幕間九:剣聖の師匠がなぜ有名でないのか、なんとなくわかった件
一方、その頃。
ヴァルクレスト王国へ向かう街道を、二人の女が歩いていた。
一人は、白銀の髪を持つエルフの剣士。
《白銀の剣聖》――エルシア・ルーンフェルト。
もう一人は、小柄な鬼人の少女。
酒瓶を片手にぶら下げ、巨大な呪具を旅杖代わりに引きずる、規格外の存在。
エルシアが師と仰ぐ者だった。
「……疲れました」
エルシアがぽつりと呟く。
「まだ歩き始めて三時間じゃぞ」
「精神的な話です」
「軟弱じゃのう」
「誰のせいだと思ってるんですか」
即答だった。
師匠はくつくつ笑う。
まるで反省していない。
◇ ◇ ◇
東大陸へ渡ったのは、エルシアの進言だった。
黒髪。
異国風の雰囲気。
西大陸では珍しい特徴。
それらを聞いたエルシアが、
「東大陸側を探した方が可能性があります」
と提案した。
だから二人は東大陸へ渡った。
昔馴染みの手掛かりを探し回り。
湿原で竜と戦い。
妙な遺跡に迷い込み。
そして今。
再び西大陸へ戻ってきている。
冷静に考えると、かなり無茶な移動距離だった。
「……結局、東大陸ではほぼ成果なしでしたね」
「竜はおったぞ」
「昔馴染みの話です」
「うむ」
師匠は酒瓶を揺らす。
「まあ、結果的に西じゃったな」
「だから勘で『西っぽい』とか言い出すのやめてください」
「じゃが、なんかこっちな気がするんじゃ」
「その"なんか"で大陸横断させられる側の気持ちを考えてください」
「ちゃんとついてきとるじゃろ」
「弟子ですからね!?」
エルシアはため息を吐いた。
本当に何度目かわからない。
◇ ◇ ◇
とはいえ。
西大陸へ戻ってきたことで、少しだけ空気が変わった感覚もあった。
東大陸とは、人の流れが違う。
街道の雰囲気。
商人の服装。
街の活気。
どこか、こちらの方が馴染み深い。
「やっぱり、西大陸の方が人多いですね」
「そうか?」
「東大陸より街道が賑やかです」
「ふむ」
師匠はあまり興味なさそうだった。
というより。
この人、基本的に景色を見ていない。
酒を飲みながら歩き。
気になった飯屋へ入り。
面倒事を全部弟子へ投げる。
そのくせ、秘境や人のいない山奥に引きこもっていることが多いせいで、世間の常識というものを著しく欠いていた。
自由人というより、単純に世間知らずだった。
◇ ◇ ◇
港町でもそうだった。
「宿取っといてくれ」
「乗船手続きしといてくれ」
「飯も頼む」
「ワシ、座っとるから」
結果。
白銀の剣聖が、港の受付で丁寧に説明を受けながら手続きを進める羽目になった。
その横で師匠は酒を飲んでいた。
「師匠」
「なんじゃ」
「どうして毎回、全部私なんですか」
「お主の方がそういうの上手そうじゃし」
「師匠もやってください」
「嫌じゃ」
「即答しないでください」
エルシアは頭を押さえる。
しかも、この師匠。
金銭感覚まで壊滅的だった。
屋台で串焼きを買う時も。
「店主、これ三本」
「はいよ、銅貨――」
ちゃりん。
置かれたのは金貨だった。
店主が固まる。
エルシアも固まる。
「師匠」
「なんじゃ」
「またですか」
「細かいの面倒じゃし」
「経済を破壊しないでください」
結局、エルシアが慌てて両替した。
最近では、師匠が財布を出した瞬間に止める癖までついてきている。
悲しかった。
これが、師匠が世間に名を知られていない理由の一端だとエルシアは思う。
普段は秘境や山奥に籠もっている。
街に来ても、雑事は全部弟子任せで表舞台には出ない。
見た目は小柄な鬼人の少女だ。
額に角はある。
呪具も大きい。
だが、それだけでは「ただちょっと珍しい種族の子ども」にしか見えない。
その気になれば、部屋の壁ごと人を消せる存在だとは、誰も思わないだろう。
だから、エルシアの名だけが世に広まり、師匠の名は広まらない。
当然だった。
◇ ◇ ◇
途中で立ち寄った街では、当然のように視線を集めた。
「あれ……」
「白銀の……」
「剣聖様じゃないか?」
「おい、マジかよ」
ひそひそ声が広がる。
エルシアは少しだけ顔をしかめた。
慣れてはいる。
だが、落ち着かない。
特に問題なのは――。
「おお、串焼きじゃ」
師匠が普通に屋台へ向かうことだった。
「師匠」
「なんじゃ」
「めちゃくちゃ見られてます」
「お主が有名なんじゃろ」
「その横にいる師匠も十分目立ってます!」
小柄な鬼人。
銀白色の髪。
額の角。
巨大な呪具。
普通に考えて異様だった。
だが本人は気にしていない。
それどころか。
その異様な存在が屋台で普通に串焼きを選んでいるせいで、見物している人々はどう反応していいかわからなくなっていた。
怖いのか。
可愛いのか。
強いのか。
弱いのか。
全員が、判断できずにいる。
それがこの師匠という存在だった。
「ほれ、食うか?」
師匠が串焼きを差し出してくる。
エルシアは受け取り、小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
「うむ」
「ところで師匠」
「なんじゃ」
「本当にラズレットなんですか?」
「たぶんな」
「また勘ですか」
「勘じゃ」
不安しかない。
だが。
その勘が妙に当たるのを、エルシアは知っていた。
だから結局、ついて行くしかない。
◇ ◇ ◇
数日後。
二人は、ようやくヴァルクレスト王国の宿場町近くまで辿り着いていた。
夕方の街道。
前方から来た商人たちがざわつく。
「あれ、剣聖様じゃないか?」
「本物か?」
「白銀の髪……」
「おい、マジかよ」
ひそひそ声が広がる。
エルシアは少し気まずそうに視線を逸らした。
「……また気づかれました」
「人気者じゃのう」
「師匠は気楽でいいですね」
「ワシ、剣聖とかじゃないし」
「絶対師匠の方が強いじゃないですか」
「そうか?」
「そこは否定してください」
師匠は笑うだけだった。
その時。
ふと。
師匠の足が止まる。
「……ん?」
「師匠?」
鬼人の少女は、街道の先を見た。
宿場町。
夕暮れの空。
遠くに見える灯り。
そして。
どこか、懐かしそうに目を細める。
「おるな」
「……本当にわかるんですか?」
「うむ」
師匠はにやりと笑った。
「なんとなくじゃが」
「だからその勘が怖いんですよ」
エルシアは疲れた顔で呟く。
だが。
師匠の表情は、どこか楽しそうだった。
まるで、昔の友人に会いに行く子どもみたいに。
「行くぞ、エルシア」
「はいはい……」
白銀の剣聖は、また一つため息を吐いた。
苦労人だった。
本当に。
◇ ◇ ◇
そして。
宿場町の灯りが、二人の前にゆっくりと近づいていく。
師匠はその灯りを見て、小さく鼻を鳴らした。
「飯、うまそうな街じゃな」
「昔馴染みを探しにきたんですよね?」
「それもじゃが」
「師匠」
「なんじゃ」
「……まあ、いいです」
エルシアはもう何も言わなかった。
どうせ着けばわかる。
そして。
師匠の勘は、大体当たるのだから。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




