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異世界に特定外来生物《世界改変おじさん》が放出されました〜勝手に異世界に召喚されたから常識改変で世界をめちゃくちゃにしても問題ないよね?〜  作者: 黒海苔
倫理観崩壊レベル1

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第八話:伝説を手懐ける計画を立てたら、面倒な情報が来た件

 召喚されてから、一週間が経った。


 最初の頃は、何もかもが手探りだった。


 言葉は通じるのか。


 食べ物は安全か。


 宿の主人は信用できるか。


 一つ一つ確認しながら、慎重に動いていた。


 だが今は。


 コレットのいる宿が、当面の拠点になっていた。


 ギルドへの道も、薬草の採集ルートも、少しずつ頭に入ってきた。


 ミレイナとも顔なじみになり、最低限の情報なら聞けるようになった。


 ティナの店の場所も覚えた。


 この世界の通貨感覚も、大まかには掴めてきている。


 完全に馴染んだわけではない。


 むしろ、まだ知らないことの方が圧倒的に多い。


 だが。


 少なくとも、明日を生き延びる見通しは立っていた。


 三十八年間の社畜生活で培ったのは、知識でも体力でもない。


 どんな環境でも、最低限やっていけるだけの適応力だった。


 それは、異世界でも使えた。


       ◇ ◇ ◇


 朝食を終えた恒一は、部屋へ戻り、ノートを開いた。


 前に書いた二文を見返す。


『災厄の魔女の伝承には、彼女がかつて父親のように慕った男の話が存在する』


『白銀の剣聖の師匠は、かつて遠い異国から来た男と行動を共にしていたことがある』


 伝承には届いた。


 コレットは、それを「昔からある話」として自然に語った。


 だが、それだけでは足りない。


 問題は信憑性だ。


 伝承に「父親のような男がいた」という話が存在しても。


 実際に接触した時、向こうが「この人が、その男だ」と確信できなければ意味がない。


 ティナの件で学んだことがある。


 記憶はあっても、積み重ねがなければ綻ぶ。


 賢い人間ほど、違和感に気づく。


 《災厄の魔女》と剣聖の師匠。


 どちらも普通の存在ではない。


 薄い記憶では、すぐに崩れるかもしれない。


 だから。


 記憶を厚くする必要がある。


 表面的な伝承ではなく。


 二人の人生の中へ、直接。


 “その男と会った記憶”を植え付ける。


 恒一はペンを持ったまま、しばらく考えた。


 これは、これまでとは規模が違う。


 コレットへの影響は、行動の傾向を少し変える程度だった。


 ティナの記憶の書き換えも、恒一との関係性を変えただけだ。


 だが今回は違う。


 二人の“過去そのもの”を書き換える。


 存在しなかった記憶を、人生の中へ埋め込む。


「……やるか」


 小さく呟いた。


 迷いがなかったわけではない。


 だが。


 手は止まらなかった。


       ◇ ◇ ◇


 そして恒一は、さらに一文を書き足した。


『勇者召喚の記録には、はるか昔、一人の人間が巻き込まれる形でこの世界エーテラに召喚されたことが記されている。その者は勇者ではなく、異物として扱われたが、召喚後に王城を離れ、しばらくの間この世界を旅した』


 書き終えた。


 “巻き込まれ召喚”。


 その形は、自分の召喚とよく似ている。


 読む者がいれば、自然と連想するだろう。


 今回が初めてではなかったのではないか、と。


 過去にも、自分と同じような“異物”がこの世界へ来ていたのではないか、と。


 次。


『その人物は黒い髪を持ち、この世界の者とは異なる文化圏の出身であった。名は広く伝わっておらず、ただ「異国から来た旅の男」として断片的な記録が残るのみである』


 名前は残さない。


 それが重要だった。


 具体的な名前を残せば、矛盾が生じた時、一気に崩れる。


 だが、“異国から来た旅の男”という曖昧な呼び名なら、多少のズレは飲み込める。


 曖昧さは、改変の耐久性になる。


 恒一はそう判断した。


       ◇ ◇ ◇


 まず、《災厄の魔女》から書く。


 どんな記憶を植え付けるか。


 恒一は考えた。


 彼女は国を滅ぼすほどの魔力を持つ少女だ。


 誰もが恐れ、誰も近づかない。


 そういう存在にとって。


 “普通に接してくれた人間”は、どれほどの意味を持つか。


 答えは明らかだった。


 恒一はペンを走らせる。


『その旅の男は、放浪の途中で、膨大な魔力を持つ少女と出会った。少女は人里から離れた場所にいた。男は少女の力を恐れず、普通に話しかけた。それが少女にとって、生まれて初めての経験だった』


