幕間六:勇者たちが、世界の本当の危険に触れた件
天城ハルトは、王城の訓練場で木剣を振るっていた。
「はぁっ!」
踏み込み。
斬り上げ。
返す刃で横薙ぎ。
以前なら身体が流れていた動きも、今では少しずつ形になってきている。
対面の副団長が、木剣でその一撃を受け止めた。
「悪くない。だが、まだ踏み込みが浅い」
「はい!」
ハルトは息を整え、もう一度構える。
訓練場の端では、白雪ミオが神官から回復魔法の基礎を教わっていた。
淡い光が彼女の手のひらに灯り、小さな切り傷を塞いでいく。
「すごい……本当に治ってる」
「ミオ様は飲み込みが早いですね」
「い、いえ、まだ全然です」
少し離れた場所では、九条アリサが雷魔法の制御訓練をしていた。
指先に青白い雷光が弾ける。
「おおっ、いい感じじゃん」
「アリサ様、出力を抑えてください! 壁が焦げます!」
「わかってるって!」
いつも通りの訓練。
いつも通りの王城。
そのはずだった。
――ぞわり。
空気が、震えた。
「……っ!?」
ハルトの身体が硬直する。
直後、訓練場にいた騎士たちが一斉に顔を上げた。
副団長の表情が変わる。
穏やかだった目が、鋭く細められた。
「今のは……」
誰かが呟いた。
ミオが胸元を押さえる。
「な、なに……? 今、すごく嫌な感じが……」
アリサも雷を消し、顔をしかめた。
「魔力……だよね? 今の」
訓練場の空気が、ざわつき始める。
次の瞬間。
王城の警鐘が鳴った。
低く、重い鐘の音。
一度。
二度。
三度。
ただの連絡ではない。
異常事態を告げる音だった。
「副団長!」
兵士が訓練場へ駆け込んでくる。
顔色が悪い。
「王都南区付近で、極大規模の魔力反応を確認! 発生源は不明! 一瞬だけですが、宮廷魔術師団が全員感知しました!」
「被害は?」
「現在確認中です! ただ、魔力波だけで馬が暴れ、市民にも混乱が出ています!」
副団長は短く指示を出した。
「魔術師団に探査を続けさせろ。近衛の一部を王城防衛に回す。市街には小隊を出せ。ただし、刺激するな」
「はっ!」
兵士が駆け出していく。
ハルトは木剣を下ろした。
「副団長、今のって……魔物ですか?」
「わからん」
副団長は短く答えた。
「だが、普通ではない」
その声には、明らかな緊張があった。
ハルトは初めて見る。
いつも落ち着いていて、どんな時も余裕を崩さない副団長が。
今、本気で警戒している。
「俺たちも行きます」
ハルトが言った。
ミオとアリサも、すぐにこちらを見る。
「あたしも行く。今の、絶対ヤバいやつでしょ」
だが、副団長は首を横に振った。
「なりません」
「でも!」
「勇者殿たちは、まだ訓練中の身です。未知の魔力反応に近づけるわけにはいかない」
「俺たち勇者なんですよね? なら――」
「だからこそです」
副団長の声が、低くなった。
「勇者殿たちに万一のことがあれば、王国全体が揺らぎます。今は王城内で待機してください」
ハルトは言葉に詰まった。
正論だった。
だが、胸の奥がざわついている。
街で何かが起きている。
それなのに、自分はここで待つことしかできない。
「……わかりました」
ハルトは木剣を握り締めた。
悔しかった。
昨日、自分たちは王都の人々に歓迎された。
笑顔で手を振られた。
勇者様と呼ばれた。
その街で何かが起きているのに、何もできない。
「ハルト」
ミオがそっと声をかける。
「今は、言われた通りにしよう」
「……うん」
アリサも珍しく真面目な顔をしていた。
「でも、何かあったらすぐ動けるようにはしとこ」
「ああ」
三人は頷き合う。
訓練場の外では、兵士たちが慌ただしく走り回っていた。
王城全体が、急速に緊張へ包まれていく。
◇ ◇ ◇
王城上階。
宮廷魔術師団の観測室では、魔術師たちが額に汗を浮かべていた。
「反応は消失!」
「発生時間は一瞬です!」
「ですが、魔力量の推定値が……」
「馬鹿な。測定器の故障ではないのか?」
「全て同じ数値を示しています!」
室内が静まり返る。
老魔術師が、震える手で水晶盤を見つめた。
「……ありえん」
「団長?」
「今の魔力量は、少なくとも宮廷魔術師百人分を遥かに超えている」
誰かが息を呑んだ。
「そんな存在が、王都の中に……?」
老魔術師は答えなかった。
答えられなかった。
ただ、窓の外に広がる王都を見下ろす。
人々が暮らす街。
商人が行き交う通り。
冒険者たちが集う南区。
そのどこかに。
一瞬だけ、常識外れの魔力を漏らした何かがいる。
「探せ」
老魔術師は静かに言った。
「ただし、慎重にだ。もし今の反応の主が、本気で魔力を解放したなら……」
言葉が途切れる。
誰も続きを聞かなかった。
聞かなくても、わかっていた。
王都そのものが、危ない。
◇ ◇ ◇
訓練場に戻ったハルトは、落ち着かない様子で王都の方角を見つめていた。
「……昨日、俺たちが歩いた街だよな」
「うん」
ミオが頷く。
「あの辺、宿屋とか市場が多い場所だったよね」
「何も起きてなきゃいいけど」
アリサが腕を組む。
ハルトは拳を握った。
強くなりたい。
さっきまで感じていた成長の実感が、急に小さなものに思えた。
副団長と少し長く打ち合えた。
初級魔法が安定してきた。
そんなことでは、まだ足りない。
今の魔力。
あれが敵なら。
今の自分では、きっと何もできない。
「もっと、強くならないと」
小さく呟く。
ミオとアリサが、静かにハルトを見た。
王城の警鐘は、まだ鳴り続けている。
その音を聞きながら。
三人の勇者は初めて、この世界の本当の危険に触れた気がした。
◇ ◇ ◇
その魔力の主が。
今頃、王都の片隅の宿屋で。
自分を”お父様”と呼ぶ少女として、佐藤恒一の服の裾を握り。
「お父様と、ご飯」
と、幸せそうに呟いていることなど。
彼らは、まだ知らなかった。
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