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異世界に特定外来生物《世界改変おじさん》が放出されました〜勝手に異世界に召喚されたから常識改変で世界をめちゃくちゃにしても問題ないよね?〜  作者: 黒海苔
倫理観崩壊レベル1

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幕間七:昔馴染みを探しに東大陸へ来たら、なぜか竜と戦うことになった件

 東大陸へ渡ってから、数日が経っていた。


 エルシア・ルーンフェルトは、ぬかるんだ湿地を静かに歩いていた。


 場所は、レイヴンムーア湿原。


 黒く濁った水路がいくつも枝分かれし、枯れた木々が傾きながら立ち並ぶ、陰鬱な土地だった。


 足元は悪い。


 霧は濃い。


 遠くでは、得体の知れない魔物の鳴き声が聞こえる。


 普通の旅人なら、まず近づかない場所だろう。


 だが、エルシアは白銀の髪を揺らしながら、ほとんど足音も立てずに進んでいた。


 その隣を、小柄な鬼人の少女がのんびり歩いている。


 エルシアの師匠だった。


 銀白色の髪。


 額の二本角。


 幼い見た目に似合わない、底の見えない瞳。


 片手には酒瓶。


 もう片方の手には、旅杖のように巨大な呪具を引きずっている。


「師匠」


 エルシアは静かに口を開いた。


「東大陸へ来て、もう数日です」


「うむ」


「昔馴染みの方の手掛かりは?」


「ないのう」


「……ですよね」


 エルシアは小さく息を吐いた。


 黒髪。


 異国の空気。


 変わった服。


 聞き馴染みのない妙なことを言っていた男。


 それだけの情報で人を探すのは、やはり無謀に近かった。


 しかも師匠の記憶は曖昧だ。


 顔も思い出せない。


 声も思い出せない。


 どこで出会ったのかも、どこで別れたのかもわからない。


 ただ、会えばわかる。


 師匠はそう言う。


 エルシアはその言葉を信じている。


 信じてはいるが。


「……正直、もう少し手掛かりが欲しいですね」


「まあ、歩いておればそのうち見つかるじゃろ」


「師匠、それは探していると言えるのでしょうか」


「足は動かしておる」


「それは散歩です」


 そんなやり取りをしながら、二人は湿原の奥へ進んでいく。


 その時だった。


 空気が変わった。


 霧の向こうから、低い唸り声が響く。


 ずるり、と。


 何か巨大なものが泥を押し分ける音がした。


 エルシアは足を止め、剣の柄に手をかける。


「……師匠」


「うむ。おるな」


 霧が割れる。


 現れたのは、巨大な竜だった。


 湿原の泥に濡れた黒緑の鱗。


 長い首。


 鉤爪。


 背中には半ば腐ったような膜を持つ翼。


 真竜ではない。


 だが、それでも十分すぎるほどの脅威だった。


 湿地竜。


 このレイヴンムーア湿原を縄張りとする、上位魔物の一種。


 並の冒険者なら、姿を見ただけで逃げ出す相手だ。


 竜は、黄金色の瞳で二人を見下ろした。


 完全に侵入者を見る目だった。


 エルシアは剣を抜く。


 白銀の刃が、薄暗い湿原に淡い光を返した。


「師匠」


「なんじゃ」


「もしかして、あれが師匠の昔馴染みですか?」


 エルシアは半ば冗談で言った。


 師匠は竜を見上げ。


 それから、呆れたように鼻を鳴らした。


「そんなわけなかろう」


「ですよね」


「わしの昔馴染みは黒髪の男じゃ。鱗も翼もなかったはずじゃ」


「はず、なんですね」


「たぶんな」


「そこは断言してください」


 竜が咆哮した。


 湿原の水面が震え、枯れ木の枝がびりびりと揺れる。


 エルシアは剣を構えたまま、師匠を見る。


「では、どうしますか?」


「どうするも何も」


 師匠は近くの倒木に腰掛けた。


 そして、酒瓶の栓を抜く。


「真龍ではないしのう。こんくらいの竜なら、お主一人で倒せるじゃろ」


「……はい?」


「わしはそこで見ておる」


「待ってください」


 エルシアの声が、わずかに裏返った。


「師匠。竜ですよ?」


「うむ」


「S級冒険者でも、一人で倒せる者は多くありませんよ?」


「そうじゃな」


「私はA級ですよ?」


「知っておる」


「無理ですよ〜師匠〜!」


 エルシアは珍しく、かなり情けない声を出した。


 普段の彼女を知る者が見れば、目を疑っただろう。


 《白銀の剣聖》。


 冷静沈着。


 隙のない剣士。


 氷のように美しい戦闘者。


 そんな評判の彼女が、今は湿原の真ん中で師匠に泣き言を言っていた。


「大丈夫じゃ。死にはせん」


「死ななければいいという問題ではありません!」


 竜が前足を踏み出す。


 泥が跳ねる。


 エルシアは慌てて横へ跳んだ。


 次の瞬間、先ほどまで立っていた場所が、竜の爪でえぐられた。


「ほれ、避けられた」


「避けなきゃ死んでました!」


「避けられるなら問題なかろう」


「師匠!」


 エルシアは叫びながら、竜の懐へ踏み込む。


挿絵(By みてみん)


