第71話 久しぶりのレハーノ村
ネズミダンジョンの地下三階。
ダンジョンコアのある部屋は、すがすがしい空気に満ちていた。
丸いダンジョンコアは空中に浮かんでいるが、その下にあったコロポックルの小さな町は消えていた。
代わりに噴水があって、流れ出た水が泉のように溜まっていた。
泉の両端から水は流れ出て、水路に沿って両側にある部屋の壁の下へと消えていく。
一見、ダンジョンコアしかないように見える部屋。
しかし、それが狙いだった。
しばらく待っていると、左側の水路から体長30センチほどのコロポックルがやってきて床に上がった。
短い手を上げて挨拶してくる。
「お久しぶりです、人間さん」
「元気してた? 新しい村の場所は大丈夫そう?」
「元気もりもり、大丈夫ですー。とっても安心できてます」
「それはよかった」
ダンジョンの特性として、通路に通じていない隠し部屋は作れない。通路の幅も制限されている。
コロポックルしか通れないような通路は作れなかった。
だから水路の幅は通路と同じで、水に潜って行けば隠し部屋に通じていた。
隠し部屋には移設したコロポックルたちの村がある。
冒険者がボスを攻略してコアのある部屋まで来た時を考えての処置だった。
僕は言う。
「うまく隠れることができてそうだね。今後もこの調子でダンジョン運営して」
「りょーかいです、人間さん」
コロポックルはビシッと手を顔の横に当てて敬礼した。
そして僕はコアを触ってダンジョン入り口に出た。
ダンジョンの外は夕暮れだった。
僕は森の中を最速で駆けつつ北西にある村へと向かった。
森を抜け、平原に出る。
僕はいっそう快適に走り続ける。
――と。
どこからともなく、激しい笑い声が聞こえてきた。
「うわははは! 花畑、花畑しか勝たん!」
見ればレハーノの村の南側、畑の南端から南を流れる小川までの間の平野を、ギルマスのゲイルが開拓していた。
猛烈な勢いで鍬を振るって平野を耕していく。
こんなに元気で威勢のいいゲイルを見たのは初めてだ。
何をしてるんだろう? と疑問に思って、近くにいた男性の村人に話しかけた。
「あのー、すみません。ゲイルさん、どうしたんですか?」
「おー、ユート君かい? ゲイルさんはねぇ、ミツバチたちの作る蜂蜜酒が気に入って、ミツバチが一年中、花の蜜を集められるようにと、全力で花畑を作っているのさ」
「なるほど。お酒のためでしたか」
僕は納得するとともに、酒に意地汚いゲイルの根性に少し呆れたのだった。
その後、夕日が照らす村へと入った。
一週間ぶりの村。いや、もっとか。十日ぐらい?
フェアリーエルフの村で過ごした時間が、朧げな記憶になっていくのを感じつつ、村の通りを歩いた。
――冒険者ギルドに行こうかと思ったけど、ギルマスのゲイルは畑を耕している。
手に入れた魔物の肉や素材は明日売ればいいか。
ひとまずは野宿しなくていいように宿屋へ向かった。
すると道具屋からソフィーが飛び出してきた。細い眉を寄せ、黒い瞳が涙目になっている。
そして黒髪をなびかせて僕の胸に飛び込んできた。ふくよかな双丘が押し当てられる。
「ユートお兄ちゃん!」
「ソフィー、ただいま」
「何も言わずに長いこと、どこ行ってたんですかぁっ!」
「ごめん、ごめん。ちょっと用事が長引いちゃって」
「死んじゃったかと思って、わたし、わたしっ」
僕は震えるソフィーを抱きしめつつ、頭を撫でた。
「でも、ただいま」
「ぐすっ……お帰り、なさい」
小さな体から伝わる暖かな体温。ますます押し付けられる胸のふくらみ。
心配かけてしまったと思うと同時に、違和感がじわじわと押し寄せてきた。
「それで、ソフィー」
「なんでしょ~?」
「胸があからさまに大きくなってるんだけど……パッドでも入れた?」
「ひゃうっ!」
ソフィーは飛び上がって驚いた。
その拍子に胸がズレて、丸いパッドが地面に落ちた。
風に吹かれてパッドがむなしく転がる。
僕は見なかったことにして、視線を逸らした。
「別に無理して美魔女にならなくていいからね? 一歩ずつ育っていけばいいから」
「はぅぅ……っ! 背伸びしちゃいましたぁ――でも!」
ソフィーは恥ずかしそうに頬を染めて抱き着いてくる。
何か言いたそうなので、僕は続きを促す。
「でも、なに?」
「わたし……わたしは! お母さんのような優しい人になりたかったです! だけど今は、ユートお兄ちゃんを誘惑できるような、美魔女になります! ボンッキュッボンッの美魔女です! 覚悟しておいてください!」
「う、うん……わかったよ」
僕はソフィーの勢いに押されて、たじたじになっていた。
でも。だからこそ今後のことを伝えておいた方がいいと思った。
ソフィーの幼い頭や背中を撫でながら言う。
「ソフィー、心の内を教えてくれたありがと。でも、ごめんね。僕はこの村にずっとはいられないんだ」
「……はい。わかってます」
「明日、旅立つよ。次はとても長い旅になるから」
「明日っ!?」
ソフィーが驚くと同時に、僕の頭の上に乗っていたミツコが、ぶぅんと羽音を立てて飛び上がった。どこかへ行ってしまう。
僕は諭すように言う。
「またいつか、この村に来るから。ソフィーも頑張って」
「はい……頑張りましゅ」
僕を見上げて上目遣いで言ったソフィーが噛んだ。恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。
僕はソフィーの頭をポンポンと優しく叩きつつ離れる。
「それじゃ、戻ろう」
「はいっ」
僕はソフィーと並んで、ゆっくりと歩いた。
村の中心へと向かいながら、エルフの村でのことを話す。
ソフィーは目を輝かせて聞き入っていた。
フェアリーエルフだと言うことは伏せたけれど、エルフの村の場所も内緒にして欲しいと頼む。
「お兄ちゃんとの秘密ですね、えへっ」
ソフィーは、はにかむように笑って了承してくれた。
そして村の中央へ来る。
名残惜しそうなソフィーと別れて、僕は宿屋に入った。




