第23話 春人の予定
その日の公園には、少し冷たい風が吹いていた。
美代はいつものベンチに座り、ストールを肩にかけていた。
秋の空は高い。
雲もゆっくり流れている。
しばらくして。
「こんにちは」
春人がやって来た。
「あら、こんにちは」
「今日はひまりちゃんいないんですね」
「紬ちゃんとお買い物ですって」
春人は小さく頷く。
そしてベンチに腰掛けた。
少ししてから。
「お疲れさんです」
佐伯もやって来た。
「今日は早いですね」
「今日は残業なしや」
そう言いながら缶コーヒーを開ける。
プシュッという音が静かな公園に響いた。
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しばらく他愛のない話をしていた時だった。
春人がふと口を開いた。
「最近、不思議なんですよね」
「ん?」
佐伯が顔を向ける。
「前は将来のこと考えるの嫌だったんです」
春人は空を見上げた。
「進路とか」
「大学とか」
「何になりたいとか」
「考えても分からないし」
「考えるほど焦るし」
佐伯は黙って聞いていた。
その気持ちはよく分かる気がした。
「でも最近は違うんです」
「ほう」
春人は少し笑った。
「来週また大学行くんですよ」
「リサさんが研究室見せてくれるって」
佐伯が思わず笑う。
「進路見えてきとるやん」
その言葉に。
春人が考え込んだ。
「……確かに」
⸻
風が吹く。
落ち葉が足元を転がった。
美代が穏やかに口を開く。
「未来って不思議よね」
二人が美代を見る。
「予定があるだけで」
「人って少し前を向けるの」
春人は静かに聞いていた。
「明日どこへ行こう」
「誰に会おう」
「何をしよう」
美代は小さく笑う。
「それだけなのにね」
⸻
佐伯が缶コーヒーを見ながら言う。
「それはあるかもしれんな」
少し前まで。
仕事が終われば家に帰るだけだった。
休日も特に予定はない。
何となく過ぎていく毎日。
でも今は違う。
公園へ行く。
みんなに会う。
ひまりと話す。
春人と話す。
美代と話す。
そして。
たまにリサとも会う。
気づけば。
予定が増えていた。
「まぁ」
佐伯は少し笑った。
「悪くないですけどね」
⸻
春人も頷いた。
「僕もそうかも」
前は未来のことばかり考えていた。
将来。
進路。
仕事。
答えのないことばかりだった。
でも今は。
来週の大学。
塾の日。
また公園へ来る日。
そんな予定が少しずつ増えている。
未来はまだ分からない。
けれど。
前より不安は少なかった。
⸻
美代は二人を見ながら微笑む。
「未来ってね」
風が静かに吹く。
「急いで探すものじゃないと思うの」
春人が顔を上げた。
「未来は遠いでしょう?」
「だから見えなくて当たり前なの」
美代の声は穏やかだった。
「でも」
「明日は近いわ」
佐伯も春人も黙って聞いている。
「明日を一日」
「また次の日を一日」
「そうやって積み重ねていたら」
「気づいた時には未来になっているのかもしれないわね」
⸻
しばらく誰も話さなかった。
公園には風の音だけが流れている。
やがて春人が小さく笑った。
「それなら」
「未来って、そんなに急がなくてもいいのかもしれませんね」
「そうね」
美代が頷く。
「焦らなくていいのよ」
佐伯も苦笑した。
「俺なんか45になっても分からんことだらけやしな」
「説得力ありますね」
「なんやそれ」
春人が笑う。
美代も笑った。
⸻
日が少しずつ傾いていく。
春人はスマホを開いた。
カレンダーの予定を見る。
来週の大学。
塾。
学校。
そして。
特に書いていなくても、たぶんまた来る公園。
少し前より。
予定は増えていた。
未来はまだ見えない。
でも。
明日は見えるようになってきている。
それだけで十分な気がした。
⸻
明日の予定があるだけで。
人は少しだけ前を向ける。
未来は今の積み重ねの先にある。
けれど。
明日は、すぐそこにあった。




