第6話 夢は持つもんやった
その日、空はいつもより白かった。
春人はいつものように公園へ向かっていた。
足はもう迷わない。
行く理由があるというより、行かない理由がない場所になっていた。
ベンチには佐伯が座っていた。
いつもの缶コーヒー。
いつもの姿。
なぜかわからないけど安心をくれる。
「佐伯さんって」
春人は少し間を置いた。
「昔、何かやりたいこととかあったんですか?」
佐伯は缶コーヒーを持ったまま止まる。
一瞬だけ、風の音が大きくなる。
「急にどうしたんや」
「なんとなくです」
佐伯は空を見てから、笑った。
「あったで」
それだけ言って、少し間を置く。
ひまりが身を乗り出す。
「なになに?どんなの?」
佐伯は少しだけ苦笑した。
「大人になって」
「偉くなって」
少し間。
「家族つくって」
そこで一度止まる。
「みたいな感じのやつや」
春人はその言葉を、すぐには理解できなかった。
でも、どこかで“よくあるはずの未来”だと感じた。
佐伯は少しだけ笑って、続ける。
「昔はな、それが当たり前に起こるもんやと思ってた」
少し間を置く。
「でもな、それは当たり前やなくて、俺にとっての夢やったんやと思うようになった」
缶コーヒーを軽く回す。
「気づけば夢だった」
少し間。
「いまだからわかる」
佐伯は缶を見た。
「夢って、持つもんやったんやなって」
風がベンチを通り過ぎる。
ひまりが首をかしげる。
「迷子になったの?」
「まあ、そんな感じやな」
軽く言う。
でもその言葉は、軽く流れなかった。
春人は何も言えなかった。
迷子。
それは子どもだけのものだと思っていた。
佐伯は缶コーヒーを飲む。
その横顔は、どこか遠かった。
でも、悲しさはなかった。
ひまりが元気に言う。
「じゃあ今は何してるの?」
「今か」
佐伯は少しだけ笑う。
「缶コーヒー飲んでる」
「それだけ?」
「それだけや」
春人は思わず少し笑った。
でも、その“それだけ”が不思議と軽く感じなかった。
ちゃんと今を生きている人の言葉に思えた。
美代が空を見上げる。
「夢って、最初に思っていた形のままじゃないのかもしれないわね」
誰もすぐには答えない。
風だけがゆっくり流れていく。
春人はふと思う。
夢は、はっきりしたものじゃないのかもしれない。
気づかないまま通り過ぎてしまうこともある。
夢に気づけること。
それが大事な気がした。
⸻
その日の帰り道。
春人は空を見上げる。
雲はゆっくり流れていた。
行き先はわからなくても、動いている。
そんなことを、ぼんやり思った。




