第二十一話:四人旅の役割分担を決めたら、エルシアが全部担当になった件
四人は今、人通りの少ない獣道を歩いていた。
理由は単純だった。
白銀の剣聖が、思った以上に目立つからだ。
ラズレットを出て少ししただけで、街道を歩く旅人や商人たちが何度もこちらを振り返った。
「あれ、剣聖様じゃないか?」
「隣の男、誰だ……?」
「弟子か?」
「いや、子ども連れてるぞ?」
放っておけば、噂はどんどん広がる。
だから結局。
四人は街道を外れ、人通りの少ない森の道を進むことになっていた。
◇ ◇ ◇
森の中は静かだった。
木漏れ日。
湿った土の匂い。
風で揺れる葉音。
人の気配はない。
その代わり。
「師匠、それ絶対食べないでください」
「なんでじゃ。うまそうじゃぞ?」
「リリス、ちょっと食べてみるか?」
「食べる」
「駄目ですってぇ!!」
騒がしい連中がいた。
道端に生えていた妙なキノコを前に、シュラとリリスがしゃがみ込んでいる。
エルシアが本気で止めていた。
恒一は少し後ろを歩きながら、その様子を見る。
……なんというか。
思っていたより、ずっと賑やかだった。
白銀の剣聖。
もっと静かで、近寄り難くて、隙のない人物を想像していた。
だが実際は。
「師匠、だから勝手に拾わないでください!」
「お主が細かすぎるんじゃ」
「細かくありません!!」
かなりの苦労人だった。
しかもツッコミだけ妙に勢いがある。
「……大変そうだな」
思わず呟くと。
エルシアが真顔で振り返った。
「本当にそう思います」
「即答だな」
「師匠が自由すぎるんですよ……」
「お主が真面目すぎるだけじゃ」
「師匠はもう少し真面目になってください」
テンポよく返ってくる。
妙な空気だった。
まだ出会ったばかり。
お互いよく知らない。
なのに、妙に会話だけは成立している。
◇ ◇ ◇
「……そういえば」
ふと。
エルシアが口を開いた。
「今さらですが、自己紹介くらいはしておきませんか?」
「今さらだな」
「まあ、必要ではあるか」
「ですよね」
エルシアは軽く咳払いをした。
そして、少し真面目な顔になる。
「私はエルシア・ルーンフェルトです。一応、A級冒険者をやっています」
風が吹き、白銀の髪が揺れる。
「民衆からは《白銀の剣聖》などと呼ばれていますが……」
そこで少し困ったように笑った。
「そんな大層な名前に見合うような人間ではありませんので、あまり期待しないでください」
「十分強そうに見えるけどな」
恒一が素直に言うと。
エルシアは微妙そうな顔をした。
「まあ、戦うのは仕事みたいなものですから……」
そして、ちらりとシュラを見る。
「あと、師匠に変なことをしたら……どうなるかわかっていますよね?」
圧が強い。
「しないって」
「なら結構です」
エルシアは満足そうに頷いた。
その横で、シュラが鼻を鳴らす。
「お主は固いのう」
酒瓶を揺らしながら、あっさり言った。
「ワシはシュラじゃ。よろしく」
「リリスはリリス」
「……佐藤恒一だ」
あまりにも温度差のある自己紹介だった。
エルシアがしばらく黙る。
それから、じとっとした目でこちらを見た。
「真面目にやった私だけ浮いてません?」
「気のせいじゃ」
「絶対違いますよね?」
シュラは楽しそうに笑う。
リリスは特に気にしていない。
恒一もそこまで気にしていない。
エルシアだけが妙に真面目だった。
「まあいいです……」
エルシアは小さくため息を吐く。
◇ ◇ ◇
「……しかし」
しばらく森の中を歩いたところで。
エルシアが、ちらりと周囲を見回した。
「やっぱり、この国だと動きづらいですね」
「まあな」
恒一も同意する。
ヴァルクレスト王国では、《白銀の剣聖》の知名度が高すぎる。
街へ入れば目立つ。
街道を歩けば視線を集める。
下手をすれば、その日のうちに噂が広がる。
「エルシア、有名だもんな」
「嬉しくないんですけどね……」
エルシアは疲れた顔で言った。
「以前、王都で魔物の大発生を止めた時なんか、翌日には瓦版に顔まで載りましたし」
「へぇ」
「あと、北方の竜討伐とか」
「竜?」
思わず聞き返す。
エルシアは軽く頷いた。
「一応」
だが、その横で。
シュラがくつくつ笑った。
「ほとんどワシが倒したやつじゃがの」
「師匠は途中で面倒になって投げたじゃないですか!」
「仕上げはお主がやったじゃろ?」
「だから世間的には私の討伐実績になってるんですよ!」
エルシアは本気で嫌そうだった。
「他にも、"単独で魔王種を退けた白銀の剣聖"とか言われてますけど、横で師匠が酒飲んでましたからね!?」
「楽しそうじゃったのう」
「私は死ぬほど大変だったんです!」
エルシアは深くため息を吐く。
「そのせいで、私、本来の実力以上に評価されてるんですよね……」
「嫌なのか?」
「嫌ですよ!?」
即答だった。
「周囲は勝手に期待してきますし、変な二つ名まで付けられますし、貴族からは勧誘されるし、王国騎士団からは模範演武を頼まれますし!」
「人気者だな」
「全然嬉しくありません!!」
エルシアは本気で叫んだ。
森に鳥が飛び立つ。
その横で、シュラは面白そうに笑っている。
「よいではないか」
「よくありません!」
「実際、お主強いし」
