第十五話:宿場町で新しいギルド受付嬢に餌付けされた件
串焼きを食べ終えたあと。
恒一は宿場町の中央通りを歩いていた。
隣では、リリスが焼き串の最後の一口を大事そうに食べている。
「……そんなに美味かったか?」
「美味しかった」
即答だった。
「お肉、やわらかかった」
「それはよかったな」
「また食べたい」
「金が減るからほどほどにしろ」
「むぅ」
少し不満そうに頬を膨らませる。
恒一は苦笑しながら周囲を見回す。
まず必要なのは情報だった。
土地勘もない。
周辺の危険地帯も知らない。
どの街へ向かうべきかも決まっていない。
なら、まずは情報収集だ。
「冒険者ギルドか」
ちょうど通りの先に、それらしい建物が見えていた。
木と石で作られた二階建て。
入口には剣と盾を組み合わせた紋章。
王都ほど大きくはないが、宿場町にしては立派な建物だった。
「行くぞ」
「うん」
リリスは恒一の外套を掴んだままついてくる。
◇ ◇ ◇
ギルドの扉を開ける。
中は昼時ということもあり、それなりに賑わっていた。
酒を飲む冒険者。
依頼掲示板を見る剣士。
受付で話をしている商人風の男。
王都より規模は小さい。
だが、空気は似ていた。
恒一は受付へ向かう。
すると。
「はい、ようこそ――あっ」
受付にいた女性が、ぱっと顔を上げた。
白銀に近い薄紫の髪。
ふわふわした大きな狐耳。
柔らかな紫色の瞳。
腰のあたりで揺れる、ふさふさした白い狐の尻尾。
そして、どこかほんわかした雰囲気。
名札には、《フィオナ・ルーヴェルト》と書かれていた。
彼女は恒一を見たあと。
すぐに、その隣のリリスへ視線を向けた。
「うわぁ……娘さん、可愛いですね!」
「……娘じゃない」
恒一が即座に否定する。
だが、フィオナは全然聞いていなかった。
「ちょ、ちょっと待っててください!」
そう言うと、受付の奥へぱたぱたと走っていく。
尻尾がぱたぱた揺れていた。
「……なんだ?」
恒一が呟く。
リリスはきょとんとしていた。
数十秒後。
フィオナは小さな包みを抱えて戻ってきた。
「はいっ!」
差し出されたのは、小さな焼き菓子だった。
「これ、私が作ったものなんです。よければ食べてください」
「……え?」
「娘さん、すごく可愛かったので!」
理由がよくわからなかった。
リリスは興味津々で焼き菓子を見る。
「食べていい?」
もう食べる気だった。
「待て。知らない人から貰ったものを即座に食うな」
「でも甘い匂いする」
「そういう問題じゃない」
フィオナが慌てて手を振る。
「あっ、大丈夫ですよ!? 毒とか入ってませんし!」
「いや、そういうことじゃないんだけどな……」
だが。
せっかく好意でくれているのだろう。
リリスはもう期待した顔をしている。
恒一は小さく息を吐いた。
「……まあ、少しだけなら」
「やった」
リリスは即座に焼き菓子を口へ入れた。
そして。
ぱっと顔が明るくなる。
「甘い。美味しい」
満面の笑みだった。
警戒心がゼロである。
フィオナも嬉しそうに目を輝かせた。
「ほんとですか!?」
「美味しい!」
「よかったぁ……!」
なんだこの空間。
恒一は若干置いていかれながら、自分も一つ受け取る。
「……いただきます」
一口食べる。
甘い。
優しい甘さだった。
焼きたてに近い香り。
ほんのりとしたバターの風味。
疲れた身体に、妙に染みる。
異世界へ来てから、まともな甘味をほとんど食べていなかった。
「……美味いな」
思わず本音が漏れた。
フィオナの耳がぴこっと動く。
「えへへ」
嬉しそうだった。
「もっと食べます?」
包みを追加で差し出してくる。
恒一はそこで、はっと我に返った。
「いや、そういうことじゃなくて」
「はい?」
「街の状況とか、周辺の魔物とか、その辺を聞きに来たんですけど……」
「あっ」
フィオナが固まる。
「……申し訳ございません」
ぺこりと頭を下げた。
「ちょっと待っててくださいね!」
再び奥へ走っていく。
尻尾が揺れながら消えた。
「忙しい人だな……」
恒一が呟く。
リリスは追加のお菓子を期待した目で奥を見ていた。
数分後。
