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異世界に特定外来生物《世界改変おじさん》が放出されました〜勝手に異世界に召喚されたから常識改変で世界をめちゃくちゃにしても問題ないよね?〜  作者: 黒海苔
倫理観崩壊レベル2

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第三十一話:書けば変えられる。なら、見て見ぬふりをする方が悪いんじゃないのかと思った件

 翌朝。


 村を出る時。


 助けた子供が、走って追いかけてきた。


「おじさん!」


 恒一は振り返った。


 子供は小さな木彫りのお守りを、両手で差し出していた。


「……これ」


「おじさんが助けてくれたから」


 子供は照れくさそうに言った。


「お父さんが作ったんだ。持ってて」


 恒一は少し黙ってから、受け取った。


 掌の中に収まる、小さなお守り。


 丁寧に彫られた葉の形だった。


「ありがとう」


「またいつか来てね」


 子供は手を振って、村の方へ走って戻っていった。


 恒一はそれを見送った。


 エルシアが横から言った。


「ちゃんと誰かを助けた証ですね」


「そうだな」


 恒一は手の中のお守りを握り直した。


 嬉しかった。


 本当に嬉しかった。


 でも。


 同時に、頭の奥で小さく考えていた。


 次も、助けられるとは限らない。


 あの瞬間は間に合った。


 でも、いつも間に合うとは限らない。


 もっと確実に守れるようにならないと。


 そのためなら。


「行くぞ」


 シュラが歩き出した。


 恒一はお守りをコートのポケットに入れた。


 歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 道中。


 リリスが恒一の荷物に、いつの間にか木の実を詰め込んでいた。


「……重くなった気がするんだが」


「木の実」


「なんで俺の荷物に」


「持てる」


「俺が持てるからって入れていいわけじゃない」


「おいしい」


「それも関係ない」


 エルシアが苦笑しながら言った。


「リリスちゃん、コウイチさんの荷物係を増やさないでください」


「でも入る」


「入る入らないの話じゃないんですよ」


 シュラが前を歩きながら言った。


「食えるならよかろう」


「師匠は黙っててください」


「理由がわからんのう」


「私も食べたくないわけじゃないんですよ!? 問題はそこじゃないんです!!」


 エルシアのツッコミが山道に響いた。


 リリスは満足そうにふよふよ浮いていた。


 恒一は重くなった荷物を背負い直しながら、苦笑した。


 こういうやり取りも、気づけば見慣れていた。


 二週間前には、まだよそ者だった。


 それが今は、こんな普通のやり取りの中にいる。


 ◇ ◇ ◇


 歩きながら、エルシアが隣に並んだ。


「コウイチさん、魔力感知、続けてますか」


「ある程度は。歩きながらだと難しいけど」


「どの辺まで感じますか?」


「前方五十メートルくらい? なんとなくだけど」


「先週と比べてどうですか」


「先週より広い気がする」


「それです」


 エルシアは頷いた。


「意識して感じようとする時間が積み重なると、気づいたら広がってます」


「地道だな」


「そういうものですよ」


 恒一は前を見た。


 街道の向こう。


 霞んだ地平線の向こうに、遠く建物が見えた気がした。


「あれ?」


「見えましたか」


「うっすらだけど、何か」


「《グランヴェル》です。あと半日くらい歩けば着きます」


「大きい街なのか」


「帝国との国境に近い交易都市なので。賑やかですよ。良くも悪くも」


 最後の言葉が、少し温度を落とした。


 良くも悪くも。


 その意味を、恒一はまだ知らなかった。


 ◇ ◇ ◇


 昼過ぎ。


 シュラが街道脇の森から何かを引きずって戻ってきた。


「獲ってきた」


「師匠、昼休憩の間に何してたんですか」


「腹が減ったので」


「もう少しで街に着くんですよ!?」


「待てん」


「待てますよ!!」


 シュラは大型の魔物の獲物を引きずったまま、倒木に腰かけた。


「食うか?」


 リリスが無言でそちらへ向かった。


「リリスちゃん!?」


「おなかすいた」


「あと少しで街ですよ!?」


「今食べる」


「師匠がいけないんですよ!!」


 エルシアの叫びが、午後の森に響いた。


 恒一は引きずられるように、その輪に入った。


 結局、四人で獲物を焼いて食べた。


 エルシアは文句を言いながら、きっちり自分の分を食べていた。


 ◇ ◇ ◇


 夕方前。


 《グランヴェル》の門が見えてきた。


 王都よりは小さい。