 書き終えて、恒一は少し手を止めた。


 《災厄の魔女》。


 国を滅ぼすほどの力を持つ存在。


 誰もが恐れ、近づかない。


 そんな少女に、普通に接してくれた人間がいたとしたら。


 それは確かに、“父親のように慕う”理由になる。


 少なくとも、理屈としては成立していた。


 恒一は続きを書く。


『男は少女と、短い間だが共に過ごした。少女は男を「お父様」と呼ぶようになった。だが男はある日、突然この世界から消えた。少女には何も告げずに』


 “突然消えた”。


 そこが重要だった。


 なぜ消えたのかは書かない。


 説明を省くことで、矛盾が生じにくくなる。


 召喚が解けたのか。


 別の理由で元の世界へ戻ったのか。


 あるいは、また別の場所へ飛ばされたのか。


 解釈の余地を残す。


 その曖昧さが、設定を支える。


 次。


『《災厄の魔女》は、その男の顔も声も、はっきりとは思い出せない。長い時間が経ちすぎた。だが、実際に目の前へ現れれば確信する。黒い髪。常に持ち歩いていた黒い手帳。そして、この世界の者とは違う空気。それだけで、わかる』


 書き終えた。


 顔を曖昧にする。


 これが重要だった。


 “顔が違う”と思われた瞬間、全てが崩れる。


 だが、“雰囲気でわかる”という感覚的な確信なら、矛盾しにくい。


       ◇ ◇ ◇


 次に、剣聖の師匠の方を書く。


 恒一は、師匠について詳しく知らない。


 だが、《白銀の剣聖》エルシア・ルーンフェルトが師と仰ぐほどの存在だ。


 普通の人間ではない。


 昔から、常人離れした力を持っていたはずだった。


 ならば、接点の作り方は同じだ。


 恐れない。


 媚びない。


 ただ対等に接する。


 それだけで、“特別な人間”として記憶に残る。


 恒一はペンを走らせた。


『同じ旅の途中で、男は後に《白銀の剣聖》の師匠と呼ばれることになる人物とも出会った。その人物は当時から並外れた力を持ち、多くの者に恐れられていた。だが男はその力に怯えることもなく、媚びることもなく、ただ一人の相手として対等に接した。二人は気が合い、短い間だが共に旅をした』


