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第28話 焼き鳥屋と佐伯の心

 仕事を終えた佐伯は、スマホの画面を眺めていた。


 画面にはリサとのメッセージ。


 最後のやり取りは数日前だった。


 研究が忙しいと言っていた。


「……」


 少し考える。


 そして、小さく息をついた。


『今日、仕事終わりに時間ありますか?』


 送信ボタンを押したあと、後悔した。


「忙しかったら迷惑やろな」


 そう呟いてスマホをしまう。



 駅へ向かう途中。


 スマホが震えた。


『今日は研究が早く終わりました。大丈夫です。』


 思わず立ち止まる。


 佐伯は思わず笑みがこぼれた。


『どこか行きたいところありますか?』


『はい』


『やきとり行きたいです』


 短いやり取りだった。


 それだけなのに。


 仕事帰りの足取りは軽かった。



 時間を合わせ、店に入ると。


 香ばしい煙が迎えてくれる。


「いらっしゃい!」


 店主の元気な声。


 しばらくして。


「こんばんは」


 リサが暖簾をくぐった。


「こんばんは」


 佐伯は少し照れながら手を上げる。


「待ちました?」


「いや、今来たとこです」


「そしたら2人分注文しますね」



 焼き鳥が運ばれてくる。


「いただきます」


「いただきます」


 リサは焼き鳥を一口食べる。


 ふっと笑顔になる。


「やっぱり、おいしいです」


「ですよね」


 佐伯も笑う。


「最初は緊張してたのに」


「今では普通に来れます」


「そうですね」


 リサは少し照れながら笑った。



「研究、忙しいんですか?」


 佐伯が聞く。


「はい」


「少しだけ」


「春人のこともあって、大学ともやり取りが増えました」


「そうか」


 佐伯は嬉しそうに頷いた。


「春人も大学行くって決めたらしいです」


「聞きました」


 リサも笑う。


「きっといい研究者になります」


「先生がええからですわ」


「まだ先生じゃないです」


 2人は笑った。



 少し話が途切れる。


 気まずさはなかった。


 焼き鳥を食べる音だけが静かに流れる。


 リサはふと口を開いた。


「Saeki-san」


「はい?」


「前に聞きましたよね」


「私がどうして研究者になったか」


「はい」


「今日は私も聞いていいですか?」


 佐伯は少し考えた。


「何をです?」


「どうして、私と会ってくれますか?」


 佐伯は少し驚く。


「いやぁ……」


「なんて言えばいいか難しいんですけど」


「最初は成り行きみたいなもんでしたけど」


「最近は話したくて会ってます」


「でも英語なんか全然できへんし」


「今思えば最初に無茶しましたけど」


 リサは静かに聞いていた。



「でも」


 佐伯は照れくさそうに笑う。


「放っとけへんかった。」


「それが今に繋がったんやと思います。」


 リサは少し俯く。


 そして、小さく笑った。


「やっぱり」


「え?」


「Saeki-sanらしいです」



 少し沈黙が流れる。


 店の中は相変わらず賑やかだった。


 その中で。


 リサはぽつりと呟く。


「Saeki-sanといると」


 佐伯が顔を上げる。


「安心します」



 一瞬。


 時間が止まったようだった。


 佐伯は言葉が出てこない。


「そ、そうですか」


 やっとそれだけ返す。


 リサは笑った。


「はい」


「だから、この時間が好きです」



 佐伯は照れ隠しに缶ビールへ手を伸ばしかけて。


 ふと笑う。


「なんか照れますね」


「ふふっ」


 リサも笑った。


「私もです」



 店を出る頃には、夜風が少し冷たくなっていた。


 2人は駅まで並んで歩く。


 特別な話はしない。


 それでも、不思議と心地よかった。



「今日はありがとうございました」


 リサが頭を下げる。


「こちらこそですよ!」


 佐伯もあわてて頭を下げた。


「また焼き鳥行きませんか」


「はい」


 リサは嬉しそうに頷いた。



 電車がホームへ入ってくる。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 ドアが閉まる。


 電車がゆっくり動き出す。


 窓越しに小さく手を振るリサ。


 佐伯も照れくさそうに手を振り返した。



 帰り道。


 佐伯は一人、嬉しさを噛みしめていた。


「美代さんの言う通りやな」


 心は。


 案外もう答えを知っているのかもしれない。


 そんなことを思いながら、秋の夜道をゆっくりと歩いて帰った。


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