フィオナは今度こそ報告書らしき紙束を持って戻ってきた。
そして。
なぜかもう片方の手には、追加のお菓子があった。
「……なんでお菓子も持ってきてるんですか」
「えっ」
フィオナがきょとんとする。
「どうやら気に入っていただけたみたいでしたので……嬉しくて……もっと食べたいかなって……」
少し不安そうに首を傾げた。
「い、いらなかったですか?」
その瞬間。
隣から視線を感じる。
見ると、リリスがものすごく欲しそうな顔をしていた。
「……ありがとうございます」
恒一は諦めた。
「やった」
リリスは嬉しそうに包みを受け取る。
即座に食べ始めた。
完全に餌付けされている。
◇ ◇ ◇
「最近ですと、この周辺では盗賊が増えていますね」
フィオナは報告書を見ながら説明する。
「特に西側の街道です。旅人を狙った小規模集団が出ることが多くて……」
「強さは?」
「駆け出し冒険者だと厳しいくらいですね。でも、熟練者なら対処できます」
「魔物は?」
「森側に《グレイウルフ》の群れが出ています。あと、北の丘で大型猪型魔物が確認されました」
思ったよりしっかりしていた。
説明もわかりやすい。
ただ、その途中でも。
「リリスちゃん、それ美味しいですか?」
「美味しい」
「よかったぁ……」
などと、ちょいちょい会話が脱線する。
「おすすめの宿とかあります?」
「宿なら、《木漏れ日の亭》がおすすめですよ」
フィオナが言う。
「ご飯も美味しいですし、旅人の評判もいいです」
「値段は?」
「銀貨一枚くらいです」
「悪くないな」
「あと、お風呂も広いです」
リリスの耳がぴくっと動いた。
「お風呂ある?」
「ありますよ〜」
「泊まる」
即決だった。
恒一はそこで、ふと隣を見る。
黒い魔女帽子。
漆黒のドレス。
魔力封印用の特別製の服。
以前、本人が言っていた。
これを脱げば、魔力が漏れる可能性がある、と。
恒一は少しだけ身を寄せ、小声で聞く。
「……お前、風呂どうするんだ。その服脱いだらまずいんじゃないのか?」
リリスはきょとんとしてから、小さく答えた。
「結界張れば平気」
「結界?」
「うん。周りを閉じるの。そうしたら魔力漏れない」
「そんな便利なことができるのか」
「簡単」
リリスはあっさり言った。
「空間ごと閉じるだけだから」
言ってることは全然簡単じゃなかった。
恒一は少し考えてから、さらに小声で聞く。
「……だったら、普段からその服着なくてもよくないか?」
リリスは首を横に振った。
「長時間は無理」
「無理なのか」
「結界、ずっと維持すると疲れる。寝てる時とか危ない」
「なるほどな……」
「この服の方が楽」
リリスは自分の黒い袖をちょこんと摘まむ。
「だから普段はこれ」
恒一は納得した。
要するに。
一時的に抑えることはできる。
だが、常時維持するには負担が大きいということだろう。
「……他の人に見つかるなよ」
「大丈夫。リリス上手だから」
妙に自信満々だった。
その横で、フィオナが不思議そうに首を傾げる。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないです」
恒一は即座に誤魔化した。
まあ、急ぐ旅でもない。
まずはこの街で情報を集めるべきだろう。
盗賊。
周辺の街。
安全なルート。
魔物の危険度。
そういうものを把握しながら、慎重に進んだ方がいい。
王都の時みたいな面倒事は、できれば避けたかった。
「……数日はここに滞在するか」
「はいっ。ラズレットは良い街ですよ」
フィオナがにこにこ笑う。
その横で。
「これ美味しい」
リリスが三個目のお菓子を食べていた。
「お前、食いすぎじゃないか?」
「別腹」
「そんな言葉どこで覚えた」
「さっき露店の人が言ってた」
吸収が早い。
恒一は軽く頭を押さえる。
すると、フィオナが少し楽しそうに笑った。
「……本当に仲良しなんですね」
「違う」
「お父様」
「そこで追撃するな」
フィオナはくすくす笑う。
リリスは嬉しそうだった。
恒一はそんな二人を見ながら、小さくため息を吐く。
……まあ。
悪くない街かもしれない。




