第49話 魔物の異変
死の森近くの薄暗い森の中。
僕はハニービーに案内されて森を歩いていた。
ハチミツが貰えるかも知れないと思って。
ハニービーは頭の上が気に入ったのか、僕の上から離れようとしない。
時々、ブブブッと羽根を片側だけ鳴らして向かう先を伝えてくる。
しばらくして。
気配探知に無数の反応が現れた。
近づくと、巨大な蜂の巣が現れた。
しかもよく見れば堅牢な砦のような巣だった。
木々の間を土で埋めて防壁を作り、ところどころに空いた隙間の向こうに槍を持った兵隊蜂が見え隠れする。
その奥に土で作ったドームのような巣があった。
何匹かの槍を持った兵隊蜂が飛んできて僕の前でホバリングした。通常のハニービーより一回り大きい。
頭の上でハニービーがブブブッと羽根を鳴らし、八の字を描いてくるくる回ったり、二本の前足を激しく動かして何かを伝えていた。
そしたら兵隊蜂の一匹が巣の方に飛んでいった。
待つことしばし。
巣の方から巨大なミツバチが飛んできた。さっきのカマキリと同じぐらいの大きさ。体長2メートルはある。
普通のミツバチよりしゅっとしていて、体や手足が細長い。
複眼の目は大きく、白いファーのような毛が首回りと手足についている。なんだか気品があった。
鑑定で見るまでもなく『ハニービー・クイーン』だろう。
眺めていると、クイーンが話しかけてきた。
『こんにちは、人間の方。我が子を助けてくれたそうですね。ありがとうございます』
「念話が使えるんですね。――偶然助けただけですので、お気になさらず」
僕はなにか面倒ごとになりそうな予感がした。
だから割と素っ気ない言葉で対応した。
――ミツバチには悪いけど、イーリスのこと、魔王退治のこと、そのための装備集めが最優先。
あっ。でも、ハチミツがもらえるなら……交渉に使えるかも。
クイーンが悲しそうな声で尋ねてくる。
『一つお聞きしたいのですが、何か変わったことはなかったでしょうか?』
「変わったこと?」
『最近、急に森の様子がおかしくなったのです。大気に漂う魔力が濃くなったような、瘴気が微かに混じっているような……』
「うーん、僕は何も感じないけど――何か問題でも?」
『この辺にはいなかった強い魔物が出るようになりましたし、元いた魔物も凶暴になった気がします』
魔物が強くなったと聞いて、MISOの知識がピンッと頭に閃いた。
「ひょっとしたら魔王が現れた影響があるのかも?」
『えっ! それは魔物の王の魔王でしょうか? それとも魔族の王の魔王でしょうか?』
「どうなんだろう? どちらかと言えば、魔物の王? 今回のラスボスの魔王はドラゴンだから」
『ドラゴン!? まさかダークエンペラードラゴン様やカオスルナティックドラゴン様ですか?』
「そこまではわからないけど……ドラゴンで間違いないよ」
『そうですか……ううーん』
クイーンは前足を胸の前で腕組みして唸り始めた。
「ドラゴンの魔王の種類で、何か問題でも?」
『ダークエンペラードラゴン様だと話が通じますし、保護を願えば何かを上納することで守って貰えますが。カオスルナティックドラゴン様ですと、人間も魔物もすべて滅ぼそうとしますから』
「あー、確かに」
――MISOでもそういう設定だった。
ドラゴンも邪神も魔族の王も、すべて二種類いた。
世界を支配しようとするタイプと、世界を滅ぼそうとするタイプだ。
人間にとってはどちらも倒すべき存在だから関係ないけど。
クイーンはしょんぼりと肩を落とした。悲しげな声で言う。
『どちらかわかりませんと、下手に動けませんわ』
とても可哀想に思えた。
ただ彼女の演技なのか本心なのか、にわかに判然としない。
――それなら僕は自分の目的を達成するために、クイーンを利用すべきだと思った。
そこで気軽な口調で言いつつも、僕が得をする提案をする。
「だったら、人間に保護を求めるのはどう? うまく取引を持ちかければ守って貰えるかも?」
『あなたは信に足ると行動で示してくれましたが、他の人間を信用することは難しいです』
「そこはまず僕と取引だね。欲しいもの、やって欲しいことがある。代わりにとても強い人たちを紹介出来る。元Sランク冒険者だ。強さと地位で睨みを利かせられる」
クイーンは頬に手を当てて首をかしげる。
『ふむ……一考の余地はありそうですが……何をさせる気でしょうか?』
「まずはハチミツが欲しい。それと森にいるジャイアントスパイダーかフォレストスパイダーの居場所が知りたい」
僕の言葉にクイーンの大きな目がキラッと光る。
確認するかのように尋ねてくる。
『ほう? 居場所を知ってどうする気です?』
「もちろん退治して素材のスパイダーシルクをゲットするよ」
『ほほう。ならばマウンテンスパイダーも狩りたいのでは?』
「え? 森にいるの?」
僕は少し驚いて聞き返した。
マウンテンスパイダーはその名の通り、山に住む巨大な蜘蛛だ。深い渓谷に巣を張って、空飛ぶ獲物を待ち構える。
ジャイアントスパイダーやフォレストスパイダーより強い。その分、上位素材も落とす可能性があった。
――山を登って巣まで行くのは、何日もかかって大変だから諦めてたんだけど。近くにいるなら、むしろありがたい。
そしてクイーンの狙いもわかってきた。
僕はニヤリと笑って手を伸ばす。
「じゃあ、取引成立だね」
「ええ。では取引が終わった後で、新女王である娘たちを人間の村へ連れて行ってもらいます」
――やっぱり。
クイーン自体はこの森に残るつもりなんだ。
僕が蜘蛛を倒すことで、天敵の一つがいなくなって少しは安全になるから。
そして森と村に分散して住めば、どちらか片方がダメになっても血統は保たれる。
シビアな考えだけど、蜂たちを守るクイーンとして冷静に判断したんだろう。
僕は気付かないふりをして気軽に言う。
「じゃあ、蜘蛛のところに案内して」
「懐いてるその子に案内させましょう」
「了解」
蜂たちが来て空中でホバリングしながら止まった。
頭の上のハニービーに、身振り手振りとさらには尻振りダンスで場所を伝える。
わかったとばかりに、ハニービーが一段と高い羽音でブブブッと鳴いた。
そして僕を蜘蛛の所へと案内した。




