第16話 お礼ごはんと焼き鳥
駅前のレストランは、場違いなくらい綺麗だった。
大きなガラス窓。
静かな照明。
店員は全員、姿勢が良すぎて逆に怖い。
佐伯は入口の前で固まっていた。
「……帰ってええかな」
「Saeki-san?」
隣でリサが不思議そうに首を傾げる。
黒いワンピース姿だった。
駅前で見た時より、ずっと大人っぽく見える。
「いや、なんでもないです」
佐伯はぎこちなく笑った。
案内された席は、窓際だった。
テーブルにはよく分からないフォークがいっぱい並んでいる。
(多ない?)
佐伯は心の中で静かに混乱した。
「Thank you for helping me」
リサが柔らかく笑う。
「Really happy」
「あー……いや、そんな大したことしてへんので」
片言の英語と日本語が混ざる。
リサは少し考えてから、日本語で言った。
「わたし、日本語、少しできます」
「え、ほんまですか」
「少しだけ」
佐伯は露骨に安心した顔をした。
リサが吹き出す。
「Saeki-san、ずっと緊張してます」
「してません」
「してます」
即答だった。
料理が運ばれてくる。
綺麗すぎて、逆に何かわからない。
(これ、どこから食うんや……)
佐伯はナイフとフォークを見つめた。
リサはそんな佐伯を見て、小さく笑っている。
「Saeki-san、面白い人です」
「笑われてません?」
「少し」
「やっぱり」
けれど。
リサはどこか楽しそうだった。
⸻
食事の途中。
リサが不思議そうに聞いた。
「Saeki-san、どうして助けてくれましたか?」
「ん?」
「みんな、急いでた」
「でもSaeki-san、止まった」
佐伯は少し困ったように頭をかく。
「いやぁ……困っとる人おったら、なんか放っとけんだけです」
「普通です」
リサはゆっくり首を横に振った。
「普通、むずかしいです」
その言葉に、佐伯は少しだけ黙った。
美代に言われた言葉を、ふと思い出す。
――“その“普通”を、ちゃんとできる人は少ないのよ”
佐伯は誤魔化すみたいに水を飲んだ。
「……なんか照れますね」
リサは優しく笑った。
⸻
けれど。
フルコースが終わる頃には、佐伯の顔は少し疲れていた。
(全然、飯食った気せぇへん……)
緊張しすぎて、味を覚えていない。
リサがそんな佐伯を見て、小さく笑う。
「Saeki-san」
「はい」
「まだ少し、お腹すいてます」
「え?」
「Saeki-sanのおすすめ、ありますか?」
佐伯は目を丸くした。
「おすすめ?」
「はい」
少し考えてから、佐伯は苦笑する。
「レストランちゃいますけど」
「いいです」
「……焼き鳥屋なら」
リサの顔がぱっと明るくなった。
「Yakitori!」
「知ってるんですか」
「好きです!」
その瞬間。
佐伯は、少しだけ肩の力が抜けた。
⸻
駅裏の焼き鳥屋は、煙と匂いでいっぱいだった。
「いらっしゃい!」
店員の大きな声。
狭いカウンター。
ジュウジュウ焼ける音。
さっきの高級レストランとは、まるで別世界だった。
けれど。
「……あぁ、落ち着く」
佐伯は本気で安心していた。
リサは興味津々で店内を見回している。
「すごいです」
「こっちの方が、Saeki-sanらしいです」
「どういう意味です?」
リサが楽しそうに笑う。
焼き鳥が運ばれてくる。
「熱いから気ぃつけてくださいね」
「はい」
一口食べた瞬間。
リサの目が丸くなった。
「おいしい!」
「やろ?」
佐伯は少し得意そうに笑った。
そこからだった。
会話が、少しずつ自然になる。
リサは日本で研究をしていること。
物理学が好きなこと。
日本語はまだ勉強中なこと。
佐伯はパンが好きなこと。
公園によく行くこと。
ひまりという騒がしい小学生がいること。
春人に婚活アプリを勧められていること。
リサは何度も笑っていた。
「Saeki-san、優しい人です」
「いや、普通ですって」
「その普通、好きです」
佐伯は危うく焼き鳥を落としかけた。
「……急にそういうこと言うのやめてもらっていいですか」
リサは意味が分かっていないのか、きょとんとしている。
その顔を見て、佐伯は吹き出した。
リサもつられて笑う。
気づけば。
最初のぎこちなさは、どこかへ消えていた。
店の外では、秋の夜風が静かに吹いている。
焼き鳥の煙の向こうで笑うリサを見ながら、佐伯は思った。
悪くない夜やな、と。




