幕間四:勇者たちが王都を見学したら、大変なことになった件
訓練を終えたハルトたちは、夕暮れの庭で「明日は王都へ出てみよう」と約束を交わした。
召喚されてから一週間。
少しずつこの世界に慣れてきた今だからこそ、王城の外を、自分たちの目で見てみたかった。
ミオとアリサと別れた後、ハルトは一人で訓練場へ向かった。
「どうせなら、先に言っておいた方がいいよな」
明日の訓練が終わってから急に頼むより、今のうちに相談しておいた方がいい。
そう思っての行動だった。
◇ ◇ ◇
訓練場には、まだ副団長が残っていた。
騎士たちへ明日の指示を出し、木剣や防具の確認をしている。
「あの、副団長」
「勇者殿。どうされました」
「少しお願いがあるんですけど」
副団長がハルトへ向き直る。
「明日、俺たち三人で王都の街を見に行きたいんです」
「王都を、ですか」
「はい。市場とか、普通の人たちの暮らしとか、まだちゃんと見られてなくて」
副団長はしばらく考え込んだ。
「よいでしょう」
「本当ですか?」
「勇者様方は、この一週間よく励んでおられます。息抜きも必要です」
副団長は頷く。
「では、明日の訓練は休みにして、一日王都見学に当てましょう」
「えっ、一日ですか?」
「中途半端に短時間では、かえって慌ただしいでしょう」
ハルトはぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます!」
「ただし、護衛はつけます。勇者様方に何かあってはなりませんので」
「それはもちろんです」
「うむ。では、そうと決まれば急ぎ各所へ連絡を入れねばなりませんな」
「……各所?」
嫌な予感がした。
副団長はすぐ近くの騎士へ声を飛ばす。
「明日、勇者様方が王都を見学される。護衛の編成、巡回路の確認、関係各所への通達を急げ」
「はっ!」
騎士たちが一斉に動き出した。
別の兵士がどこかへ走っていき、さらに別の騎士が紙束を抱えて駆け出す。
ハルトはその光景を見ながら、少し引きつった笑みを浮かべた。
「あの……そんな大ごとにしなくても」
「勇者様方の外出です。当然です」
「……ですよね」
この時点で、少しだけ不安はあった。
けれど。
翌日、あんなことになるとは思っていなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
王城の正門前へ来た三人は、門の外を見て固まっていた。
大通りの左右には、大勢の人々。
花を持った子どもたち。
整列した兵士。
笑顔で手を振る市民たち。
そして、やけに立派な横断幕。
『勇者様御一行 王都御見学歓迎』
アリサが無言でそれを指差した。
「……何あれ」
「俺にもわからない」
ハルトも固まる。
ミオは小さく呟いた。
「私たち、街を見に行くだけだよね……?」
そこへ、案内役らしき文官がにこやかに近づいてくる。
「勇者様方、本日はお待ちしておりました!」
「あの、これは……?」
ハルトが恐る恐る尋ねる。
「皆、勇者様方のために急いで準備したのですよ。昨日の夕方に通達したばかりですが、街の方々も大変張り切っておられまして」
「半日で!?」
アリサが思わず声を上げた。
「はい!」
満面の笑みだった。
三人は顔を見合わせる。
断れない。
ものすごく、断れない。
「……ありがたいですね」
ハルトが乾いた笑みを浮かべた。
「本当は普通にブラブラしたかっただけなんだけどね……」
アリサが小声で呟く。
◇ ◇ ◇
その後の王都見学は、完全に”歓迎行事”になっていた。
中央広場では市民たちの歓声が飛び交い。
花束を渡され。
子どもたちに囲まれ。
神官から祈りを捧げられ。
商人たちから「ぜひ我が店へ!」と熱烈に勧められる。
「勇者様ー!」
「こちらを向いてください!」
「光神の加護がありますように!」
三人は笑顔で手を振り返すしかなかった。
けれど。
「食べ歩きしたかった……」
アリサだけは、ずっとそれを引きずっていた。
◇ ◇ ◇
市場へ着いても、自由行動にはならなかった。
「こちらが王都商業区でございます」
案内役の文官が誇らしげに説明する。
露店には串焼き。
焼き菓子。
色鮮やかな果物。
光る魔道具。
見たこともない装飾品。
全部が面白そうだった。
だが。
三人は護衛騎士に囲まれながら、決められた道を歩くだけだった。
「……降りて見てもダメですか?」
ハルトが聞く。
「安全上の理由により、本日はお控えください」
「串焼きを買うだけでも?」
「申し訳ありません」
アリサが遠くの露店を見つめながら呟く。
「拷問かな?」
ミオが苦笑した。
「でも、綺麗だね」
「それはわかる」
ハルトも頷く。
市場は活気に満ちていた。
人々の笑顔。
呼び込みの声。
焼きたての匂い。
異世界の”日常”が、そこにはあった。
だからこそ。
自由に歩けないのが、余計にもどかしかった。
◇ ◇ ◇
夕方。
王城へ戻った三人は、庭のベンチへ崩れ落ちるように座った。
テーブルには、王都名物だという菓子や料理が並んでいる。
どれも美味しかった。
だが。
「違うんだよなぁ……」
アリサが遠い目をした。
「わかる」
ハルトも苦笑する。
「自分で選んで、自分で買いたかった」
「私も市場を歩いてみたかった」
ミオが小さく笑う。
しばらく三人は、夕暮れの空を眺めた。
今日の見学は、想像していたものとは少し違った。
けれど。
王都の賑わいも、人々の笑顔も、本物だった。
あの活気は、本当に見てよかったと思う。
「次は、ちゃんと普通に歩きたいね」
ハルトが言った。
「うん」
ミオが頷く。
「絶対食べ歩きする」
アリサが真顔で宣言した。
「そこは譲らないんだ」
「譲らない」
三人はまた笑った。
勇者として歓迎された一日。
けれど彼らの心に一番残ったのは。
豪華な歓迎でも、神官の祈りでもなく。
市場に漂っていた、串焼きの香りだった。
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