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HONEYCOMB  作者:


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3/5

第三話:黒い脅迫と、女王の逆鱗

1

「ひ、ひぃぃ……! 先生、やっぱりこれ、私たちが首を突っ込んでいい案件じゃないですよぉ!」

緊迫した空気が漂う「蜂の巣」の執務室で、蜜嶋綾は涙目で防弾チョッキ(ネット通販で購入した気休めの品)を胸に抱きしめていた。

デスクの上に広げられているのは、川崎臨海部の再開発予定地に関する資料。そして、そこに添えられた何通もの『脅迫状』だった。

「うるさいわね、綾。耳元で騒がないで」

蜂須賀愛は、脅迫状の文字を虫眼鏡で冷然と観察していた。カッターナイフで切り貼りされた文字には、「これ以上調べるな。命が惜しければ手を引け」と、ベタな文言が並んでいる。

「愛先生、相手は川崎の闇社会に根を張る『黒金組くろがねぐみ』のフロント企業ですよ!? 地元の個人商店主たちを脅して、二束三文で土地を買い叩いているんです。警察だって慎重になってる相手なのに……!」

「だから何? 警察が慎重なら、私が司法の刃で直接、彼らの息の根を止めればいいだけの話よ」

愛は脅迫状をポイとゴミ箱に放り捨てると、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。

「法律という名の檻はね、ヤクザだろうが総理大臣だろうが、平等に閉じ込めることができるの。彼らが力(暴力)で支配しようとするなら、私は知性(法)で彼らの牙を一本残らず叩き折る。それだけよ」

その時、ドアが開き、猶が盆に載せた特製の宇治金時かき氷を運んできた。

「あらあら、ずいぶんと物騒なお客様に目をつけられたものねぇ。でも愛、黒金組の現組長は、私が現役時代に一度、別の恐喝事件でコテンパンにのしたことがあるわ。あの人たち、メンツを潰されるのが一番嫌いだから、油断しちゃダメよ」

「お母様、過去の栄光を語るなら、私にもそのやり方を教えて。……まあ、私ならもっと残酷に追い詰めるけれど」

愛は冷たいかき氷を一口すくい、琥珀色の瞳を怪しく光らせた。

「綾。泣いてる暇があるなら、あのフロント企業の『金の流れ』を全て洗い出しなさい。彼らが一番恐れるのは、暴力の不発じゃない。――不法収益の完全没収よ」

2

数日後。川崎の臨海部にある、ガラス張りのいかにも怪しげなビルの一室。

「黒金興業」の社長室で、愛と綾は、凄みのある顔をした男――黒金組の若頭、鮫島さめじまと対峙していた。

背後には体格のいい男たちが数人、威圧するように立っている。普通の弁護士なら、この空気だけで震え上がるだろう。

しかし、愛はハイヒールを優雅に組み、高級ソファに深く腰掛けていた。隣の綾は、ガタガタと歯を鳴らしながらも、必死でタブレットをホールドしている。

「おいおい、蜂須賀の嬢ちゃん。わざわざ『蜂の巣』から飛び出して、こんな煙たい場所に何しに来た? 地上げの件なら、商店主たちとは『円満に』合意書を交わしたはずだぜ」

鮫島は机に足を乗せ、ドスの利いた声で笑った。

「円満? 深夜に自宅を取り囲み、拡声器で騒音を流し、挙げ句の果てに店主の子供の通学路を待ち伏せる……。それがあなたたちの言う『円満』かしら、鮫島さん」

愛の声は、周囲の男たちの威圧感を一瞬で切り裂くほど、冷たく、そして鋭かった。

「証拠はあるのかよ。ヤクザをいじめると、痛い目を見るぜ?」

鮫島が身を乗り出し、愛を睨みつける。

「証拠? ええ、山ほどあるわ。綾、見せてあげなさい」

「は、はいぃっ!」

綾が震える指で画面をタップすると、室内の大型モニターに、鮫島たちの「裏の顔」が次々と映し出された。

「これは、あなたたちが地上げのために使ったダミー会社と、黒金組本家との間で交わされた、総額3億円に上る『不透明なコンサルタント料』の送金履歴。さらに、商店主たちを脅迫していた実行犯の携帯電話のGPSログ。……これ、全てあなたたちの事務所のIPアドレスと一致しているわ」

