第二十話:剣聖と師匠がラズレットに来て、奇妙な四人旅が始まった件
翌日。
宿場町は、朝から妙にざわついていた。
「本当に来るらしいぞ」
「街道で見たって奴が何人もいる」
「白銀の髪のエルフだろ?」
「剣聖様か……?」
中央通りでは、旅人や商人たちが落ち着かない様子で噂話をしている。
そんな中。
《木漏れ日の亭》の食堂では、今日もミリアが元気だった。
「おはようございますっ!」
ぱたぱたぱた、と軽快な足音。
そして。
ごつんっ。
「あいたっ」
「今日は何にぶつかった」
「柱です!」
「見えてただろ」
「ちょっと考え事してて……」
ミリアは額を押さえながら、えへへと笑う。
まるで反省していない。
リリスは朝食の果物を食べながら、小さく首を傾げた。
「ミリア、今日そわそわしてる」
「えっ、わかります!?」
「うん」
「だって、剣聖様ですよ!? 白銀の剣聖様!」
ミリアは目を輝かせる。
「王都でも有名な方なんですよ! 冒険者の憧れって感じで!」
「ふぅん」
リリスは、あまり興味なさそうだった。
強いか弱いか。
それくらいしか基準がない。
「お父様、その人知ってる?」
「名前だけな」
恒一はパンをちぎりながら答える。
本当は、それ以上に知っている。
というより、自分で呼び寄せた。
だが、それを口にするわけにはいかない。
「でも、こんな宿場町に来るんでしょうか?」
ミリアがわくわくした顔で窓を見る。
その瞬間。
外から、ざわめきが大きくなった。
「おい!」
「来たぞ!」
「白銀の剣聖様だ!」
食堂の空気が、一気に変わる。
ミリアがぱっと窓際へ走った。
「ほんとですかっ!?」
そして。
椅子に足を引っかけた。
「わぷっ」
「だから前を見ろ」
恒一が支える。
「ありがとうございますぅ……」
そんなやり取りをしている間にも、外の騒ぎは大きくなっていく。
恒一は小さく息を吐いた。
「……来たか」
◇ ◇ ◇
宿の外へ出ると。
中央通りには人だかりができていた。
商人。
旅人。
冒険者。
皆、通りの先を見ている。
そして。
その視線の先から、二人の女が歩いてきた。
一人は、白銀の長髪を持つエルフの剣士。
腰には細剣。
無駄のない歩き方。
ただ歩いているだけなのに、周囲の空気が自然と張り詰める。
強い。
説明など不要だった。
その隣。
小柄な鬼人の少女が、酒瓶を揺らしながら歩いている。
銀白色の髪。
額の角。
巨大な呪具。
こちらは剣聖以上に異様だった。
だが、周囲の視線は白銀の剣士に集まっている。
隣の小柄な少女は、珍しい種族の連れ、程度にしか見えていないようだった。
……これが、師匠が無名な理由なのかもしれない。
恒一はそんなことを思いながら、その二人を見ていた。
と。
「……お」
鬼人の少女の目が、恒一へ向いた。
一瞬、その瞳がわずかに見開かれる。
そして次の瞬間。
にかっと笑った。
「久しいのう!」
「……は?」
恒一は固まった。
周囲もざわつく。
「知り合いか?」
「剣聖様の連れだぞ?」
「何者だあの男……?」
視線が集まる。
非常にまずい。
「なんじゃその顔は」
鬼人の少女が笑う。
「忘れたか? あの時、一緒に旅したシュラじゃぞ」
「いや……」
恒一は慎重に口を開く。
ここで下手に話を合わせるのは危険だ。
シュラの中での昔馴染みの細かい記憶を知らない。
齟齬が出れば怪しまれる。
「……悪い。記憶が曖昧で」
「ほう?」
シュラが目を細める。
その横で。
エルシアが、ものすごく胡散臭そうな顔をしていた。
「師匠」
「なんじゃ」
「本当にこの人なんですか?」
「うむ」
エルシアは恒一をじっと見る。
視線が鋭い。
観察されている。
「どう見ても普通の人なんですが」
「容赦がなかった。」
「魔力も大して高くないですし、剣士にも見えませんし……師匠の昔馴染みって、もっとこう……規格外な人を想像してたんですけど」
「失礼じゃのう」
「師匠が一番失礼ですよ」
エルシアは真顔だった。
そして少しだけ声を潜める。
「……本当に大丈夫ですか?」
「何がじゃ」
「何か洗脳とかされてません?」
その瞬間。
恒一だけが、ぴくっと反応した。
怖い。
察しが良すぎる。
だが。
シュラは鼻で笑った。
「馬鹿言え」
酒瓶を軽く揺らす。
「ワシを洗脳できるやつなんざ、この世界におらんわ」
「……まあ、そうですよね」
エルシアは納得した。
納得するんだそこ。
恒一だけが内心で冷や汗を流していた。
◇ ◇ ◇
「しかしお主」
シュラが恒一をじろじろ見る。
「ずいぶん貧弱になったのう」
「師匠」
エルシアが即座に割り込む。
「初対面の方に言う言葉じゃありません」
「昔馴染みじゃし」
「私はまだ疑ってますからね?」
エルシアは完全に警戒していた。
当然だ。
突然現れた普通の男を、師匠が一方的に昔馴染み認定している。
しかも本人は記憶曖昧。
怪しさしかない。
だがシュラは気にした様子もなく、恒一の周囲をゆっくりと一周した。
「うーん。動き方も鈍いのう。魔力の流れも細い」
「……まあ、そうだな」