「基準がおかしいんですよ師匠は!!」
なるほど。
なんとなく事情が見えてきた。
シュラ本人は、名声や実績に興味がない。
だから表に出ない。
結果として、周囲から見ると"全部エルシアがやった"ことになる。
しかも否定しても、たぶん誰も信じない。
「……大変だな」
「本当にそう思うなら、もう少し同情してください」
エルシアはじとっとした目を向けてきた。
確かに、かなりの苦労人ポジションだった。
◇ ◇ ◇
「なら」
恒一は少し考えてから言った。
「とりあえず、この国から出るか」
「お?」
シュラが面白そうにこちらを見る。
「別に目的地も決まってないんだろ」
「まあ、そうですね」
「だったら、まずは動きやすい場所へ行った方がいい」
恒一は周囲の森を見る。
「この国、色々と窮屈そうだしな」
貴族。
勇者召喚。
差別。
宗教。
まだ短い滞在だったが、嫌な空気は十分感じていた。
エルシアも小さく頷く。
「……それは、否定しません」
少しだけ声音が硬くなった。
どうやら、この国に対して思うところはあるらしい。
「なら決まりじゃな」
シュラが酒瓶を揺らす。
「西へ行くか? ドラヴァニア帝国とかどうじゃ。飯がうまい」
「基準それなんですか」
「重要じゃぞ?」
「否定はしませんけど……」
エルシアは額を押さえる。
「まあ、確かにドラヴァニアなら人も多いですし、紛れやすくはありますね」
「決まりじゃな!」
シュラが勝手にまとめた。
「いや、まだ雑すぎません!?」
「なんとかなる」
「その言葉、本当に信用できないんですよ……!」
エルシアが頭を抱える。
リリスはそんな会話を聞きながら、恒一の袖を引っ張った。
「旅、続く?」
「ああ」
「色んなところ行く?」
「多分な」
リリスの瞳が、少しだけきらきらした。
「楽しみ」
その言葉に。
エルシアがふっと力を抜いたように笑う。
「……まあ、本人が楽しそうならいいですか」
「諦めたな」
「師匠と旅する時点で、ある程度は諦めが必要なんです」
「苦労してるんだな」
「本当にそう思います」
また即答だった。
◇ ◇ ◇
「では、当面の目的地はドラヴァニア帝国ということで」
エルシアが小さく頷く。
「異論は?」
「ない」
「うむ」
「帝国」
全員の返事が返ってくる。
エルシアは少し安心したように息を吐いた。
「よかった……ようやく一つ決まりました」
「そんな大事なことじゃったか?」
「大事ですよ!?」
エルシアは即座にツッコむ。
「旅って普通、目的地くらい決めてから始めるものなんです!」
「始まってから決めても問題なかろう」
「ありますって!」
シュラは楽しそうに笑う。
リリスは特に気にしていない。
恒一もそこまで気にしていない。
「……はぁ」
エルシアは深くため息を吐いた。
「それじゃあ次です」
「次?」
「この旅での役割分担くらいは決めましょうか」
真面目だった。
本当に真面目だった。
だが。
シュラは何故か得意げに頷いた。
「うむ。大事じゃな」
「師匠がそこに同意するの、ちょっと不安なんですが」
「ではまずワシじゃな」
シュラが胸を張る。
「ワシは酒飲み担当じゃ」
「役割じゃなくて欲望ですよねそれ!?」
エルシアのツッコミが森に響いた。
シュラは気にした様子もない。
「大事じゃぞ? 旅に酒は必要じゃ」
「否定はしませんけど、担当制にするものじゃありません!」
「じゃあリリスは甘いもの担当」
「甘いもの担当」
リリスがこくりと頷く。
「いや、だから何なんですかその役職!?」
「甘いもの、旅に必要」
「必要なのはわかりますけど!」
「エルシア、騒がしい」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
恒一はそのやり取りを見ながら、思わず呟いた。
「……大変そうだな」
エルシアがものすごい勢いで振り返った。
「本当にそう思います!?」
「思う」
「助けてくださいよ……」
「まだ知り合って半日くらいだぞ俺たち」
「それでも言いたくなるくらい大変なんです!!」
切実だった。
シュラはくつくつ笑っている。
「では恒一は何担当じゃ?」
「急に振るな」
「お父様担当」
リリスが即答した。
エルシアが数秒黙る。
「……なんですかその唯一まともそうでまともじゃない役割」
「リリスにとっては最重要じゃ」
「まあ、そうなんでしょうけど……」
エルシアは頭を押さえた。
そして、疲れた顔のまま空を見上げる。
「……ちなみに、私の役割は?」
「全部」
シュラが即答した。
「便利」
リリスも頷く。
「やっぱりそうなりますよねぇ!!」
エルシアの叫び声が、静かな森へ響き渡った。
鳥が一斉に飛び立つ。
恒一は思わず笑った。
まだ互いをよく知らない。
まだ信頼関係も曖昧だ。
それでも。
この騒がしい空気は、嫌いじゃなかった。
鬼人の師匠。
白銀の剣聖。
災厄の魔女。
そして、異世界に放り込まれた普通の男。
どう考えても、まともな旅にはならない。
けれど。
奇妙な四人旅は。
こんな馬鹿みたいな会話をしながら、少しずつ形になっていくのだった。
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