鮫島は目を見開いた。「な、何だと……!? うちのセキュリティーは完璧なはずだ!」

「完璧? 笑わせないで」

愛は立ち上がり、鮫島のデスクへと歩み寄る。その圧倒的なオーラに、周囲の男たちが気圧されて一歩退がった。

「あなたたちが雇った三流のハッカーじゃ、我が事務所のパラリーガルの執念には勝てないのよ。綾はね、あなたたちの稚拙なネットワークの脆弱性を突いて、全ての暗号化データをたったの2時間で全解凍したわ。ねえ、綾?」

「そ、そうです! ヤクザだろうが何だろうが、パスワードが『組長の誕生日』なのは危機管理が甘すぎますぅ!」

恐怖が限界突破した綾が、半ばヤケクソで叫んだ。

鮫島は顔を真っ赤にし、机を叩いた。

「てめえら……! タダで帰れると思うなよ! ここらで一発、痛い目を見せて――」

男たちが一斉に愛へ掴みかかろうとした、その瞬間。

「動かないで」

愛が冷徹極まる声を放った。その手には、ボイスレコーダーと、一通の書類が握られていた。

「今、あなたが『痛い目を見せる』と言ったわね? はい、恐喝および加害告知による脅迫罪が追加で成立。それから、この書類を見て。これは横浜地検の特捜部、および暴力団対策課へ、今この瞬間に自動送信されるようにセットされた『組織的犯罪処罰法違反』の告発状よ。私がここを出て5分以内に、私のスマートフォンから解除コードを入力しなければ、あなたたちの全資産の凍結と、家宅捜索が一斉に始まるわ」

「な……っ!?」

「さあ、選びなさい」

愛は鮫島の顔のすぐ近くまで顔を寄せ、その美しい、しかし完全に凍りついた瞳で男を睨みつけた。

「この場で私を傷つけて、組ごと完全に破滅するか。それとも、今すぐ商店主たちから巻き上げた土地の権利書を返し、解決金として一世帯あたり一千万円を支払う合意書にサインするか。――私の針は、一度刺さったら骨まで溶かすわよ」

鮫島の額から、滝のような汗が流れ落ちた。

目の前にいるのは、ただの女弁護士ではない。法律という名の絶対的な武器を完璧に使いこなし、躊躇なく引き金を引く「本物の化け物」だ。

「……わ、分かった。俺たちの負けだ。書類を、持ってこい……」

鮫島は力なく崩れ落ち、天を仰いだ。

3

深夜、蜂須賀法律事務所。

「お疲れ様、二人とも。臨海部の地主さんたち、みんな泣いて喜んでいたわよ」

猶が、勝利の美酒として、最高級のシャンパンを開けた。

「ふん、当然の結末よ。暴力で人を支配できると思っている時代遅れの男たちなんて、法の前ではただの羽虫に過ぎないわ」

愛はグラスを揺らし、満足そうに微笑んだ。

「でも、愛先生……私、本当に死ぬかと思いました。パスワードが組長の誕生日だったのを見つけた時は、心臓が止まるかと……」

ソファーに倒れ込んだ綾が、今更になってガタガタと震えている。

「よくやったわ、綾。あなたのそのドMな根性と、驚異的なハッキング能力(事務能力)がなければ、あの強弁は成立しなかった。……ほら、ご褒美よ」

愛は自分のグラスから、シャンパンを少し綾のグラスに注いでやった。

「あ、愛先生からの直々の注ぎ……! 役立たずって罵られるかと思ってたのに……ああっ、疲れが吹き飛びますぅ!」

「単純な奴ね。でも、休む暇なんてないわよ」

愛は不敵に笑い、次の新しい事件のファイルを広げた。

「次は川崎の政界よ。現職の市議会議員による、大規模な選挙買収と裏金疑惑。相手は権力の頂点にいる人間……。私たちの“蜂の巣”に、どんな面白い獲物が飛び込んでくるか、今から楽しみだわ」

「ひ、次は政治家ですかぁぁ!?」

綾の悲鳴が、今夜も川崎の夜空に響き渡る。

しかしその傍らで、女王蜂・蜂須賀愛は、誰よりも冷酷に、そして誰よりも美しく、次の獲物を見据えて微笑むのだった。


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