第21話 クリームパン
公園を出ると、空はもう薄暗くなっていた。
街灯がぽつぽつと灯り始めている。
佐伯とリサは並んで歩いていた。
しばらく会話はなかった。
気まずいわけではない。
ただ。
何を話せばいいのか分からないだけだった。
佐伯は小さく咳払いをする。
「……寒ないですか?」
言ってから思った。
(なんやその会話)
リサは少し考える。
「少しだけ」
「上着持ってきて正解でした」
「それなら良かったです」
会話終了。
再び沈黙。
佐伯は思わず空を見上げた。
(俺、ほんま会話下手やな)
すると。
リサが小さく笑った。
「Saeki-san」
「はい?」
「緊張してます?」
「してません」
反射だった。
リサが楽しそうに笑う。
「してます」
「なんでわかるんですか」
「なんとなくです」
佐伯は観念したように頭をかいた。
「まぁ、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「だいぶかもしれません」
リサが吹き出した。
⸻
駅へ向かう途中。
パン屋の前を通る。
佐伯の足が止まった。
「どうしました?」
「あぁ……」
ショーケースを見ながら言う。
「ここのクリームパン好きなんですよ」
リサもガラス越しに店内を覗く。
「パン屋さん」
「入ったことないです」
「え?」
佐伯は驚いた。
「ほんまですか」
「日本のパン屋さん、行ったことないです」
リサは少し楽しそうだった。
「気になってました」
少しだけ沈黙。
そして。
「……入ります?」
佐伯が聞く。
リサの顔がぱっと明るくなった。
「いいですか?」
「まぁ、せっかくですし」
⸻
店内にはパンの香りが広がっていた。
リサは並んだパンを見ながら目を輝かせている。
「すごいです」
「いろいろ、たくさんです」
「やろ?」
佐伯は少し得意そうだった。
「これ好きなんですよ」
そう言ってクリームパンを取る。
リサは少し考えてからクリームパンを手にした。
「わたしも同じです」
「お、クリームパン」
「Saeki-sanの好きを食べてみたいです」
佐伯は少し照れる。
会計を済ませる。
店を出てから、2人で少しだけパンをかじった。
「おいしいです」
リサが嬉しそうに言う。
佐伯も思わず笑った。
「それは良かった」
焼き鳥屋の時と同じだった。
美味しいものを食べている時のリサは、少しだけ子供みたいな顔をする。
⸻
再び歩き出す。
駅が見えてきた頃。
リサがぽつりと言った。
「公園」
「ん?」
「好きです」
佐伯は少し驚いた。
「そうですか」
「はい」
リサは駅前の灯りを見ながら続ける。
「みんな優しいです」
「変な人ばっかりですけどね」
「だから好きです」
佐伯は少しだけ笑った。
「否定できへんな」
「ひまり、元気です」
「元気でかわいい」
「Haruto、面白いです」
「たまに、たくさん考えてます」
「美代さん、素敵です」
そこだけ。
佐伯はすぐ頷いた。
「それはほんまにそうです」
リサは嬉しそうに笑った。
⸻
駅前に着く。
「ここで大丈夫です」
リサが立ち止まる。
「そうですか」
「ありがとうございます」
「いや、近いですし」
リサは少しだけ迷うような顔をした。
それから言った。
「Saeki-san」
「はい?」
「公園が好きになりました」
佐伯は少しだけ目を丸くする。
リサは続けた。
「でも」
「公園だけじゃないです」
一瞬。
佐伯の思考が止まった。
リサは何事もなかったように笑う。
「また会いましょう」
「あ、はい」
「また公園で」
「はい」
電車の改札へ向かうリサ。
その背中を見送りながら。
佐伯はしばらく動けなかった。
秋の夜風が吹く。
そして。
「……ほんま、なんやわからんな」
誰もいない駅前で。
佐伯は一人、小さく笑った。




