第13話 足掻きはじめ
その日の公園は、風が少し強かった。
落ち葉がベンチの足元を転がっていく。
佐伯はいつものように缶コーヒーを開けながら、小さく息を吐いた。
「寒なってきたなぁ」
「もう冬が近いもの」
美代がマフラーを整えながら微笑む。
春人はベンチに座るなり、どこか楽しそうな顔で佐伯を見た。
「そういえば佐伯さん」
「なんや嫌な予感するな」
「この前、“ちょっと足掻いてみる”って言ってましたよね」
佐伯の顔が露骨に曇る。
「お前、そういうの覚えとるタイプか……」
「で、どうするんですか?」
「何をや」
「未来です」
春人がにやりと笑った。
美代もどこか面白そうに佐伯を見る。
「確かに気になるわねぇ」
佐伯は缶コーヒーを持ったまま空を見上げた。
「いや、急に言われてもやな……」
「佐伯さんって、どんな人がタイプなんですか?」
春人が身を乗り出す。
「高校生が聞く話ちゃうやろ」
「勉強です」
「絶対違う」
佐伯は呆れたように息を吐いた。
美代がくすりと笑う。
「でも、私も少し気になるわ」
「どんな人と一緒にいたいの?」
佐伯は困ったように頭をかいた。
「そんなん……」
しばらく考えてから、小さく笑う。
「こんな俺を好きになってくれる人なら、それで十分や」
その言葉に、美代の表情が少しだけ変わった。
「あなた、自分のことを“こんな”って言うのね」
佐伯が目を瞬かせる。
「え?」
「佐伯さん」
美代は穏やかな声で続けた。
「あなたは、とても素敵な人よ」
「優しくて、不器用で、ちゃんと人のことを見ている」
「だから、自信を持ちなさいな」
風が静かに吹き抜ける。
佐伯は何かを誤魔化すみたいに缶コーヒーへ口をつけた。
「……そういうの、照れるんでやめてもらっていいですか」
春人が吹き出す。
「佐伯さん、顔赤いですよ」
「うるさい」
「じゃあやっぱり婚活ですね」
「なんでそうなる」
春人はスマホを取り出した。
「最近は婚活アプリとか普通らしいですよ」
「ほら、“40代歓迎”って」
「やめろやめろやめろ」
佐伯が本気で嫌そうな顔をする。
「絶対嫌や」
「えー、なんでですか」
「怖いやろ、ああいうの」
「何がです?」
「全部や」
春人が大笑いする。
その時だった。
「さえきさーん!」
元気な声が公園に響いた。
ひまりがランドセルを揺らしながら走ってくる。
紬は少し後ろを歩いていた。
「こんにちは」
紬が軽く頭を下げる。
「おう、こんにちは」
ひまりは佐伯の前まで来ると、不思議そうに首を傾げた。
「なに話してたの?」
春人が悪戯っぽく笑う。
「佐伯さんの結婚の話」
一瞬、空気が止まる。
ひまりの目がぱっと丸くなった。
「さえきさん、けっこんするの!?」
「いや、ちゃうねん」
佐伯は慌てて手を振った。
「まだその前の段階や」
「だんかい?」
「まず相手探すとこからや」
ひまりは数秒考えてから、素直に言った。
「たいへんなんやねぇ」
春人が吹き出した。
美代も肩を揺らして笑っている。
佐伯だけが頭を抱えていた。
「なんで俺だけこんな恥ずかしい思いしとるんや……」
紬が小さく笑う。
「でも、なんだか楽しそうですね」
その言葉に、佐伯は少しだけ目を丸くした。
公園に、穏やかな笑い声が広がる。
冷たい風の中。
けれど、その時間は不思議と温かかった。
帰り道。
佐伯は一人、小さくため息を吐いた。
「婚活アプリ、ねぇ……」
スマホには、春人が勧めてきたアプリ画面がそのままになっている。
佐伯は苦笑した。
少し前の自分なら、こんな話、面倒くさいで終わっていた気がする。
けれど今は。
誰かが家で待っている。
誰かと食べるごはん。
そんな未来を、少しだけ想像してしまう。
佐伯は空を見上げ、小さく笑った。
「……ほんま、足掻いとるなぁ俺」




