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第20話 5人目のベンチ

 その日の公園は、空が高かった。


 秋らしい風が吹き、木々の葉が少しずつ色を変え始めている。


 ベンチには、いつものように佐伯、美代、春人、ひまりが集まっていた。


「そういえば」


 佐伯が缶コーヒーを開けながら言う。


「リサさん、また来たいって言ってたな」


「言ってましたね」


 春人が笑う。


「もう公園メンバーじゃないですか」


「勝手に増やすな」


「でも来ると思いますよ」


 その時だった。


「こんにちはー!」


 聞き慣れた声がした。


 振り返る。


 リサだった。


 肩から小さなバッグを下げている。


「ほんまに来た」


 佐伯が思わず呟く。


 リサは少し不満そうな顔をした。


「来たらダメですか?」


「いや、そういう意味ちゃいます」


 春人が吹き出す。


 ひまりは嬉しそうに走り出した。


「りささーん!」


「Himari!」


 リサも笑顔になる。


 二人はすっかり仲良くなっていた。


 佐伯はその様子を見ながら苦笑する。


「懐くの早いなぁ」


「ひまり、人見知りしないから」


 美代が微笑んだ。


 リサはベンチに腰掛ける。


「今日は研究ないんですか?」


 春人が聞く。


「今日は休みです」


「研究者って休みあるんですね」


 佐伯が真顔で言う。


 リサがじっと見る。


「失礼です」


 一瞬静まり返る。


 そして。


 春人が吹き出した。


 美代もほほ笑んでいる。


「いや、すみません」


「わたしも人間です」


「知ってます」


「今の返事も失礼です」


 佐伯は思わず笑った。


 リサも少しだけ笑う。


 以前よりずっと自然だった。



 しばらく話していると。


 ひまりが不意に聞いた。


「りささん、なんさい?」


 一瞬。


 佐伯が咳き込んだ。


「ひまり!」


「なんで?」


「なんでやろなぁ!」


 春人が笑いを堪えている。


 リサは首を傾げた。


「年齢ですか?」


「そうそう」


「聞いたらあかんやつや」


「なんで?」


 ひまりには分からない。


 リサは少し考えた。


「秘密です」


「おお」


 春人が感心する。


「完璧な答えだ」


「大人ってずるい」


 ひまりが頬を膨らませた。


 その様子に、みんなが笑う。



 風が吹く。


 落ち葉が一枚、ベンチの前を転がった。


 リサは周囲を見回した。


「みなさん」


「ん?」


 佐伯が顔を向ける。


「よく集まりますね」


「まぁな」


「毎日ではないですけど」


 春人が続ける。


「気づいたら集まってます」


「不思議です」


 リサが小さく笑った。


 ひまりは元気よく言う。


「ここ、ひまりのだいすきな場所!」


 その言葉に。


 リサは少しだけ驚いた顔をした。


「いいですね」


「こういう場所」


「帰る場所みたいです」


 静かな声だった。


 すると。


 美代が穏やかに微笑む。


「帰る場所じゃなくて」


 みんなが美代を見る。


「帰って来たくなる場所、かもしれないわね」


 風が静かに吹き抜けた。


 誰もすぐには言葉を返さなかった。


 けれど。


 その言葉は、不思議なくらいしっくりきた。


「確かに」


 春人が小さく頷く。


 佐伯も缶コーヒーを見つめながら笑った。


「そうかもしれんな」



 日が傾き始めた頃。


 リサが立ち上がった。


「そろそろ帰ります」


「おう」


 リサは少しだけ迷ってから聞いた。


「また来てもいいですか?」


 佐伯は思わず笑った。


「公園は誰のもんでもないですし」


「いつでも来てください」


 リサも笑う。


「じゃあ、また来ます」


「はい」


 短いやり取りだった。


 けれど。


 どこか嬉しそうだった。


 リサはみんなに手を振る。


「またね!」


 ひまりが大きく手を振り返した。


「またねー!」


 夕暮れの中。


 リサが歩き出そうとした、その時だった。


「佐伯さん」


 美代が穏やかに声をかける。


「ん?」


「駅まで送ってあげたら?」


 一瞬。


 リサが首を傾げた。


「おくるですか?」


 佐伯も固まる。


「俺ですか」


 春人が吹き出した。


「佐伯さん以外誰がいるんですか」


「そういう問題ちゃうやろ」


 ひまりも元気よく言う。


「さえきさん、いってらっしゃい!」


「決定事項みたいに言うな」


 美代は優しく微笑んだ。


「もう暗くなるし、心配でしょう?」


 佐伯は少しだけ頭をかいた。


「まぁ……駅までくらいなら」


 リサの顔が少しだけ明るくなる。


「ありがとうございます」


「いや、そんな大したことちゃいます」


 佐伯は照れ隠しみたいにそう言った。


「じゃあ行きますか」


「はい」


 2人は並んで歩き出す。


 夕暮れの公園を離れながら、リサが小さく笑った。


「みなさん、面白いです」


「否定できへんな」


 佐伯も苦笑する。


 その背中を見送りながら。


 ひまりがぽつりと言った。


「なかよしやねぇ」


 春人が吹き出す。


「ほんとだね」


 美代は静かに目を細めた。


 人は気づかないうちに、大切な場所を作っていく。


 そして。


 気づかないうちに、その場所に集まる人も増えていく。


 いつもの公園。


 いつものベンチ。


 けれど今日は、少しだけ違っていた。


 そこにはもう。


 5人目の居場所ができていた。


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