「以前はもっとまともじゃったと思うんじゃが」
「色々あった」
「ふむ」
シュラは腕を組んだ。
何かを考えているらしい。
エルシアがひそひそと耳打ちする。
「師匠、本当にこの人でいいんですか」
「お主も見ればわかるじゃろ」
「何をですか」
「目じゃ」
シュラは静かに言った。
「慣れておる。苦労している人間の目じゃ」
「……」
エルシアは黙って恒一を見た。
疲れた目。
でも、何かを諦めてはいない目。
確かに、普通の旅人や冒険者とは、少し違う雰囲気があった。
それでも完全に納得はできないが、師匠がそこまで言うなら。
エルシアは小さくため息をついた。
「……わかりました。信じます。とりあえず」
「よし」
シュラは満足そうに頷き、また恒一に向き直る。
「よし。鍛え直してやろう」
「は?」
「その貧弱さじゃ、旅もままならんじゃろ」
「急だな」
「急ではない。昔馴染みならワシが鍛える。それだけじゃ」
あっさり言った。
恒一は少しだけ間を置く。
これは、望んでいた展開だ。
師匠に鍛えてもらうこと。
ノートでそういう流れを作った。
だから、断る必要はない。
だが、もう一つ問題があった。
恒一は周囲を見る。
人だかり。
好奇の視線。
ひそひそ声。
「剣聖様の連れって何者だ」
「昔馴染みらしいぞ」
「普通の冒険者には見えないけどな……」
余計な噂が広がっている。
このままラズレットにいれば、噂はどんどん大きくなる。
最悪、王都側まで届く可能性もあった。
王城。
自分を追い出した場所。
そこに自分の存在が知れれば、面倒どころでは済まない。
「……少し、この街に居づらくなった」
恒一は率直に言った。
「ほう?」
「こんなに目立つと、困ることがある。旅に出る」
「なるほどのう」
シュラはあっさり頷いた。
「ならワシもついていく。鍛えながら旅をすればよい」
「待ってください師匠!」
エルシアが声を上げる。
「それって、この人の旅についていくってことですよね?」
「うむ」
「目的地は?」
「知らん」
「危険度は?」
「さあ」
「何も決まってないじゃないですか!」
「まあ、なんとかなるじゃろ」
「師匠のなんとかなるは信用できません!」
エルシアは頭を押さえた。
師匠がこうなると、止まらないのはわかっている。
止まらないが、かといって師匠一人で行かせるわけにもいかない。
金銭感覚は壊滅的だし。
雑事は全部放り出すし。
気に入った相手には竜を当てる。
放置したら何をするかわかったものではない。
「……わかりました。私もついていきます」
「そう言うと思ったわい」
「嬉しそうに言わないでください」
エルシアはもう一度ため息をついてから、恒一を見た。
「ただし、まだ完全には信じていませんから」
「それでいい」
「え?」
「怪しいと思うなら、ちゃんと見ていてくれ。その方がこっちも安心だ」
エルシアはわずかに目を細めた。
その言葉は、正直すぎる。
嘘をついている人間の言い方ではない、ような気もする。
ような気も、するのだが。
「……引き続き、様子を見させてもらいます」
「頼む」
その横で。
リリスが、じっとシュラを見ていた。
「……強い」
ぽつりと呟く。
シュラがにやりと笑った。
「ほう。わかるか小娘」
「お前、強い」
「リリス?」
恒一が少し警戒する。
だがリリスはシュラから視線を外さず。
「でも」
恒一の袖を、ぎゅっと掴んだ。
「お父様の方が大事」
「うむ!」
なぜかシュラが嬉しそうだった。
「よいな! 見る目があるわ!」
「師匠、何がよかったんですか……」
エルシアは力が抜けた顔をする。
そして。
周囲のざわめきは、さらに大きくなっていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
《木漏れ日の亭》の前。
恒一たちは旅支度を整えていた。
ミリアは半泣きだった。
「ほんとに行っちゃうんですかぁ……?」
「まあ、色々とな」
「うぅ……」
しょんぼりしている。
フィオナも少し寂しそうだった。
「また来てくださいね〜?」
「ああ」
恒一は小さく頷く。
リリスはミリアを見上げた。
「果物、おいしかった」
「……!」
ミリアの顔がぱっと明るくなる。
「また作りますね!」
「うん」
そのやり取りを見ていたエルシアが、小声で呟く。
「……普通に宿の人たちと仲良くなってるんですね」
「そういう人だ」
「余計に怪しいんですけど……」
「まだ言うか」
「当然です」
即答だった。
その横で、シュラが楽しそうに笑う。
「よいではないか。面白そうじゃし」
「師匠のその基準、本当に怖いんですよ」
エルシアは深くため息を吐いた。
そして。
四人は街道へ歩き出す。
鬼人の師匠。
白銀の剣聖。
普通の男。
災厄の魔女。
どう考えても、まともな旅にはならない。
だが。
こうして。
奇妙な四人旅が、始まった。
これで第一章は完結です。
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