表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/37

第24話 紬ちゃん

 その日は久しぶりの休日だった。


 紬はひまりと一緒にショッピングモールへ来ていた。


「紬ちゃん!」


「見て見て!」


 ひまりが嬉しそうに駆け寄ってくる。


 手には小さなぬいぐるみ。


「かわいいね」


「やろー!」


 満面の笑みだった。


 その顔を見ると。


 紬も自然と笑ってしまう。



 昼食を食べて。


 本屋へ行って。


 雑貨屋を見て。


 ゲームコーナーを少しだけ覗く。


 特別なことは何もない。


 どこにでもある休日だった。


 それでも。


 ひまりはずっと楽しそうだった。


「紬ちゃん!」


「次あっち!」


「はいはい」


 紬は苦笑しながら後を追う。



 ふと。


 姉のことを思い出した。


 ひまりの母親。


 自分の姉。


 あの日から。


 生活は大きく変わった。


 仕事。


 家事。


 子育て。


 何もかも初めてだった。


 正直。


 今でも正解なんて分からない。



「ちゃんとできてるのかな」


 誰にも聞こえない声だった。


 母親ではない。


 それでも。


 あの子を守るのは自分だと思っている。


 だからこそ迷う。


 これで良かったのか。


 ひまりは幸せなのか。



「紬ちゃん?」


 気づくと。


 ひまりが不思議そうに見上げていた。


「どうしたん?」


「なんでもないよ」


 そう言って頭を撫でる。


 ひまりは安心したように笑った。


「よかった」


「?」


「紬ちゃん、たまに困った顔するから」


 紬は思わず苦笑した。


「そんな顔してた?」


「してた」



 夕方。


 二人は家へ帰る。


 ひまりは途中で眠そうになりながらも、今日あったことを楽しそうに話していた。


「ぬいぐるみ可愛かったなー」


「そうやね」


「また行きたい」


「また行こうか」


「やったー!」


 その声を聞きながら。


 紬は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。



 夜。


 ひまりが眠ったあと。


 紬は少しだけ外へ出た。


 夜風に当たりたかった。


 考え事をしたかった。


 そんな理由だった。


 気づけば足は公園へ向かっていた。



 公園は静かだった。


 街灯だけがベンチを照らしている。


 そして。


 ベンチには美代が座っていた。


「美代さん?」


 紬は驚く。


「こんばんは」


 美代が穏やかに笑った。


「こんばんは」



「こんな時間にどうしたんです?」


「ちょっとお散歩よ」


 美代は微笑む。


「紬ちゃんは?」


「私も散歩です」


 2人は並んでベンチに座った。



 しばらく沈黙が続く。


 風の音だけが聞こえる。


 やがて。


 美代が静かに聞いた。


「ひまりちゃん、楽しそうだった?」


 紬は少し驚いた。


「え?」


「今日、お出かけだったんでしょう?」


 紬は笑う。


「楽しそうでしたよ」


「ずっと元気でした」


 美代は安心したように頷いた。


「そう」



 再び静かな時間が流れる。


 街灯の灯りが落ち葉を照らしていた。


 すると。


 美代がぽつりと言った。


「紬ちゃん」


「はい?」


「頑張りすぎてない?」


 紬は少しだけ笑う。


「まぁ、それなりに」


「それなりに、ね」


 美代も小さく笑った。



「でもね」


 美代は前を見たまま続ける。


「ひまりちゃんは、ちゃんと分かっていると思うの」


「え?」


「紬ちゃんが自分のために頑張ってくれていること」


「大切にしてくれていること」


「ずっと一緒にいてくれること」


 紬は黙って聞いていた。



「だから」


「頑張りすぎなくても大丈夫よ」


 風が静かに吹く。


「ひまりちゃんのために生きることも大切だけれど」


「紬ちゃん自身が幸せでいることも大切なの」


 紬は少し目を伏せた。


「私が幸せで?」


「ええ」



 美代は穏やかに微笑んだ。


「紬ちゃんが楽しそうにしているとね」


「ひまりちゃんは安心すると思うの」


 紬は少し首を傾げる。


「そうですかね」


「そうよ」


 美代はどこか懐かしそうに空を見上げた。


「子供ってね」


「思っている以上に、大好きな人を見ているものなの」



「だから」


「紬ちゃんは紬ちゃんのままでいて」


「無理に何かになろうとしなくていいの」


 紬は黙ったままだった。


 その言葉は。


 不思議なくらい胸に残った。


 誰かに言ってほしかった言葉だった。



 しばらくして。


 紬が小さく笑う。


「なんだか今日」


「元気をもらいました」


「あら」


 美代も笑った。


「それなら良かった」



 立ち上がる。


「そろそろ帰ります」


「ええ」


「おやすみなさい」


「おやすみなさい」



 紬はゆっくり歩き出す。


 振り返ると。


 美代はまだベンチに座っていた。


 優しい顔で夜空を見上げている。



 紬は少しだけ笑った。


 明日も頑張ろうと思った。


 いや。


 頑張りすぎなくてもいいのかもしれない。


 そんなことを考えながら。


 家路についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