 だが、活気は負けていなかった。


 門の前には荷馬車の列。


 様々な人種が行き来している。


 人間だけじゃない。


 獣人。


 耳の長いエルフらしき人影。


 鱗のある亜人種。


 王国の王都より、ずっと雑多だった。


「王国とは空気が違うな」


 恒一が呟くと、エルシアが頷いた。


「帝国圏は良くも悪くも実力主義なので。強ければ何でもできるし、弱ければ何もできない」


「治安は?」


「良くはないです」


 エルシアは率直に言った。


「でも、王国みたいに露骨な身分制度はないので、力さえあれば誰でも上に行けます。そこに惹かれて人が集まります」


「そして力のない人間は」


「……それなりの扱いを受けます」


 恒一は門をくぐりながら、街の中を見た。


 賑やかだった。


 屋台。


 市場。


 酒場の喧騒。


 だが、目を凝らすと。


 路地の隅に、薄汚れた子供たちが固まっていた。


 裕福そうな商人が、端に追いやられた獣人の男に怒鳴り散らしていた。


 誰も止めなかった。


 誰も見ていなかった。


 いや、見ていた。


 ただ、見ているだけだった。


 ◇ ◇ ◇


 宿を取った後。


 四人で夕食を食べていた時。


 宿の近くで声がした。


「返せと言ってるんだ!」


 男の怒鳴り声だった。


 恒一が窓から見ると。


 兵士らしき男が、小さな獣人の子供の腕をつかんでいた。


 子供の手には、パンが一つ。


「盗んだだろうが!」


「ち、違う……拾ったんだ……」


「言い訳すんな!」


 兵士が拳を上げた。


 恒一は席を立っていた。


「ちょっと待て」


 外に出て、兵士の前に立った。


 兵士が顔をしかめる。


「なんだ、お前」


「その子に何かしたいなら、俺を通してからにしてくれ」


「関係ないだろ。こいつは盗人だ」


「パン一個のために拳を上げるのか」


「法を犯したんだ。罰するのは当然だろう」


 恒一は子供を見た。


 七つか八つ。


 腕が細かった。


 腹が空いているのが、見てわかった。


「そのパンの代金、俺が払う」


「……は?」


「いくらだ」


 兵士が目を細めた。


 値段を言った。


 恒一は財布から銀貨を取り出して渡した。


 兵士はしばらく恒一を見ていたが、やがて子供の腕を放した。


「……好きにしろ」


 そう言って、去っていった。


 子供は恒一を見上げた。


 怯えた目だった。


「食べていいぞ」


 恒一がパンを指差すと。


 子供はしばらく固まってから、そのまま走って逃げた。


 パンを抱えたまま。


 恒一はその背中を見送った。


 エルシアが後ろに立っていた。


「よかったですよ、今の」


「そうか……」


 恒一は路地の向こうを見た。


 子供の姿は、もう見えなかった。


「根本は何も変わってないけどな」


「……そうですね」


 エルシアは正直に頷いた。


「この街では、毎日こういうことが起きてます。構造として、そうなってるんです」


「構造」


「強い者が弱い者から取る。それが当然として回ってる社会です」


 恒一は黙った。


 シュラが戻ってきて、何事もなかったように席に着いた。


 リリスが恒一の袖を引っ張った。


「お父様、えらかった」


「そうでもない」


「えらかった」


 リリスは繰り返した。


 それだけだった。


 ◇ ◇ ◇


 夜。


 宿の部屋。


 一人になってから、恒一はノートを取り出した。


 ページを開いた。


 今日だけで、色々なものを見た。


 怒鳴られる獣人。


 路地の子供たち。


 パンを盗んで走った少年。


 誰も止めない人々。


 書けば、変えられる。


 例えば。


『この都市では奴隷制度が存在しない』


 一文で、変わる。


 ページを見つめた。


 書かなかった。


 まだ、書かなかった。


 都市全体を変えるのは大きすぎる。


 何が起こるかわからない。


 今の自分には、情報が足りない。


 そう自分に言い聞かせた。


 だが同時に。


 別の声も聞こえていた。


 でも、書けば変わる。


 見て見ぬふりをするくらいなら、書いた方が正しいんじゃないか。


 今夜パンを盗んで走った子供は、明日も同じことをするだろう。


 明日も怒鳴られるかもしれない。


 恒一が書けば、それが変わる。


 書かなければ、何も変わらない。


 それはどちらが正しいんだ。


 恒一はノートを閉じた。


 答えは出なかった。


 答えは出なかったが。


「書けば変えられる」という考えが。


 今夜初めて、自分の外側に向いた。


 それだけは、確かだった。

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