第26話 泣きべそソフィー
夕暮れ時の道具屋の中。
尻餅を着いていた僕は、立ち上がりながら目を輝かせて叫ぶ。
「ひょっとして、呪術師!?」
「ひぃっ! ――ごめんなさい、ごめんなさい!」
ソフィーは頭を抱えて小さくなった。泣きべそをかいて謝ってくる。
まるで僕がいじめたかのよう。
でも僕は嬉しくなってさらに言葉を続けた。
「すごいじゃないか、呪術師なんて!」
「――ふぇ?」
「遊び人の次に激レアな職業! 転職ではなれない、初期ランダムでしかなれない職だよ! 何千回もリセマラしなくちゃいけないのに! すごいよ、ソフィー!」
「え、あの、えっと。怖くないんですか? 嫌じゃないんですか?」
ソフィーが上目遣いで恐る恐る尋ねてきたので、僕は間違いに気付いた。
「ああ、そうか。僕の不用意な発言で『不調領域』が発動しちゃったんだね。大丈夫、パッシブスキル『ディスオーダー』オフ! って唱えてみて」
「ぱ、ぱっしぶおふ?」
「違う。パッシブスキル『ディスオーダー』オフ」
「パッシブスキル『ディスオーダー』オフ」
ソフィーが言葉を言い終えた瞬間、華奢な体から放たれるおぞましい空気が消えてなくなった。
ソフィーは信じられないといった表情で、自身の小さな両手のひらをまじまじと眺める。
――不調領域。
呪術師の初期スキルの一つで、自分を中心に体調不良や疾病を発生させる。
ゲーム的には体力や各種抵抗力が下がるスキルだった。
しかも呪術師は遊び人と違って、下級職ながら強い職業だ。最初から強い。
Lv1時点の初期スキルは『殴打Lv1』と『不調領域Lv1』。
すこしLvを上げて『殴打』をLv5にすれば、『幽霊狙撃』が解放される。
このスキルが、遠距離の呪い攻撃なのに防御値無視という、鬼強さ。
しかも不調領域で呪い抵抗も下がっているから大ダメージとなる。
さらにLvが上がって『怨霊呪縛』を取れれば、怨霊をまとわりつかせて動けなくしつつ、幽霊狙撃で一方的に敵を倒すことができる。
それにレベルを上げれば怨霊系モンスターを一体、使役もできる。
パーティーでもソロでも強いキャラだった。
僕は思わず感心しながら呟く。
「いやー、呪術師なんて羨ましい。ただでさえ強くてレベルを上げやすいし、他の下級職もマスターすれば特殊上級職の『魔女』や『死霊術師』にもなれる。どっちも強い職だもの。いいなぁ……」
遊び人のレベルの上げ辛さを考えると、呪術師は羨ましくて仕方なかった。
しかも上級職も強いから、どっちになろうと勇者の補佐役として十分、魔王と戦えた。
今からでも職業を代わって欲しいぐらいだった。
そんな風に、一人で納得していたら、ソフィーが顔を上げて僕を見た。
見開いた大きな目から涙をこぼしつつ、声を震わせた。
「止まった……怖いのが止まった! 目をつむって心を鎮めなきゃなのにっ! ……これでもう、みんなを病気にしたり、怖がらせなくて――ひどい目に合わされない――うわぁぁぁん!」
ソフィーは両手で顔を覆って、激しく泣き出した。
むせかえるような嗚咽を何度もして泣きじゃくる。
突然の号泣に、僕はさらなる勘違いに気付いた。
――あ、そうか。
僕は前世の知識で呪術師を知っていた。プレイヤーがプレイする職業の一つだって。
けれど、この世界の人にとっては詳しくは知らない、恐ろしい職業だったんだ。
思い返せば貴族の知識に、呪術師と分かると幽閉されたり、座敷牢に入れられて一生を過ごしたりする、とあった。
今みたいに、本人が無意識のうちにスキルがオンになってしまうと、家族や友人の抵抗力を下げて病気を振りまいてしまう。
そのことできっと、ソフィーは大変な目に遭ったのだろう。村八分や迫害など。
ナイフや人形も、ソフィーを恨んだ人が捨てたのかもしれない。
ソフィーが鼻をすすり上げて、少し泣き声が収まる。
僕は優しい声で語りかけた。
「うん、よかったね。大変だったね」
「うん、はいっ」
「今の呪文を忘れないようにね」
「はいっ、はい! ――うわぁぁぁん」
せっかく止まったのに、また泣き出すソフィー。
小さな手で何度も目から零れる涙をぬぐう。
――困ったな。さすがに泣きじゃくる小さい子をほったらかしにして、宿屋へ戻れないぞ?
手を伸ばしてソフィーの頭を撫でつつよしよしして慰めたり、優しい言葉をかけて泣き止んでもらおうとした。
――と。
店の奥から、猛烈な殺気が突進してきた。
タイラントボアかな? と一瞬思ったぐらいの勢い。
見ればつばの広いとんがり帽子を被った、鷲鼻のしわくちゃなお婆さんだった。
店の主であり、魔女のクラリッサだった。
クラリッサは怒りに目を吊り上げて、カウンターへと入って来る。
「貴様ぁ! ソフィーに何をしたのじゃぁ!」
「いや、違います、何もしてません!」
「そうでしゅ、ユートさんが、うぇぐっ! ……うわぁぁぁん!」
「絶対に許さんぞ!」
クラリッサはねじ曲がった杖を振り上げる。
泣きじゃくって喋れないソフィーが、おばあさんにしがみついて止めようとする。
――頑張れ、ソフィー! 誤解を解けるのは君だけだ!
しかし、僕の余裕もそこまで。
背後にある店の入り口に、ドドドッと誰かが駆け込んでくる音がした。
「ソフィー! スキルが発動してたぞ、大丈夫かぁ!?」
「どうしたってんだい、ソフィー! 可愛い子を泣かした奴は誰だ!」
声だけで誰かわかった。
剣聖のゲイルと、怪盗のマーサだ。
元Sランクの英雄たちが前後に立ちはだかる。
そして現状。
英雄たちに愛されてるいたいけな美少女が号泣しており、その傍には村にきてまだ二日目の得体のしれない若い男――しかも職業『遊び人』がいた。
スキルによっては女遊びやギャンブルにうつつを抜かす職業である。
「ユート、貴様ぁ!」「何をした!」「許さんぞ!」
――うわぁ、みんな激怒してる。
言い訳をする暇もなさそう。詰んだ、ガチで詰んだ。
前面の虎、後門の狼。
僕にはもう逃げ場がなかった。
残念! 僕の冒険はここで終わってしまった!




