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第31話 美代の体調

 秋の朝は少し肌寒かった。


 澄んだ空気の中、美代はゆっくりと病院へ向かって歩いていた。


 今日は定期検査の日。


 もう何年も続いている、大切な一日だった。



(少し緊張しますね)


 心の中で、穏やかな声がした。


 美代は小さく微笑む。


(大丈夫ですよ)


(いつも通りですから)


(ええ、そうですね)


 2人の心に、静かな笑みが広がった。



 病院へ着く。


 受付を済ませ、待合室へ向かった。


 診察を待つ人たちが静かに椅子へ座っている。


 本を読む人。


 目を閉じて休む人。


 窓の外を眺める人。


 美代も腰を下ろした。



(病院は昔から少し苦手です)


(私もですよ)


 心の声が優しく笑う。


(でも先生は優しい方ですから安心します)


(ええ)


 美代も穏やかに頷いた。



「美代さん」


 名前を呼ばれる。


「はい」


 ゆっくり立ち上がり、診察室へ入った。



「こんにちは」


 白衣姿の医師が穏やかに微笑む。


「こんにちは」


 美代も頭を下げた。


 医師はカルテと検査結果を見比べながら頷く。


「体調はいかがですか?」


「すごく調子がいいんです」


「そうですか」


 医師は血液検査の結果へ目を移す。


 そして、少し驚いたように目を見開いた。


「……これは驚きました」


 美代は首を傾げる。


「何かありましたか?」


 医師は穏やかな笑顔になった。


「いえ」


「驚くほど状態がいいんです」


「数値も非常に安定しています」


「今回は特に良くなっていますね」


 美代は少し驚いたように微笑んだ。


「そうですか」


「ありがとうございます」



 医師はカルテを閉じた。


「何か生活で変わったことはありましたか?」


 美代は少しだけ考える。


 頭に浮かぶのは、公園のみんなの笑顔だった。


「最近、帰って来たくなる場所ができました」


「それも、この方のおかげなんです」


 医師は静かに耳を傾ける。


「そこで、大切な人たちと過ごしています」


「毎日は会えませんけれど」


「会える日が楽しみなんです」


 医師は優しく笑った。


「それが一番の薬かもしれませんね」


 美代も穏やかに頷く。


「私も、そう思います」



 診察が終わる。


 美代が立ち上がると、医師が静かに声をかけた。


「未来さん」


 一瞬だけ診察室が静かになる。


 美代は優しく目を閉じた。


(先生が呼んでいますよ)


(ええ)


 少しだけ表情が柔らかく変わる。


 医師は穏やかな表情で尋ねた。


「最近はいかがですか?」


 少し間があった。


 そして、美代が静かに答える。


「ええ」


「私も、この方も元気です」


「私は少し眠る時間が増えましたけれど」


 医師は静かに頷いた。


「以前より、意識を保てる時間が短くなってきていますか?」


「いいえ」


「そうではありません」


「少し疲れやすくなっただけです」


「これは自然なことですから」


 医師は安心したように微笑んだ。


「それなら安心しました」


「お2人とも、ご無理だけはなさらないでください」


「ありがとうございます」


「いつも見守ってくださって、本当に感謝しています」


 医師は穏やかに微笑む。


「私にできることは限られています」


「それでも、お2人の力になれるなら嬉しいですよ」


「ありがとうございます」


 美代は深く一礼した。



 病院を出る。


 秋風が頬を優しくなでていく。


(先生も安心しておられましたね)


(ええ)


(長いお付き合いですから)


(ずっと見守ってくださっています)


(ありがたいことですね)


(この体のことまで気に掛けてくださって)


(本当に感謝しています)


(私もですよ)


(あなたがいてくださるから、私はこうして毎日を過ごせています)


(いいえ)


(私の方こそ感謝しています)


(皆さんの助けになれるのは、美代さんのおかげですから)


 2人は静かに微笑んだ。



 帰り道。


 自然と足は公園へ向かっていた。


 まだ誰も来ていない。


 落ち葉が1枚、ベンチへ舞い降りる。


 美代はゆっくり腰を下ろした。



 春人は受験勉強。


 リサは研究。


 佐伯は仕事。


 ひまりは紬との毎日。


 みんな、それぞれの時間を懸命に生きている。



(楽しみですね)


 心の声が静かに呟く。


(ええ)


 美代は秋空を見上げた。


(皆さんが、どんな未来を歩いていくのか)


(私は、それを見届けたいんです)


(ありがとう)


(あの頃から、美代さんにはずっと助けてもらっています)


 2人の想いは静かに重なった。



 秋空は高く澄んでいた。


 風は静かに季節を運んでいく。


 時間は止まらない。


 だからこそ。


 今日という1日を、大切に生きていきたい。


 美代は穏やかに微笑みながら、公園に吹く秋風を静かに感じていた。


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