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第25話 リサの休日

 その日は休日だった。


 研究室へ行く予定もない。


 論文の締切も少し先。


 久しぶりに目覚ましをかけずに眠った朝だった。


 リサはゆっくりとカーテンを開ける。


 窓の外はよく晴れていた。


「いい天気です」


 誰に言うでもなく呟く。



 洗濯をして。


 部屋を少し片付けて。


 近くのスーパーへ買い物に行く。


 特別なことは何もない。


 ただの休日。


 けれど嫌いではなかった。


 研究は好きだ。


 時間のことを考えるのも好きだ。


 でも。


 こういう静かな時間も嫌いじゃない。



 買い物を終えて帰宅すると、1通のメッセージが届いていた。


 母親からだった。


 海外で暮らしている母とは、今でも時々連絡を取り合っている。


『部屋を片付けていたら懐かしい写真が出てきたの』


 その文章と一緒に、1枚の写真が送られてきた。


「……」


 リサは画面を見つめた。


 若い頃の母親。


 そして隣には男性が立っている。


 父だった。


 昔、両親が日本へ来た時の写真だった。



 リサが7歳の頃。


 父は亡くなった。


 だから記憶はあまり残っていない。


 一緒に遊んだこと。


 肩車をしてもらったこと。


 その程度だ。


 顔も、写真を見ないと思い出せない。



 昔。


 母に聞いたことがある。


「お父さんはどんな人だったか?」


 すると母は笑った。


『不器用な人だったわ』


 それが最初の答えだった。



『何をするにも遠回りでね』


『器用じゃないし』


『失敗も多かった』


『でも優しい人だった』


『困っている人を放っておけない人だったわ』



 その時はよく分からなかった。


 子供だったから。


 でも今なら少し分かる気がする。


 不器用で。


 優しい人。



 リサはソファに座ったまま、ふと考える。


 そして。


 一人の顔が浮かんだ。



「……Saeki-san」


 思わず名前が口からこぼれた。



 駅前で出会った日のことを思い出す。


 スマホを無くして困っていた。


 周囲の人は通り過ぎていく。


 仕方ないと思っていた。


 すると。


 見知らぬ男性が話しかけてきた。



「だ、大丈夫ですか?」



 英語は得意ではなさそうだった。


 むしろ苦手そうだった。


 でも。


 放っておけなかったのだろう。


 あたふたしながら一緒に探してくれた。


 見つかるまで付き合ってくれた。



 レストランでは緊張してカチカチだった。


 焼き鳥屋ではいきいきしていた。


 パン屋ではクリームパンを勧めてくれた。


 公園ではひまりや春人に振り回されている。



 思い出すたびに。


 少しだけ笑ってしまう。



「不器用でかわいいな」


 誰もいない部屋で呟く。


 そして少し考える。



「でも」


 自然と笑みが浮かんだ。



「優しい人」



 父親と同じではない。


 もちろん違う人だ。


 けれど。


 どこか似ている気がした。


 上手く説明はできない。


 でも。


 安心する。



 夕方。


 気づけば外へ出ていた。


 特に目的はなかった。


 ただ歩いているうちに。


 足は自然と見慣れた方向へ向かっていた。


 1駅分はあるいたのだと思う。



 公園だった。



 秋風が静かに吹いている。


 ベンチを見る。


 今日は誰もいなかった。



 それなのに。


 リサは少しだけ笑った。



「また来ます」



 誰に言うでもなく呟く。


 公園は静かだった。


 けれど。


 不思議と寂しくはなかった。



 帰って来たくなる場所がある。


 会いたい人たちがいる。


 それはきっと、とても幸せなことだった。



 夕暮れの空を見上げながら。


 リサはゆっくりと家路についた。


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