第三十六話:誰も気づいていないのに、街が変わっていた件
四人が《グランヴェル》を出発した翌日。
奴隷商会の会合室に、商人たちが集まっていた。
「おかしいんだよ、ここ最近」
太った商人が言った。
席の一番奥。
この区画で一番の力を持つ、ヴォルガという男だった。
「客の反応が変わった。以前なら普通に買っていった連中が、急に渋い顔をするようになった」
「そうなんですよ」
別の商人が頷いた。
「私も同じです。子供の競売が特にダメで。以前は普通に入札があったのに、今は空気が重くなって誰も手を挙げない」
「奴隷商売が滞っている」
ヴォルガは腕を組んだ。
「原因がわからん。法が変わったわけでもない。お触れも出ていない。なのに、何かが変わった」
「街の空気ですかね」
「空気で商売は変わらん」
「でも実際、変わってるじゃないですか」
誰も答えられなかった。
ヴォルガは黙ってしばらく考えた。
「……帝国の監察官に相談する。このまま放置はできん」
◇ ◇ ◇
一方。
四人は帝国への街道を歩いていた。
「グランヴェルより広い道ですね」
エルシアが言った。
「帝国の主要街道ですから。整備されています」
「荷馬車が多いな」
「交易が盛んなので」
街道は確かに広かった。
行き交う人も多い。
帝国の商人らしき一団とすれ違った時、エルシアが目を伏せた。
「どうした」
「帝国商人の荷物を積んだ馬車、後ろに人が数人繋がれていました」
恒一は振り返らなかった。
「奴隷か」
「そうだと思います」
しばらく、沈黙が続いた。
「帝国では、あちこちで見るようになります」
エルシアは静かに言った。
「グランヴェルより、規模が大きいです」
恒一は前を向いたまま歩き続けた。
コートの内ポケットに触れた。
すぐに手を離した。
今はまだ、帝国の中心部に入っていない。
情報が足りない。
急ぐことはない。
少しずつだ。
◇ ◇ ◇
その頃。
《グランヴェル》では。
帝国監察局から、一人の男が到着していた。
《影刃軍団》所属。
名をカルヴィスといった。
三十代半ば。
目立たない顔。
目立たない服。
目立たない歩き方。
それが仕事だった。
商人ヴォルガと会合を持ち、報告を聞いた。
「奴隷売買の利益が落ちている。原因不明」
「法的な問題か」
「法は変わっていない。ただ、客の反応が変わった。以前は普通だったことを嫌がるようになった」
「誰かが介入したのか」
「それがわからん。街全体で起きているから、一人の仕業とは思えないんだが」
カルヴィスは少し考えた。
「最近、この街に変わった旅人は来たか」
「旅人は多いが……」
ヴォルガは少し思い出すような顔をした。
「そういえば、少し前に目立つ一行がいた」
「どんな連中だ」
「銀髪のエルフの女剣士。それと、角のある小柄な女。謎の男と、小さな少女」
「銀髪のエルフの剣士」
カルヴィスの目が、少し細くなった。
「それ、白銀の剣聖じゃないか」
「そんな有名な方が?」
「帝国にも名前は知れている」
カルヴィスは立ち上がった。
「その一行、まだこの街にいるか」
「昨日出発したと聞いた」
「帝国方面へ?」
「おそらく」
カルヴィスは少し黙った。
「わかった。もう少し調べる」
◇ ◇ ◇
カルヴィスは宿の記録を調べた。
四人が泊まっていた宿を特定した。
宿の主人に話を聞いた。
「変わった客でしたよ。剣聖様は有名ですけど、一緒にいた人たちも変わっていて」
「どう変わっていた」
「小柄な角の生えた方が……なんというか、すごく強そうで。酒ばかり飲んでいましたが」
カルヴィスは少し止まった。
「角がある小柄な女か」
「ええ。お酒を大量に飲んでいましたが、酔った様子がなくて」
「年はいくつくらいに見えた」
「見た目は若いんですが、目が……なんか、ずっと生きてきた感じの目で。うまく言えませんが」
カルヴィスは宿を出た。
夜の街を歩きながら、頭の中で記録を辿った。
帝国の古い記録。
百二十年前の記録。
帝国領内で起きた、前代未聞の戦い。
炎龍皇帝陛下と三日間渡り合った、鬼人の記録。
銀白色の髪。
額の角。
小柄な外見。
酒好き。
カルヴィスは空を見上げた。
まさか。
そんなはずはない。
百二十年前の存在が、今ここにいるわけがない。
だが。
もし、そうなら。
カルヴィスは足を速めた。
これは、自分の判断だけで処理できる案件ではない。
帝都に報告が必要だ。
◇ ◇ ◇
その夜。
カルヴィスは暗号文を書いた。
帝都の監察局へ送る報告書だった。
内容は簡潔に記した。
「白銀の剣聖エルシア・ルーンフェルト、確認。同行者に百二十年前の記録と特徴が一致する鬼人と思われる人物。他、素性不明の男一名、小柄な少女一名。一行は帝国方面へ向かった模様」
封をして、伝令に渡した。
カルヴィスは窓の外を見た。
もし本当にあの鬼人なら。
陛下が、反応する。
それだけは確かだった。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