 これでいい。


 大切なのは、“力を恐れなかった”という事実だ。


 そこが、記憶の核になる。


 次。


『男は去り際に、一言だけ言葉を残した。その人物は、その言葉の意味を今も時折考えている。直接聞けないまま、男はこの世界から消えた』


 “一言”の内容は書かない。


 具体的な内容を書けば、後で矛盾する可能性がある。


 “気になっている”という感情だけを残す。


 それで十分だった。


『その人物もまた、男の顔や声を細かくは覚えていない。だが、目の前へ現れれば、すぐにわかる。黒い髪。異国の雰囲気。そして、あの時と変わらない目の色』


 書き終えた。


 “目の色”。


 顔立ちではなく、印象として残る部分。


 そこだけを曖昧に固定する。


 具体的な色を書かなければ、矛盾もしにくい。


 恒一は、ゆっくりとペンを置いた。


       ◇ ◇ ◇


 しばらく、静寂が続いた。


 ノートの文字を眺めながら、恒一は静かに考える。


 今、自分は何をしたのか。


 二人の人生へ、存在しなかった“過去”を植え付けた。


 《災厄の魔女》の中に。


 “普通に話しかけてくれた男がいた”という記憶が生まれる。


 剣聖の師匠の中に。


 “対等に接してきた異国の男と旅をした”という記憶が生まれる。


 二人は、その記憶を本物だと信じる。


 疑わない。


 記憶とは、そういうものだ。


 自分が経験したと感じたことを、人は簡単には疑えない。


 だから二人は、恒一に会った時。


 “そうだ、この人だ”と確信する。


 嘘の記憶が作り出した、本物の確信。


「……最悪だな」


 恒一は静かに呟いた。


 自分が何をしたのか、理解している。


 二人の人生へ、勝手に自分を書き込んだ。


 存在しなかった記憶を与えた。


 それは、これまでの改変とは次元が違う。


 コレットの行動傾向を変えた時とも。


 ティナとの関係性を書き換えた時とも。


 別の話だった。


 だが。


 手は止まらなかった。


       ◇ ◇ ◇


 そして。


 ノートを閉じながら、恒一はふと思った。


 今書いた内容は、完全な作り話だ。


 大昔にこの世界へ来たことなど、記憶にない。


 《災厄の魔女》に会ったことも。


 剣聖の師匠と旅したことも。


 全部、ない。


 ノートが作り出した虚構だ。


 なのに。


 書いている間、妙にリアルだった。


 人里から離れた場所にいる少女。


 誰にも近づかれず、誰も近づかない少女。


 そこへ、疲れ果てた中年男が迷い込む。


 恐れずに話しかける。


 ただ、それだけで。


 少女の目が変わる。


 あるいは。


 誰もが恐れるほどの力を持つ存在と、焚き火の前で並んで座る。


 力に怯えるでもなく。


 崇めるでもなく。


 ただ、くだらない話をする。


 そんな光景が、妙に自然に浮かんだ。


「……気持ち悪いな、俺」


 恒一は苦く笑った。


 自分で仕掛けた罠に、自分が少し引っかかっている。


 ノートをコートの内ポケットへしまう。


 さて、今日の依頼でも確認しようか。


 そう思って立ち上がった時。


 扉が、ノックされた。


       ◇ ◇ ◇


「コウイチさーん、いますか?」


 コレットの声だった。


「いる」


「ちょっといいですか? 面白い話があって!」


 扉を開けると、コレットが目を輝かせて立っていた。


 狼耳が、ぴんと立っている。


「どうした」


「今日、街で聞いたんですけど」


 コレットは少し身を乗り出した。


「召喚された勇者様たちが、今日王都を見学に来るらしいんです! 街に出れば見られるかもしれませんよ!」


 尻尾が大きく揺れている。


 明らかに、自分も見に行きたいという顔だった。


 恒一は少し考えた。


 勇者。


 天城ハルト。


 白雪ミオ。


 九条アリサ。


 召喚の時に一緒だった三人。


 向こうは、自分の顔を覚えているかもしれない。


 まだ一週間しか経っていない。


 覚えていれば、声をかけてくる可能性がある。


 勇者に声をかけられれば、目立つ。


 目立てば、王城の人間の耳に入る可能性がある。


 王城。


 自分を追放した場所。


 今は関わるべきではない。


 こちらの生活基盤も、ノートの準備も、まだ整いきっていない。


 この段階で王城と接点を持つのは危険だった。


 それに。


 あの三人と再会すれば、色々と話すことになる。


 自分がどこで何をしているのか。


 何を考えているのか。


 話せる内容など、何もない。


「遠慮しておく」


 恒一は答えた。


 コレットの耳が、ぺたんと下がる。


「えっ、なんでですか? せっかくの機会なのに」


「人混みが嫌いだ」


「……それだけですか?」


「それだけだ」


 コレットはしばらく恒一の顔を見ていた。


 何かを読もうとしているような目だった。


 だが、恒一は表情を変えなかった。


「……わかりました。じゃあ私も残ります」


「行ってきていいぞ」


「コウイチさんがいないと、お留守番する人がいないので」


「俺がいる」


「コウイチさんがお留守番される人です」


 恒一は少し黙った。


「……そうか」


「そうです」


 コレットはにこりと笑った。


 尻尾が、ゆっくり揺れている。


 恒一は小さく息を吐く。


「好きにしろ」


「はい! じゃあ今日のお昼、ちょっと奮発しますね。勇者様が街に来る特別な日なので」


「それが理由か」


「はい」


 コレットはそう言って、軽い足取りで階段を降りていった。


       ◇ ◇ ◇


 部屋に戻り、窓の外を見る。


 エルドリアの街が、いつもより少しざわめいていた。


 勇者が来る。


 街の人間にとっては、一大イベントなのだろう。


 恒一には、関係のない話だ。


 少なくとも、今は。


 あの三人が王都にいる間は、できるだけ目立たないようにする。


 面倒を避ける。


 それもまた、三十八年間の社畜生活で培った技術だった。


「……まぁ」


 恒一はコートの内ポケットに触れた。


 ノートの感触がある。


 やることは変わらない。


 少しずつ、丁寧に。


 この世界を書き換えながら。


 自分の居場所を作っていく。


 窓の外で歓声が上がった。


 勇者が、街へ入ってきたのかもしれない。


 恒一は静かにカーテンを閉めた。


       ◇ ◇ ◇


 ――その頃。


 世界のどこかで。


 二人の記憶が、静かに書き換わっていた。


 《災厄の魔女》の胸の奥に。


 “黒い髪の男が、普通に話しかけてくれた”という記憶が生まれる。


 白銀の剣聖の師匠の記憶の片隅に。


 “異国から来た男と、短い旅をした”という記憶が生まれる。


 二人は、その記憶がたった今植え付けられたものだとは知らない。


 ずっと前からあった記憶だと信じている。


 そして。


 二人とも、その男の顔をはっきりとは思い出せない。


 だが。


 会えば、わかる。


 そういう確信だけが、胸の中に残っていた。


 嘘から始まった記憶が。


 本物の感情を動かし始めていた。

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