第64話 三下のチンピラ
夜。
僕はシェリルのツリーハウスで歓待を受けていた。
床に座る僕の前に料理の皿がいくつも置かれている。お酒は飲めないぶん、料理でもてなしてくれるようだった。
きのこと肉のバターソテー。山菜に衣を付けて揚げたやつ。木の実の入ったパン。
――それに、沢ガニを揚げたやつ。
沢蟹だけはちょっと気合を入れて口へ運びつつ、その他の食事も大いに食べた。
僕は心のおもむくままに感想を言う。
「おいしいです。自然の旨味が溢れてますね」
「そう言っていただけると、用意した甲斐がありました」
対面に座るシェリルのお母さん――名前はミレーヌだったかな。彼女は若々しい笑みを浮かべて嬉しそうに言った。
ほんとお母さんじゃなく、お姉さんで通じる若さ。
老化しないエルフってずるいなと思った。
シェリルがキイチゴのジュースを、ハニービーのミツコが持つ小さいコップに注ぎながら言う。
「ユート先生は、別れた後、どうされたんですか?」
「んー、基本的には冒険を続けたよ――例えば」
僕は人間の村に行ったことや、ハニービーと交渉したこと、ダンジョンを攻略したことなどを話した。
聞いていた母娘が目を丸くする。
「短期間で、そんなことまで! ユート先生、すごいです!」
「さすが私や娘を救ってくれた方ですね。ユートさんは英雄です」
「いやいや~、それほどでも~」
まっすぐに褒められて、僕は調子に乗りながらも謙遜した。ちょっと恥ずかしくて頭をポリポリと掻く。
でも、母娘は僕への絶賛をやめず、顔が火照る晩餐が続くのだった。
夕飯が終わった頃。
一息ついた僕はアイテムボックスから強化してもらった革の鎧を取り出した。赤黒い毛皮に覆われている。
『狩人のたしなみ 防御+50 茫漠 命中+25% 攻撃速度25% 移動速度10% HP増加50%』
もう一段階強化してあげたいけど『ベヒーモスの毛皮』が必要だから今は無理だった。
シェリルの前に置く。
「シェリル。これあげる。おみやげ」
「えっ! とてもよさそうな防具に見えますが……」
「うん。『狩人のたしなみ』っていうユニーク防具で、『茫漠』や『攻撃速度25%』とか付いてるから。シェリルにぴったりだと思う」
「そ、そんなに高価な物、いただけません!」
シェリルが青い瞳を見開いて驚愕し、革鎧を押し返してきた。
僕はぼろぼろの『疾風のマント』と、素材の『スパイダーシルク』を出してシェリルの前に置く。
マントはもう裾がボロボロで縦に裂け目が入っている。
「その代わり、お願いがあるんだ。これを、この糸を使って礼服みたいに修復してもらえないかな?」
「これ、ですか? ……できると思います」
「だったら交換条件と言うことでお願い」
「いえいえ、そんな! それでも貰いすぎです、ユート先生!」
シェリルの慌てぶりに、僕は少し欲が出た。
――ダメ元で頼んでみよう。
「……じゃあさ、フェアリーの羽が欲しいんだけど、4枚ほど手に入れることはできないかな?」
僕の言葉に、シェリルはぐうっと顔をしかめた。背中の透明な羽がふわりと広がる。
「それは、難しいです。ユート先生」
「やっぱり?」
「羽を失うことはできません。罪を犯したフェアリーエルフは羽を切られた後、村を追放されます。羽がないのは罪人の証になってしまうんです」
「あー、生きてる人じゃなくて、亡くなった方の羽を貰うことはできないかな?」
「それはそれで問題です。死期が近づくと自然に羽が落ちます。死後、羽は大樹の社に祀られます」
「あぁ~。宗教や慰霊が絡むなら、貰うのは無理だね……犯罪者の羽なら、どうなんだろう」
「今はなかったかと思います」
「残念。じゃあ、マントを補修して貰えたら、いいや」
「なんだかすみません。村長にもお願いしておきます」
「ありがと」
まあ、しょうがない。
確定で宝箱から手に入るダンジョンを知っているから、そっちで回収しよう。上級ダンジョンだから大変だけど。
――と。
夕食が終わったころだった。
にわかに外が騒がしくなった。
「なんだろう?」
「誰か来たようですね」
僕とシェリルが家の入口まで行って下を覗くと、村長の息子ジャンが取り巻きを3人ほど引き連れて下まで来ていた。
弓を構えつつ、大声で叫ぶ。
「おい! 人間の侵入者! また来たんだってな! ――俺には挨拶なしか!」
