第52話 とんでもない娘
午後の、森の中。
森の一角に、砦のような蜂の巣があった。
蜘蛛を倒してきた僕は、僕より大きいけれど気品のあるクイーンハニービーと話す。
「倒してきましたよ」
『ありがとうございます。これで安心して暮らしていけます』
「それで、移住する蜂たちは?」
『すでに選んであります。行ってもらうのは新女王になった娘二人です』
クイーンの後ろに控えていた、僕より少し背が低いミツバチが前に出てきた。二本の足で歩き、ぺこりとお辞儀をする。
『人間さんの村へ行くことになりました。不安ですけれども頑張りますので、よろしくお願いします』
丁寧な返事に良い印象を受けた。健気な感じがする。できるだけ手助けしようと思った。
でも、一匹しかいない。
「僕はユートって言うんだ。よろしく。……もう一人は?」
僕が尋ねると、クイーンは後ろを振り返って蜂たちに命令した。
『さっさとあの子を連れて行きなさい』
しばらくして十匹ぐらいの働き蜂が、ジタバタ暴れる大きな蜂を囲みながら引きずってきた。
なんだかクイーンや傍にいる新女王に比べると、全体的にやけに丸い。
丸い蜂が叫ぶ。
『いやー、やだー! 巣から出たら死ぬぅぅぅ!』
必死に抵抗しているが、多勢に無勢で引きずられている。
これが新女王だろうか?
まだ叫ぶ。
『私の母上は女王よ! つまり私は王女様よ! みんなはもっと私を過保護に敬うべきなのよぉぉ!』
「なんですか、あれ」
意味がよくわからず、クイーンに尋ねる。
するとクイーンは、はぁ、とため息を吐いて呟いた。
『不肖の娘です。なんでこんなふうに育ってしまったのか……』
「心に傷を負うような、なにか理由があったりとか?」
『いいえ、何も。巣に引きこもって食っちゃ寝食っちゃ寝してばかり。女王としての自覚がなく、ただの穀潰しになってしまいました』
「それで人間の村へ?」
『そうです。巣離れすれば、少しは女王の自覚は出るかと思いまして……』
クイーンは額を手で押さえつつ言った。
しかしダメ女王蜂は僕らの前まで引きずられてきたが、丸い体を震わせて暴れる。
「いやぁぁぁ! 女王として仕事したくないぃぃ! 働きたくないぃぃ! ――私はもっと自堕落な生活がしたいのよぉぉぉ!」
「なんだこいつ」
思わず本音を呟いてしまう。
すると、もう一人の新女王が申し訳なさそうに頭を下げた。
『なんだか私の姉がすみません』
『そうよ謝って。私の分まで謝って。ていうか、妹が行くなら、私は巣に引きこもっていいじゃない!』
ダメ女王蜂が勢い込んで言った。
しかしクイーンがダメ蜂を見下ろして、きっぱりとした口調で言う。
『いいえ、あなたには出て行ってもらいます。いい加減自堕落な生活はやめて、独り立ちしなさい』
『無理よ、無茶よ、無謀だわ! お母様は私の存在を過信しすぎているわ。こんなのが女王蜂になったら、三日で謀反が起きるわ!』
「自分がダメなことは自覚があるんだ」
『当たり前よ! 私が無能なのは私が一番よく知ってる! だから無能は無能らしく、巣にひきこもってるのが一番だと思うのよ!』
『自分の巣にひきこもりなさい』
『やだぁぁぁ! 巣の運営なんて、そんな面倒なことしたくない! 何もせずタダ食って寝て自堕落に生きたいのよ!』
『いつまで幼虫みたいにゴロゴロしているのです。サナギから孵ったらもう女王ですよ』
『そんなの知らない! 私は働きたくないし、責任のある仕事もしたくないの! 親のすねはかじるためにあるのよ!』
全力で自堕落したいと言い切るダメ女王蜂に、僕は呆れるしかなかった。
「女王様、こいつ、とんでもないモンスターですよ。人間でもここまで腐ったようなのはいないと思います」
『ほんとにそうね。人間の村に行って、少しは変わればいいのだけど……』
クイーンの言葉に、またダメ女王蜂が暴れた。
『いやぁぁぁ! そんなところに行ったら、人間に殺される、食べられる!』
「いやいや、わりと温厚な人たちばかりだから。話せばわかってもらえると思うし」
『そうですよ。話のわかる人間だっています。こちらのユートさんのように』
『他種族と交渉とか共存なんて、絶対むりぃぃぃ! 死ぬぅぅぅ!』
大げさに叫んで地面を転がるダメ女王。
クイーンは呆れた溜息を吐きながら、娘を諭す。
『いい加減諦めなさい。女王として見苦しいですよ』
『楽して生きるためなら見苦しくたっていいわ! 芋虫みたいに地べた這いずり回ってでも怠惰に生きる!』
『したければしなさい。ただし自分の作った巣で』
『いやー! 死ぬぅ~! 私が巣を出て生きていけるわけないじゃない!』
『何を言うのです。女王になれば、身の回りの世話や巣の拡張、子供たちの世話はみんな部下がやってくれます。あなたはどっしりと構えていればいいんですよ』
『私の生活力を舐めないでよね! 芋虫以下よ!』
地べたを這いながらダメ女王が偉そうに言う。
僕は呆れつつ思わず尋ねる。
「なんでそんなに、自分のダメさ加減に自信満々なんだ?」
『それぐらいしか誇れるところがないからに決まってるでしょ!』
「胸を張って言うことかよっ」
『他者と違う、それこそ個性! 私の個性を否定しないで!』
――うっざ!
僕はとことんまで呆れ返った。
うん、こいつはいらない。
そう考えた僕はクイーンに話しかけた。




