幕間二:勇者たちは今日も元気らしい件
朝の光が、訓練場の石畳を白く照らしていた。
天城ハルトは木剣を構え、大きく息を吸う。
対面に立つのは、王城騎士団の副団長。
白髪交じりの厳つい顔。
傷だらけの両腕。
一目で歴戦の猛者とわかる男が、静かに剣を構えていた。
「来い、勇者殿」
「はい……っ!」
ハルトは地面を蹴った。
速い。
自分でも驚くほど身体が動く。
召喚される前とは、明らかに違っていた。
だが。
副団長は、その一撃を軽く捌く。
次の瞬間、足を払われ、ハルトは石畳へ叩きつけられた。
「っ……!」
痛い。
本気で痛い。
それでも。
ハルトは笑っていた。
「もう一回、お願いします!」
副団長が、わずかに目を細める。
「……勇者殿は、何度倒れても笑うのですな」
「だって、強くなってる実感があるので」
ハルトは立ち上がりながら答えた。
「召喚された直後より、絶対速くなってます。副団長の動きも、少し見えてきた気がします」
「ほう」
「まだ全然追いつけてないですけど」
副団長はしばらくハルトを見つめ。
やがて、小さく笑った。
「ならば、もう一度だ」
「はい!」
再び踏み込む。
また弾かれる。
また倒れる。
だが確かに。
召喚されたばかりの頃より、長く打ち合えていた。
それが、嬉しかった。
◇ ◇ ◇
訓練が終わる頃には、いつものようにミオとアリサが待っていた。
「お疲れー、ハルト」
アリサが手を振る。
「また転んでたね」
ミオが苦笑した。
「見てたの?」
「最後の方だけ」
「恥ずかしいな……」
ハルトは頭を掻く。
「でも、さっき結構続いてたじゃん」
アリサが言った。
「気づいてた?」
「うん。最初の頃より全然マシ」
「でしょ!」
三人で笑いながら、王城の廊下を歩く。
石造りの廊下。
壁画の並ぶ高い天井。
窓の外には、王都の街並みが広がっていた。
召喚されてから一週間。
最初は戸惑うことばかりだった。
右も左もわからず。
本当に生きていけるのか、不安だった。
だが今は。
この世界にも、少しずつ慣れ始めている。
「ハルト、午後の魔法訓練、私も見に行っていい?」
ミオが尋ねた。
「もちろん。ミオの回復魔法も見たいし」
「えっ、そんなに変わった?」
「かなり。最初と全然違う」
「ほんとに? よかった……」
ミオがほっと息をつく。
「あたしは午後、雷魔法の応用訓練だから別行動ね」
アリサが言った。
「アリサも最近また強くなったよな」
「わかる?」
「昨日の模擬戦、騎士さんたち普通に引いてたし」
「あはは、そりゃそうでしょ」
アリサが笑う。
廊下の角を曲がると、食堂への扉が見えた。
「お腹空いたー。早く昼ごはん食べよ」
「アリサはほんと元気だよね」
「食欲は大事だから」
また笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
三人で食堂へ向かいながら。
ハルトはふと、召喚された日のことを思い出した。
あの日、一緒に現れたスーツ姿の中年男。
疲れた目をした、どこにでもいそうな会社員だった。
「……そういえばさ」
ハルトが何気なく口を開く。
「俺らと一緒に召喚された、おっさんいたじゃん」
「あー、いたね」
アリサが頷く。
「スーツ着てた人でしょ?」
「そうそう。名前なんだっけ」
「んー……忘れた」
「まあ、いいか」
三人は軽く笑った。
「でも、あの人今どうしてんだろ」
「まあ、どっかで元気にしてるでしょ」
アリサは軽い調子で言う。
「金貨も貰ってたし、案外普通に暮らしてんじゃない?」
「かもね」
ハルトも深くは考えなかった。
「それより今日の昼ごはんの方が大事なんだけど」
「アリサはそればっかだね」
ミオが苦笑する。
「だってお腹空いたし」
三人で笑った。
食堂の扉を開けると、昼食の匂いが広がる。
「わ、今日肉だ!」
アリサが真っ先に反応した。
「ほんとだ、大きいやつ」
「早く行こ早く行こ!」
アリサがずんずん歩いていく。
ミオがその後を追う。
ハルトも小さく笑いながら、二人の後を歩き出した。
◇ ◇ ◇
午後の訓練が終わる頃には、空は夕焼け色に染まっていた。
三人は王城の庭へ出る。
「今日も一日終わったー」
ハルトが大きく伸びをした。
「疲れたけど、楽しかった」
「ハルトの光魔法、また伸びてたね」
ミオが言う。
「そう?」
「うん。最初と全然違う。初級魔法ならもう安定してると思う」
「ミオの回復魔法もすごかったよ。教官、普通に驚いてたし」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
ミオが照れくさそうに笑う。
「あたしは今日も完璧だったけど」
アリサが胸を張った。
「はいはい」
「何その反応」
三人でまた笑った。
夕暮れの風が、静かに庭を吹き抜ける。
この世界へ来て一週間。
まだ知らないことは多い。
けれど。
少しずつ、“ここで生きていく”実感が芽生え始めていた。
「ねえ、明日の訓練終わったら街に出てみない?」
アリサが言った。
「街?」
「せっかく異世界にいるんだからさ。王都、ちゃんと見てみたいじゃん」
「いいね」
ハルトは頷く。
「ミオは?」
「私も行きたい。市場とか気になるし」
「じゃあ決まり!」
三人で約束する。
空には、一つ二つと星が瞬き始めていた。
「ハルト、行くよ」
アリサに呼ばれる。
「あ、ごめん」
ハルトは空から視線を戻した。
二人が先に歩いていく。
その背中を追いながら。
ハルトは小さく笑った。
明日も、きっと忙しくなる。
そんなことを思いながら、三人は夕暮れの庭を後にした。
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