 剣を振るう。


 白銀の斬撃が鱗を裂き、火花のような魔力光が散った。


 だが、浅い。


 竜の鱗は硬い。


「硬いっ!」


「もっと深く斬れ」


「簡単に言わないでください!」


 竜の尾が横薙ぎに振るわれる。


 エルシアは身を低くして避け、泥の上を滑るように距離を取った。


 白い鎧の裾に泥が跳ねる。


 髪にも湿った霧が絡みつく。


「師匠ー!」


「なんじゃ、うるさいのう」


「昔、師匠がみんなから怖がられていたのって、強いからだけじゃなくて、その性格の悪さも含まれていたんじゃないですか〜!」


 言った瞬間。


 師匠の目が、すっと細くなった。


「ほう?」


 エルシアの背筋が凍った。


 竜の咆哮とは別の意味で。


「い、今のは戦闘中の混乱による一時的な発言です!」


「そうか」


「そうです!」


 竜が口を開く。


 黒緑色の魔力が喉奥に集まった。


「来るぞ」


「見ればわかります!」


 竜の吐息が放たれる。


 毒気を帯びた霧の奔流。


 エルシアは地面を蹴り、ぎりぎりで横へ跳んだ。


 毒霧が背後の枯れ木を包み、瞬く間に腐らせる。


「これ、一撃でもまともに浴びたら終わりじゃないですか!」


「じゃから浴びるなと言っておる」


「言われなくても浴びません!」


 エルシアは剣に魔力を込める。


 白銀の光が刃を覆った。


 竜の動きを見る。


 足場。


 霧。


 尾。


 翼。


 呼吸。


 隙。


 いつもの冷静さを取り戻そうとする。


 だが。


「師匠! 早く昔馴染みに会いたいんですよね!? だったら師匠がこの竜を瞬殺して、さっさと次の場所へ行きましょうよ〜!」


「お主の修行にもなる」


「修行で竜を当てないでください!」


「贅沢な弟子じゃ」


「どこがですか!」


 叫びながらも、エルシアの動きは鋭かった。


 竜の爪を紙一重で避ける。


 尾を剣で受け流す。


 泥の上を滑るように移動し、足元のぬかるみすら利用して竜の死角へ回り込む。


 竜の首筋。


 鱗と鱗の隙間。


 そこへ向けて、エルシアは一気に踏み込んだ。


「これで――!」


 白銀の剣閃が走る。


 竜の首筋に深い傷が刻まれた。


 竜が咆哮する。


 怒りに任せて、巨体を暴れさせる。


「まだ倒れないんですか!」


「竜じゃからのう」


「知ってます!」


 エルシアは息を整える暇もなく、さらに踏み込む。


 今度は翼の付け根。


 次に膝。


 そして喉。


 一撃で倒せないなら、削る。


 相手の動きを鈍らせる。


 呼吸を乱す。


 反撃の角度を減らす。


 それは、師匠に叩き込まれた戦い方だった。


 叫びながら。


 文句を言いながら。


 それでも剣は正確だった。


「この戦いで死んだら、絶対師匠のところに化けて出ますからね〜!」


「お主、幽霊になっても騒がしそうじゃのう」


「本気で言ってます!」


「なら死なんようにせい」


「そうします!」


 竜が最後の突進を仕掛ける。


 巨大な顎が開く。


 エルシアは真正面からそれを見た。


 逃げない。


 半歩、前へ。


 ほんの少しだけ軸をずらす。


 竜の牙が肩を掠めた。


 鎧の一部が砕ける。


 だが、その瞬間。


 エルシアの剣は、竜の喉奥へ届いていた。


「――っ!」


 白銀の光が爆ぜる。


 竜の巨体が硬直した。


 そして。


 轟音と共に、湿原へ倒れ込む。


 泥水が大きく跳ねた。


 しばらく、何も動かなかった。


 エルシアは剣を下ろし、肩で息をする。


 白銀の髪は泥と霧で乱れ、鎧には傷が入り、表情には疲労が浮かんでいた。


「……倒しました」


「うむ。見事じゃ」