「あー、ごめん。どうでもよくて存在忘れてたわ」
「なにぃ! 許さん、降りてこい!」
「降りて行ったら、何をする気?」
「懲らしめるに決まってるだろう?」
「じゃあ、降りない」
僕は頭をひっこめた。
下からさらに「なんだとぉ!?」「ふざけんな!」と、ギャーギャー騒ぐ声が響く。
僕はハーデスリングを外してマジックボックスにしまいながら、お母さんに尋ねた。
「すみません、ミレーヌさん。何か棒とかないですか? 僕の武器だと確実に殺しちゃうんで」
「え、はい。掃除用の箒なら……」
「十分です」
ミレーヌさんは、部屋の隅から竹の箒を持ってきた。
僕は受け取って、入り口へと向かう。
シェリルが不安そうに眉尻を下げて話しかけてきた。
「大丈夫ですか、ユート先生? 裏口から出て、村長を呼んできましょうか?」
「んー、いやいい。話し合いでなんとかしてみるよ」
僕は表に出た。木の上にある家。
下を見ればジャンと取り巻きが3人ほどいた。
ジャンは僕を睨み上げて叫ぶ。
「人間がシェリルに近づいてんじゃねーよ!」
「友達だから別に良くないかな?」
「は? シェリルは俺の女なんだよ」
「婚約者とか?」
ジャンはすごみを帯びた笑みを浮かべて、ハンッと鼻で笑う。
「んなわけないだろ! 半端もんを妾にしてやるだけ、ありがたく思えってんだ」
「なるほど。じゃあ、どうでもいいな。――よっと」
僕は板張りの床から、何気ない動作で飛び降りた。
ぎょっと驚くエルフたち。
すぐに『瞬間移動』を発動させ、彼らの後ろに移動した。
「えっ!?」「どこだ!?」「消えた!?」
ジャンのすぐ後ろに断って話しかける。
「ここだよ」
「うわぁっ!」
ジャンは驚いて振り返りながら前に飛んだ。派手に転んで尻餅をつく。
僕は一気に距離を詰めて、棒の先をジャンの喉元に当てる。
驚き途惑う彼らを見渡してから、ジャンを見下ろして言った。
「ちょっといいかい、君たち」
「な、なんだよ」
「人間に反発するのはわかる。でもシェリルはこの村のエルフだ。勝手なことは言わせないよ」
「シェリルは俺のもんだ!」
「それを決めるのはシェリルだ。君じゃない」
「お前でもないだろ! 村とは関係ないくせに!」
怯えながらもジャンは言い返してくる。
僕は、ふむっと一つ頷いた。
「意外にもそれは一理ある。じゃあ、僕が村で役立てばシェリルから手を引くんだ」
「役立つ、だと?」
「落ちこぼれ組を役立つ人にできなかったら、僕は二度とこの村には来ないし、好きにすればいいよ」
「ほ、本当だな! じゃあ、三日以内にやれよ!」
「えっ、三日!?」
僕は驚いた。さすがに三日は急すぎる。五日は欲しい。
ジャンはニヤリと笑うと、汚れを払いながら立ち上がる。
「なんだ、できないのかよ?」
「……できるよ」
「その言葉、忘れるなよ!」
ジャンは捨て台詞を吐きながら立ち去った。
――うん。最後まで三下のチンピラって感じだった。
その背中を見送った後、僕はシュッと木の上にある家の前に移動した。
シェリルがドアを開けて出てくる。その勢いのまま、金髪をなびかせて僕に飛びついてきた。
「ユート先生っ」
「うわっ」
僕は支えきれず、家の周囲にある板張りの床の上に一緒に倒れ込んだ。顔に柔らかな谷間が押しつけられる。
シェリルが顔を真っ赤にして上体を起こす。
「す、すみません、ユート先生!」
「いいよ、大丈夫。でも、どうして?」
「ずっとジャンに付きまとわれていて困っていました。追い返して貰えて嬉しかったです!」
「まあ、三日以内に落ちこぼれ組をどうにかしないといけなくなったけど」
「三日後の武闘祭ですね……」
「武闘祭?」
「弓や剣の腕を競います。個人戦と団体戦があります」
「それで三日後だったのか。ということは落ちこぼれ組は団体戦かな?」
「だと思います。大丈夫でしょうか?」
「まあ、なんとかなると思う。がんばろう」
「はいっ、ユート先生!」
シェリルは笑顔になると元気よく答えた。目の前の大きな胸がたわわに揺れた。
そのとき、家の中からミレーヌが顔を覗かせた。そして、家の前の床で抱き合う僕らを見て、意味深な笑みを浮かべる。
「あらあら~。続きは家の中でしたらどうかしら?」
「あっ」「違いますっ」
僕とシェリルは慌てて離れた。
なんだか気まずくて、寝るまで顔が火照り続けた。




