第72話 久々の帰還で婚活支援
夕暮れ時のレハーノ村。
僕は久しぶりの宿屋に来ていた。
一階は食堂になっていて、女将のマーサさんがてきぱきと働いていた。ハニービーがブンブンと羽音を立てて給仕をしている。
僕を見るなりマーサさんは笑顔になった。
「おや、ユート。帰ってきたのかい?」
「はい、用事は済みました」
「また泊まるんだろ? 何泊だい?」
「うーん、えっと。とりあえず一泊で」
「……もう出て行くのかい?」
「そうですね。この辺りで出来ることは終わったと思いますし、大きな街へ向かおうかと考えてます」
「そうかい。寂しくなるねぇ」
マーサさんは寂しそうな笑みを浮かべると、別の客の注文を取りに行った。
僕は空いてる席に座って、夕食を食べた。
猪肉のクリームシチュー。味が濃厚でとてもおいしかった。
――僕がいなくなったら、肉の入荷も止まるのかな?
まあゲイルが頑張ったらいいか。
そんなことを考えつつ夕食を食べ終える頃、女王蜂のヴィクトリアが入ってきた。
僕の座るテーブルまで来て頭を下げる。
『お久しぶりです。ユートさん』
「こんばんは、ヴィクトリア。どうしたの?」
『姉のことで相談がありまして……』
ヴィクトリアは申し訳なさそうに頭を下げつつ対面に座った。
僕は身構えつつ尋ねる。
「なんだかすごく嫌な予感がするんだけど?」
『すみません……ですがなんとかしないと、姉を世話する働き蜂がいなくなってしまいます』
「ついに働き蜂から愛想尽かされた?」
『いえ、違います。交尾をしていないので卵が産めないそうなんです』
「じゃあどこからかオスを連れてこないと――って、そうか! ミツバチの交尾は空でするんだ!」
『姉は太りすぎてて飛べませんから』
申し訳なさそうに縮こまって言うヴィクトリア。
僕は頭を抱えた。
「えー、それはー、僕に言われてもどうにもならない気がする……」
一応、所持してるアイテムを思い浮かべて方法を考えたけど。
『浮遊』のついている指輪があるけど、そんなに高くは飛べない。というか自由に飛ぶことは難しい。
――いや、待てよ?
自由に飛べる職業の人はいる。
『なんとかなりませんでしょうか?』
「うーん。飛ぶ時間はいつがいいの? 朝? 昼?」
『敵の少ない夕方から夜にかけてです』
「わかった。じゃあ今ならちょうどいいか。頼んでみるよ。断られても怒らないでね」
『わかりました。もうユートさんに頼るしかないんです。お願いします』
◇ ◇ ◇
西の空が赤く染まる頃。
僕とヴィクトリアは村の外れにいた。
傍には箒に跨がった魔女のクラリッサがいる。
しわだらけの顔をしかめて、不機嫌そうに言う。
「なんで、わしがこんな馬鹿げたことを……ユートにヴィクトリアよ、報酬を忘れるでないぞ!」
『はい、ローヤルゼリーとローヤルドリンク、生産が開始次第渡します』「ユニーク指輪ワンセット、もう用意してあるよ」
「では、行ってくるのじゃ――くっ、重い!」
クラリッサは浮かび上がったが、箒から伸びたスパイダーシルクで出来た糸がぴーんと張っただけで、丸い巨体をズリズリと引きずった。
引きずられたアザトースがわめく。糸が胸の辺りに巻かれていた。
『こんなの、横暴よ! 晒し者だわ!』
「うるさい、黙れ。少しは羽ばたいて飛ぶことに協力しろ」
『いやだぁぁぁ! どーせ私なんてモテるわけないのよ! 誰とも交尾できなくて、みんながよそよそしくなる未来まで見えるわ! 時間の無駄よぉぉぉ!』
「クラリッサさん、もう行っちゃってください」
「ほんとにしょうがないのう――ほいっ」
クラリッサは気合いを入れて飛び上がった。
糸に吊されたアザトースも空へと昇っていく。
『ぎゃぁぁぁ! 落ちたら死ぬぅぅぅ! すべての生き物は星の重力からは逃れられないのよぉぉぉ! やだぁぁぁ!』
泣きわめきながら、その姿はどんどん小さくなっていった。
声が聞こえなくなって、僕はため息を吐いた。
「どうなることやら」
『ちゃんと真の女王になってくれるか心配です』
ヴィクトリアは不安そうに羽と触覚を垂らした。
暇になった僕はヴィクトリアに話しかける。
「どう、この村での暮らしは? 少しは慣れた?」
『ええ、村の人たちはとてもよくしてくれます。お裾分けも貰えて、部下たちも喜んでます』
「それはよかった。……あとはアザトースがなんとかなってくれたら安心なんだけど……」
『お姉様は、自堕落を極めていますから……』
僕らはぽつぽつとおしゃべりしつつ、彼女たちの帰還を待ち続けた。
一時間後。
すっかり日が暮れて夜空に星が瞬く頃、クラリッサが戻ってきた。
吊されたアザトースは、なぜか身をよじって喜んでいる。
クラリッサはゆっくりとアザトースを地面に下ろすと、自分も地面に立った。
しかし疲れ切った顔をしていた。
「こんなに疲れたのはドラゴン退治以来じゃ」
「お疲れ様です。どうでした?」
「うまくいったのではないかの――もうしらん」
クラリッサは、箒に結んだ糸を解くと、そのまま村へと戻っていった。
残されたアザトースが地面をごろごろ転がって傍へ来た。
ヴィクトリアを見上げて、にやりと笑う。
『ねえねえ、ヴィクトリアは何人の王子様にモテた?』
『私ですか? 一人ですけど』
アザトースは口に手を当てて、ぷーくすくすと笑う。
『えー、たったの一人ぃ~? あたし5人からモテまくったんだけどぉ~?「こんな恵体見たことない!」「なんというわがままボディ!」「まるでスズメバチだ!」な~んて、取り合いだったのよぉ~? 罪な女だわぁ、あ・た・し』
「うっざ!」
思わず本音が口から出た。
――いいのかオスバチ? こんなので。
そもそも褒め言葉なのか?
ミツバチの感覚や嗜好は、人間にはよくわからなかった。
ヴィクトリアが、ほっとため息を吐いて言う。
『まあ、お姉様が役目を果たされたようで、なによりです』
『ぷぷー! あんたも、あたしを見習っていい女になりなさいよ~? 穀潰しギャルが今のトレンドなのよ、ぷーくすくす』
「やめろ。ヴィクトリアまで悪の道に引きずり込むな。てか、そんなもんトレンドになってたまるか!」
『なによー、ユート。あんたも嫉妬してるの~? これだからモテないオスは心にゆとりがないのよねぇ~』
このデブミツバチがウザすぎる。
でももう、これで問題は解決したんだ。
拳を握りしめて怒りを堪え、言い返さなかった。
ヴィクトリアが無言でそっと、僕の背中を撫でた。慰めるように。
少し気持ちが晴れて穏やかになる。
ほんとヴィクトリアの方が百倍、いい人だと思う。
そのとき、ガラガラと村の方から音が響いた。
見ればミツバチたちが台車を引いてやってきていた。
アザトースを任せて僕らは村へ戻った。
その後は宿屋のいつもの部屋で寝た。
なんだか疲れていたので、速攻で夢の世界に旅立った。




