第22話 美代とリサ
その日の公園は静かだった。
春人からは昼過ぎに連絡が来ていた。
「今日は塾なので行けません」
もともと来られないかもしれないと聞いていた。
ひまりも今日は叔母の紬と出かけている。
そして佐伯からも。
「今日は残業で遅れます」
という連絡が入っていた。
だから今日の公園は、少し静かになる。
そう思っていた。
「こんにちは」
聞き慣れた声に、美代は顔を上げた。
「あら、こんにちは」
リサだった。
⸻
リサがベンチに腰掛ける。
「今日は静かですね」
「そうね」
美代は微笑む。
「たまにはこういう日もあるわ」
風が吹く。
落ち葉が足元を転がっていった。
「みなさん、来ないですか?」
「春人くんは塾」
「ひまりちゃんはお出かけ」
「佐伯さんはお仕事」
リサは小さく頷いた。
「みんないろいろ大変ですね」
「ふふっ」
美代は笑った。
「そうね」
⸻
しばらく二人で空を眺める。
不思議と沈黙は苦にならなかった。
やがてリサが言う。
「ひまり」
「元気ですね」
「本当に明るい子です」
美代は優しく頷く。
「そうね」
少しだけ間が空いた。
そして静かに続ける。
「ひまりちゃんね」
「ご両親を亡くしているの」
リサの表情が少し変わった。
「……そうでしたか」
美代は静かに頷く。
「ひまりちゃんには、まだ話していないの」
リサは何も言わずに聞いていた。
「だからかしらね」
「私はあの子のことが気になるの」
風が静かに吹き抜ける。
「小さい頃に失った時間は」
「あとから取り戻せないでしょう?」
「……はい」
「だから」
美代は穏やかに微笑んだ。
「今を少しでも良い時間にしてあげたいの」
「今日が楽しかったと思える日を、一日でも多くね」
リサは小さく頷く。
「素敵です」
美代は少し照れたように笑った。
「他人事とは思えないのよ」
その言葉の意味を、リサは深くは聞かなかった。
⸻
少しして。
話題は春人へ移る。
「Haruto」
「最近、Physicsの話をすると楽しそうです」
リサが言った。
「そうなの?」
美代が微笑む。
「はい」
「目が変わります」
リサは少し考えながら続けた。
「未来の話をすると、特にです」
美代は静かに頷いた。
「そう」
「春人くん、ずっと未来のことで悩んでいたから」
リサは黙って聞いている。
「進路とか」
「仕事とか」
「自分が何になりたいのかとか」
「そういう未来ですね」
「ええ」
美代は優しく笑った。
「でも最近は少し違うみたい」
風が静かに吹く。
「未来に行くにはどうしたらいいんだろう」
「時間って何なんだろう」
「そんなことを考えているでしょう?」
リサは少し驚いた顔をした。
「はい」
「よく話します」
美代は小さく頷く。
「同じ“未来”でもね」
「春人くんが悩んでいた未来と」
「リサさんが見ている未来は、少し違うのよ」
リサは少し考える。
「そういう違いですか」
「ええ」
美代は穏やかに続けた。
「春人くんの未来は」
「自分がどこへ向かうのかという未来」
「でもリサさんの未来は」
「まだ誰も見たことのない未来」
風が吹く。
落ち葉が一枚、足元を転がった。
「春人くんはね」
「自分の未来のことばかり考えて、少し疲れていたのかもしれないわ」
リサは静かに聞いている。
「だから」
「もっと大きな未来を知って」
「面白いと思えたのかもしれない」
美代は空を見上げた。
「未来って、不安になるものだけじゃないのね」
リサは少しだけ笑った。
「未来は難しいです」
「でも、面白いです」
「そうね」
美代も笑う。
「その面白さを教えてあげられる人は、きっと多くないわ」
リサは少し首を傾げた。
「わたしですか?」
「ええ」
美代は穏やかに頷く。
「これからも話してあげて」
「春人くんは今、未来を探している途中だから」
リサは少し照れたように笑った。
「わかりました」
⸻
しばらくして。
美代はふと聞いた。
「リサさんは」
「公園、好き?」
「はい」
「好きです」
「みんな優しいです」
美代は楽しそうに微笑む。
「そう」
「リサさんは、誰に会いに来ているのかしら」
リサが首を傾げる。
「みなさんです」
「そう」
美代は笑う。
「でも、その中に少し特別な人もいるんじゃない?」
一瞬だけ。
リサが黙った。
それから少し照れたように視線を逸らす。
「……どうでしょう」
美代はそれ以上聞かなかった。
⸻
夕日が少しずつ沈み始める。
その時。
遠くから慌ただしい足音が聞こえた。
「まだ公園にいたんですね!」
佐伯だった。
ネクタイを緩めながら駆けてくる。
「お仕事お疲れさま」
美代が笑う。
「ほんま疲れました」
そう言いながらベンチへ向かう。
そして。
「……あれ?」
佐伯は首を傾げた。
「なんか俺の話してました?」
リサと美代が顔を見合わせる。
「秘密です」
リサが答えた。
佐伯は少しだけ眉を上げる。
「気になるわぁ」
その言葉に。
リサと美代は顔を見合わせて、少しだけ楽しそうに笑った。




