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異世界に特定外来生物《世界改変おじさん》が放出されました〜勝手に異世界に召喚されたから常識改変で世界をめちゃくちゃにしても問題ないよね?〜  作者: 黒海苔
倫理観崩壊レベル1

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第十二話:災厄の魔女と夕食を食べた件

 階下へ降りる前に、恒一は窓の外を見た。


 通りは、まだ落ち着いていなかった。


 兵士らしき者が何人か走り、冒険者たちが周囲を警戒するように立ち止まっている。


 市場の方では、先ほどの魔力について話しているのだろう。人々が不安そうに顔を寄せ合っていた。


「……まだ駄目だな」


 恒一は小さく呟く。


 あの一瞬の魔力。


 リリスにとっては、感情が昂った拍子に少し漏れただけ。


 だが、この街にいる者たちにとっては違う。


 正体不明の巨大な魔力が、王都の中で発生した。


 それだけで、十分すぎるほどの騒ぎになる。


 今、外へ出るのは危険だ。


 少なくとも、兵士や冒険者たちの警戒が緩むまでは、宿にいた方がいい。


 恒一は窓から離れた。


「今日はここから出ない」


 リリスが首を傾げる。


「どうして?」


「街が少し騒がしくなってる」


「……リリスのせい?」


 その声が、少しだけ小さくなった。


 恒一はリリスを見る。


 さっきまで嬉しそうにしていた少女が、人形を抱き締め、申し訳なさそうに目を伏せていた。


 見た目通りの子どものような表情だった。


 国を滅ぼすほどの魔力を持つ災厄。


 そう呼ばれる存在だと知っている。


 だが今、目の前にいるのは。


 叱られるのを怖がる、ただの幼い少女にしか見えなかった。


「それは違う」


 恒一は静かに言った。


「でも、リリスが魔力を漏らしたから……」


「たしかに、それがきっかけではある」


 否定しすぎても不自然だ。


「けど、悪気があったわけじゃないだろ」


「うん……」


「なら、次から気をつければいい」


 リリスは不安そうに見上げてくる。


「怒ってない?」


「怒ってない」


「本当?」


「ああ」


 リリスは少しだけ安心したように、人形を抱く力を緩めた。


 恒一は、もう一度窓の外を見る。


 兵士の姿。


 ざわつく街。


 王城の方角。


 このまま王都に留まるのは、危険かもしれない。


 リリスの魔力を見た者がいる。


 抱きついた瞬間を見た者もいる。


 自分の顔までははっきり覚えられていないかもしれない。


 だが、可能性はある。


 これ以上目立つ前に、王都を離れた方がいい。


 恒一はそう判断した。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして、恒一はリリスを連れて一階へ降りた。