 師匠は倒木に腰掛けたまま、ぱちぱちと軽く手を叩いた。


 酒瓶は、いつの間にか半分ほど空いている。


 エルシアはゆっくり振り返った。


「師匠」


「なんじゃ」


「見ていただけですね?」


「見守っておった」


「同じです」


「違うぞ。見守る方が愛情がある」


「愛情があるなら助けてください!」


 エルシアが珍しく声を荒げる。


 師匠はくつくつと笑った。


「しかし、お主。叫びながら竜と戦うとは、結構余裕がありそうじゃったな」


「余裕なんてありませんでした!」


「しかも何やら、わしの性格が悪いとか言っておらんかったか?」


 エルシアの動きが止まる。


 さっきまで竜と戦っていた時よりも、顔色が変わった。


「い、言ってません」


「ほう?」


「言ってません。たぶん。気のせいです」


「わしの耳は遠くないぞ」


「……すみません」


 エルシアは即座に頭を下げた。


「すみません、すみません。さっきのは冗談に決まっているじゃないですか。師匠の性格の良さは、私が一番知っていますよ」


「急に口が回るようになったのう」


「尊敬していますから」


「目が泳いでおる」


「湿原の霧のせいです」


 師匠は呆れたようにため息を吐いた。


「まあ、よい」


「よかった……」


「次は、もう少し強いヤツと戦わせてもよいな?」


「よくないです!」


 エルシアが即答する。


 その姿に、師匠はまたため息を吐いた。


「はぁ……お主、皆に見せておるあのクールさはどこへ行ったんじゃ?」


「だって、あんなピンチに冷静でいられるわけないじゃないですか!」


「剣士はいつも冷静であれと、ずっと言っておるじゃろう」


「冷静ではありました。剣は」


「口は?」


「別行動でした」


「器用なやつじゃのう」


 師匠は酒瓶を揺らしながら立ち上がった。


 小柄な身体。


 幼い見た目。


 だが、その一歩だけで、湿原の空気が静まる。


 竜を前にしても一切動じなかった存在感が、改めてそこにあった。


「まあ、よい。倒せたなら十分じゃ」


「……ありがとうございます」


「褒めておるわけではないぞ。まだ荒い」


「はい」


「最後の踏み込みは悪くなかった。じゃが、二手前の受け流しが雑じゃ。あれでは真龍相手なら腕が飛ぶ」


「真龍相手の前提で評価しないでください」


「いずれ戦うかもしれんじゃろ」


「戦いたくありません」


「剣聖が何を言っておる」


「剣聖なんて、民衆が勝手に言ってるだけですよ。私は自分が剣聖だとは一度も名乗ってませんし」


「そんな言い訳は良いわい。お主が認めんでも、民衆がそう決めたなら、そうなるんじゃわ」


「そうだとしても、剣聖にも戦いたくない相手くらいいます」


 エルシアは疲れ切った顔で剣を鞘に納めた。


 師匠はそんな弟子を見上げ、少しだけ楽しそうに笑う。


「さて、次の場所に向かうぞ」


「このままですか?」


「竜を倒した程度で休んでどうする」


「普通は休みます」


「お主は普通ではなかろう」


「師匠にだけは言われたくありません」


 エルシアは小さく呟いた。


 師匠がぴたりと足を止める。


「何か言ったか?」


「何も言っていません」


「そうか」


 師匠は再び歩き出す。


 エルシアは肩を落としながら、その後を追った。


 湿原の霧の向こうへ、二つの影が消えていく。


 昔馴染みの男を探す旅は、まだ続く。


 そして。


 肝心の昔馴染みは今この瞬間、湿原とは遥か遠く離れた場所で、災厄の魔女と呼ばれる少女を連れて王都を出発しているのだが。


 二人は、まだ知らなかった。

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