両側には、石やレンガで出来た数階建ての建物が並んでいる。
人々や馬車がにぎやかに行きかう。通りに面した建物の一階は焦点になっていて、威勢の良い声が響いていた。
とても活気がある街だった。
頭の上に乗るミツコも興味深そうにきょろきょろと眺めている。興奮したかのように、時々ブブッと羽を鳴らした。
カルロスが馬車を御しながら言う。
「まずは商会に来てくれ。買い取りや取引の報告があるんでな」
「わかりました」
馬車は大通りを進んだ後、一本裏手の通りに入った。
そして赤いレンガ造りの、大きな倉庫のような建物に入った。
道に面した倉庫の大きな入り口に入るなり、カルロスは大声を出した。
「ただいま帰ったぞー、北部担当のカルロスだ!」
「おかえりなさい、カルロスさん」
若い青年が駆け寄ってきて、馬のくつわを取った。
僕とカルロスは馬車を降りる。
カルロスが青年に尋ねる。
「姉御はいるか?」
「二階の事務所にいます」
「ありがとよ――ユート、着いて来てくれ」
僕はカルロスの後に従って、二階へ向かった。
角度の急な階段を登って事務所に着く。
事務所は高い倉庫の屋根裏に張り付くようにして作られていた。
中へ入ると、机や棚が雑然と並んだ部屋だった。書類があちこちに積まれている。
一番奥にある大きな事務机に目を向けたとき、僕は驚いた。
そこには僕と同い年ぐらいの猫耳少女が座っていた。町娘のような服を着ている。
くりッとした大きな黒目に通った鼻筋。ストレートの黒髪の上には尖った三角の猫耳が出ている。短いスカートの後ろから長くて黒い尻尾が見え隠れしていた。
黒猫の猫獣人らしい。
カルロスが彼女の前に立った。僕は隣に一歩下がって立つ。
机の前まで来たというのに、猫耳少女は一心不乱にペンを走らせていた。
「姉御、ただいま戻りやした。ちょいと相談や取引があるんですが……」
「たとえ王子の要望でも、こんなの叶えられないニャ! ――って、今は忙しいニャ! 明日明後日しあさってにするにゃ!」
「待ってください、姉御。今、話さないと大きな取引を逃しちまうかもしれやせん」
「あー、もう! なんなのニャ! ――え?」
顔を上げた猫耳少女は、僕と頭の上のミツコを見て固まってしまった。
猫耳少女は商会の偉い人なんだろうと推測して、僕は一歩前に出つつ挨拶した。
「初めまして。僕は冒険者のユートと言います。今日は、素材とレアアイテムの買い取りをお願いしたくて参上いたしました」
割と丁寧に挨拶したと思う。ミツコもブブッと羽を鳴らして挨拶していた。
しかし猫耳少女は耳と尻尾をピーンっと逆立てたまま固まっていた。
黒目がじょじょに見開かれていく。
そして最後に叫んだ。
「モンスターがいるニャぁぁぁ!」
「まあ、それはそう」
正しい意見に僕は冷静に納得して頷いた。
猫耳少女はものすごい勢いで事務机の下に隠れてしまった。
誤解を解こうにも机の下で背を丸めて「フーフーッ!」と猫のように威嚇して話にならない。
結局、部屋の隅にある応接セットに座るのに十五分はかかったのだった。