 食堂には客が少なかった。


 街の騒ぎのせいか、外の様子を見に行っている者が多いらしい。


 コレットはカウンターの近くで、落ち着かない様子で耳を揺らしていた。


「あ、コウイチさん……」


 彼女は恒一を見る。


 それから、隣にいるリリスを見た。


 リリスは恒一の服の裾を掴んだまま、じっとコレットを見つめている。


「その子……大丈夫なんですか?」


「今のところは」


「今のところ……?」


 コレットの耳が不安そうに下がった。


 恒一は少し考え、口を開く。


「コレット。たぶん、俺は近いうちにこの街を出る」


「え……?」


 コレットの表情が止まった。


「出る、って……王都をですか?」


「ああ」


「どうして急に……」


「街が落ち着いたら、だ。今すぐじゃない」


 恒一は言った。


「でも、今回のことで少し目立った。これ以上ここにいると、面倒になるかもしれない」


「……そう、ですか」


 コレットは視線を落とした。


 尻尾が、力なく下がっている。


 恒一は少し言葉に詰まった。


 彼女には世話になった。


 宿を紹介してもらい、飯を食わせてもらい、何度も助けられた。


 だからこそ、黙って消えるのは違うと思った。


「世話になった」


「まだ出ていくって決まったわけじゃないですよね?」


「街が落ち着いたら、たぶんな」


「……そっか」


 コレットは寂しそうに笑った。


 それから、少しだけ無理をして明るい声を出す。


「私は宿屋の仕事がありますから、一緒には行けませんけど」


「ああ」


「頑張ってくださいね」


 コレットはそう言って、まっすぐ恒一を見た。


「それと……また戻ってきてください」


 恒一は少し黙った。


 そして、小さく頷く。


「戻れそうなら、戻る」


「そこは、戻ってくるって言ってくださいよ」


「善処する」


「もう……」


 コレットは苦笑した。


 寂しそうではあった。


 けれど、泣きそうにはならなかった。


 宿屋の娘として、旅立つ客を見送ることには慣れているのかもしれない。


 あるいは、無理をしているだけかもしれない。


 恒一には、どちらかわからなかった。


 ◇ ◇ ◇


 そのやり取りを、リリスは黙って見ていた。


 そして、恒一の服の裾をぎゅっと握る。


「お父様」


「なんだ」


「お父様が街を出るのって……リリスのせい?」


 幼い声だった。


 リリスは、今にも泣きそうな顔で恒一を見上げている。


「リリスが、魔力を漏らしたから?」


「違う」


 恒一はすぐに答えた。


「でも……」


「いつかは出ようと思っていた」


 それは、半分本当だった。


 この王都にずっと留まるつもりはなかった。


 王城がある。


 勇者たちがいる。


 自分を追い出した国の中心だ。


 長居すれば、いずれ何かに巻き込まれる。


「今回は、いい機会になっただけだ」


「いい機会……?」


「ああ。だから、君のせいじゃない」


 リリスはまだ不安そうだった。


 恒一は少し迷い、彼女の頭に手を置いた。


 黒紫の髪は、思ったより柔らかかった。


「次から気をつければいい。それでいい」


 リリスの瞳が、ゆっくりと見開かれる。


 頭を撫でられたことが、そんなに嬉しいのか。


 彼女は人形を抱き締めたまま、小さく頷いた。


「……うん」


 その顔を見て、恒一は改めて思う。


 この少女は、強大な魔女だ。


 国を滅ぼせるほどの魔力を持っている。


 だが、精神のどこかは見た目相応に幼い。


 愛されたかった。


 捨てられたくなかった。


 怒られたくなかった。


 そういう感情が、そのまま顔に出る。


 だからこそ、余計に危うい。


 扱いを間違えれば、泣くだけでは済まない。


 恒一は静かに息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


「とりあえず、飯にしよう」


 恒一が言うと、コレットがはっとしたように顔を上げた。


「あ、そうでした。すぐ用意しますね」


「悪い」


「いえ。外が騒がしいので、温かいものを食べた方がいいです」


 コレットはそう言って、厨房へ向かう。


 恒一とリリスは席についた。


 リリスは隣の椅子に座ったが、恒一の服の裾は離さない。


「食べにくくないか?」


「大丈夫」


「俺が食べにくい」


「……離した方がいい?」


 しょんぼりした声だった。


 恒一は少しだけ考える。


「少しだけならいい」


「うん」


 リリスは嬉しそうに、裾を掴む指の力を緩めた。


 しばらくして、料理が運ばれてくる。


 湯気の立つスープ。


 焼いた肉。


 柔らかなパン。


 小さな皿には、甘く煮た果物が添えられていた。


「リリスちゃん、食べられないものはありますか?」


 コレットが尋ねる。


 リリスは少し考えた。


「わからない」


「わからない?」


「ずっと、あまり食べてなかったから」


 コレットの表情が一瞬だけ固まる。


 だが、すぐに柔らかく笑った。


「じゃあ、少しずつ食べてみましょう」


「うん」


 リリスはスプーンを持ち、スープを一口飲んだ。


 その瞬間、琥珀色の瞳が丸くなる。


「……あったかい」


「うまいか?」


 恒一が聞くと、リリスはこくこくと頷いた。


「おいしい」


「そうか」


「お父様と食べるから、もっとおいしい」


「そういうものか」


「うん」


 リリスは幸せそうにスープを飲む。


挿絵(By みてみん)


 その姿だけ見れば、本当にただの子どもだった。


 少し変わった服を着た、少し寂しがりな少女。


 災厄の魔女などという物騒な呼び名は、まるで似合わない。


 恒一もパンをちぎり、スープに浸して口に運んだ。


 外では、まだ街のざわめきが続いている。


 兵士たちは動き回っているだろう。


 王城も、ギルドも、何かを探しているかもしれない。


 だが、この宿の一角だけは、妙に穏やかだった。


「お父様」


「なんだ」


「これから、どこに行くの?」


「まだ決めてない」


「リリスも一緒?」


「ああ」


 リリスは、ぱっと笑った。


「うん」


 その笑顔を見て、恒一は内心で頭を抱えたくなった。


 何も解決していない。


 むしろ、問題は増えた。


 王都を離れる準備。


 リリスの扱い。


 コレットへの説明。


 追手の可能性。


 そして、ノートで作った記憶の綻び。


 考えることは山ほどある。


 だが今は。


 目の前の少女が、嬉しそうにスープを飲んでいる。


 それだけだった。


「……まずは飯だな」


 恒一は小さく呟いた。


 リリスが不思議そうに首を傾げる。


「飯?」


「そうだ。腹が減ってると、ろくなことを考えない」


「じゃあ、いっぱい食べる」


「ああ。食べろ」


 リリスは嬉しそうに頷き、パンを両手で持った。


 コレットがその様子を見て、少しだけ微笑む。


 寂しさは消えていない。


 不安もある。


 けれど、それでも食卓には温かい空気があった。


 街が混乱している中で。


 王城が大慌てになっている中で。


 佐藤恒一は、災厄の魔女と呼ばれる少女と向かい合い、普通に夕食を食べていた。


 それは、ひどく奇妙で。


 けれど少しだけ、穏やかな時間だった。

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