表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/37

第22話 美代とリサ

 その日の公園は静かだった。


 春人からは昼過ぎに連絡が来ていた。


「今日は塾なので行けません」


 もともと来られないかもしれないと聞いていた。


 ひまりも今日は叔母の紬と出かけている。


 そして佐伯からも。


「今日は残業で遅れます」


 という連絡が入っていた。


 だから今日の公園は、少し静かになる。


 そう思っていた。


「こんにちは」


 聞き慣れた声に、美代は顔を上げた。


「あら、こんにちは」


 リサだった。



 リサがベンチに腰掛ける。


「今日は静かですね」


「そうね」


 美代は微笑む。


「たまにはこういう日もあるわ」


 風が吹く。


 落ち葉が足元を転がっていった。


「みなさん、来ないですか?」


「春人くんは塾」


「ひまりちゃんはお出かけ」


「佐伯さんはお仕事」


 リサは小さく頷いた。


「みんないろいろ大変ですね」


「ふふっ」


 美代は笑った。


「そうね」



 しばらく二人で空を眺める。


 不思議と沈黙は苦にならなかった。


 やがてリサが言う。


「ひまり」


「元気ですね」


「本当に明るい子です」


 美代は優しく頷く。


「そうね」


 少しだけ間が空いた。


 そして静かに続ける。


「ひまりちゃんね」


「ご両親を亡くしているの」


 リサの表情が少し変わった。


「……そうでしたか」


 美代は静かに頷く。


「ひまりちゃんには、まだ話していないの」


 リサは何も言わずに聞いていた。


「だからかしらね」


「私はあの子のことが気になるの」


 風が静かに吹き抜ける。


「小さい頃に失った時間は」


「あとから取り戻せないでしょう?」


「……はい」


「だから」


 美代は穏やかに微笑んだ。


「今を少しでも良い時間にしてあげたいの」


「今日が楽しかったと思える日を、一日でも多くね」


 リサは小さく頷く。


「素敵です」


 美代は少し照れたように笑った。


「他人事とは思えないのよ」


 その言葉の意味を、リサは深くは聞かなかった。



 少しして。


 話題は春人へ移る。


「Haruto」


「最近、Physicsの話をすると楽しそうです」


 リサが言った。


「そうなの?」


 美代が微笑む。


「はい」


「目が変わります」


 リサは少し考えながら続けた。


「未来の話をすると、特にです」


 美代は静かに頷いた。


「そう」


「春人くん、ずっと未来のことで悩んでいたから」


 リサは黙って聞いている。


「進路とか」


「仕事とか」


「自分が何になりたいのかとか」


「そういう未来ですね」


「ええ」


 美代は優しく笑った。


「でも最近は少し違うみたい」


 風が静かに吹く。


「未来に行くにはどうしたらいいんだろう」


「時間って何なんだろう」


「そんなことを考えているでしょう?」


 リサは少し驚いた顔をした。


「はい」


「よく話します」


 美代は小さく頷く。


「同じ“未来”でもね」


「春人くんが悩んでいた未来と」


「リサさんが見ている未来は、少し違うのよ」


 リサは少し考える。


「そういう違いですか」


「ええ」


 美代は穏やかに続けた。


「春人くんの未来は」


「自分がどこへ向かうのかという未来」


「でもリサさんの未来は」


「まだ誰も見たことのない未来」


 風が吹く。


 落ち葉が一枚、足元を転がった。


「春人くんはね」


「自分の未来のことばかり考えて、少し疲れていたのかもしれないわ」


 リサは静かに聞いている。


「だから」


「もっと大きな未来を知って」


「面白いと思えたのかもしれない」


 美代は空を見上げた。


「未来って、不安になるものだけじゃないのね」


 リサは少しだけ笑った。


「未来は難しいです」


「でも、面白いです」


「そうね」


 美代も笑う。


「その面白さを教えてあげられる人は、きっと多くないわ」


 リサは少し首を傾げた。


「わたしですか?」


「ええ」


 美代は穏やかに頷く。


「これからも話してあげて」


「春人くんは今、未来を探している途中だから」


 リサは少し照れたように笑った。


「わかりました」



 しばらくして。


 美代はふと聞いた。


「リサさんは」


「公園、好き?」


「はい」


「好きです」


「みんな優しいです」


 美代は楽しそうに微笑む。


「そう」


「リサさんは、誰に会いに来ているのかしら」


 リサが首を傾げる。


「みなさんです」


「そう」


 美代は笑う。


「でも、その中に少し特別な人もいるんじゃない?」


 一瞬だけ。


 リサが黙った。


 それから少し照れたように視線を逸らす。


「……どうでしょう」


 美代はそれ以上聞かなかった。



 夕日が少しずつ沈み始める。


 その時。


 遠くから慌ただしい足音が聞こえた。


「まだ公園にいたんですね!」


 佐伯だった。


 ネクタイを緩めながら駆けてくる。


「お仕事お疲れさま」


 美代が笑う。


「ほんま疲れました」


 そう言いながらベンチへ向かう。


 そして。


「……あれ?」


 佐伯は首を傾げた。


「なんか俺の話してました?」


 リサと美代が顔を見合わせる。


「秘密です」


 リサが答えた。


 佐伯は少しだけ眉を上げる。


「気になるわぁ」


 その言葉に。


 リサと美代は顔を見合わせて、少しだけ楽しそうに笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