第53話 狂楽の邪神爆誕
死の森に近い森の中。
僕はミツバチの巣の前で、女王たちと話していた。
地べたに寝転がってジタバタ暴れる自堕落な新女王を前に、僕はクイーンに一つ提案を持ちかけた。
「ところで女王様」
『なんでしょう?』
「返品は可能ですか?」
『お断りいたしますわ』
「でもこんな状態では、ハチミツ提供の仕事をしてもらえないのでは?」
『もう一人、新女王がいますし。働き蜂だって優秀ですわ』
「うーん、村人を説得するためのハチミツも必要なんですが……」
『それは私が出しましょう。とにかく娘を独り立ちさせてくれたら、特別な蜜だって差し上げましょう』
「え、それはローヤルゼリー?」
『いいえ、ローヤルドリンクです』
「なっ!?」
ぐらっと心が揺れた。レアな強化素材だ。
最終装備の一つ『霹靂細剣』を作るためにも必要で、エリクサーなどの原料でもある。
MISOでは何千匹も蜂系の敵を倒しまくらないとドロップしなかった。運が悪いと一ヶ月毎日狩っても出ない人とかいたらしい。
記憶に寄ればローヤルゼリーとプロポリスとある種の花粉を混ぜ合わせて発酵したもので、人間は作り出せない。ミツバチしか真の製法は知らないとか。
それが確定で手に入るなら……ありかも?
しばらく考え込んだ後、僕は結論を出した。
「わかりました。このごくつぶしを引き受けましょう。その代わりローヤルドリンク、お願いします。」
『交渉成立ですね』
僕はクイーンと握手を交わした。
頭の上でハニービーが嬉しそうにブブブッと羽根を鳴らす。
僕は気になって尋ねる。
「そう言えば。この子の名前は何ですか? 鑑定で見てもわからなくて……」
『私たちに名前を付ける習慣はありません。もしよかったら名付けてあげてください』
「じゃあミツコで」
ハチミツだからミツコ。即興で浮かんだ安直な名前。
でもクイーンは、ふふふっと楽しげに笑う。
『よかったですね、ミツコ』
ミツコは僕の頭の上で、ブーンブーンと嬉しそうに羽音を鳴らした。
――って。
「じゃあ女王様や新女王たちにも名前はないんですか?」
『はい、ありません。もしよろしかったら……』
「だったら、あなたはエカテリーナで。僕の知るとても強い女帝です」
『まあ、ありがとうございます! 確かにとても力が漲ってくるようですわ』
名付けただけで強くなったのかと思って、鑑定で見て見た。でも、ステータスに変化はなかった。
続いて品行方正な新女王を指さす。
「君はヴィクトリア! これまた世界の大半を支配した、偉大な女王の名前だよ」
『ありがとうございます! とても嬉しいですっ』
ヴィクトリアは喜びで声を震わせて、健気に答えた。
地べたに寝転がってジタバタ暴れていたろくでなしが、むくっと起き上がる。
『え? 私は? 素敵な名前を付けるべきでしょ?』
「ニートとかで十分じゃないか?」
『いやぁぁぁ! そんな! まるで私をただのニートみたいに!』
「いや、誰がどう見てもニートだろ」
『そうだけど、やだぁぁぁ! 私はプライドを持って引きこもりニートをやってるの! そこらの卑屈で貧弱なニートと一緒にしないでぇぇぇ!』
ジタバタと暴れながら地面を転がる。
――正直、ウザい。
それにプライドを持ったニートなんて「働いたら負けかなと思っている」の男より百倍ヤバいだろう。
でも名付けないと収まらなさそうなので、適当に名付けた。
「じゃあお前はアザトースで」
『お? なんだか、あざと可愛い名前! やったー!』
太りすぎて丸い新女王は、元気に起き上がって喜んだ。
――まさか、クトゥルー神話における異形の邪神とは思うまい。
『盲目と白痴の神アザトース』だから。
怠惰でウザいニートにはぴったりな名前だと思った。
一生、「うー! にゃー!」とか言ってればいい。
僕はクイーンとヴィクトリアに向き直る。
「それで、いつ、村に来ますか? 今からはちょっと用事があるので、村に帰るのは夜になると思います」
素朴で優しい新女王のヴィクトリアが答えた。
『でしたら。昼に集団で飛ぶと目立ちそうですから、夕方から夜にかけて村へ向かいますね』
「わかりました」
「ユートさん、こちらが前金代わりのハチミツとローヤルドリンクです」
クイーンから小瓶に入ったハチミツを大量に貰った。百本ぐらいある。
配るのによさそうだ。
ローヤルドリンクは2本しかなかった。やはり希少なアイテムのようだ。
アイテムボックスにしまいながら言う。
「たすかります。それから、魔王がドラゴンというのは女王から教えて貰ったことにしていいですか?」
「それは構いませんが、確かな証拠はあるのですか?」
「死の森にある館にドラゴニュートのドラコがいました。魔王四天王の一人です。中心にある星魔の神殿を根城にするようです」
「……死の森の古い館に魔物の集団が来たと働き蜂から報告がありましたが。名前までわかってるとは。ユートさんの考えが正しいようですね。信じましょう」
「じゃあ、お願いします。では、また」
僕はクイーンから女王たちにお別れを言って、その場を離れた。
なぜか頭の上に乗ったミツコは離れないまま。
――さて、用事を済ませるか。
僕は、森を出て南西に向かった。
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