4 君に紹介したい男がいるんだ
宿舎に迎えに来た馬車に乗ったオリーブが連れて行かれたのは、王都の一等地にあるフロスティ公爵家の屋敷だった。
そこでオリーブを待っていたのは、目を奪われるような美しさを持つひとりの男性だった。
「ようこそ。オリーブ・マルーン伯爵令嬢。適当に掛けてくれ」
彼のその言葉を合図に、執事がオリーブの椅子を引いた。
オリーブは執事や侍女が壁際に控えていることを──二人きりではないことを確認すると、彼に視線を戻した。
(──細いわね)
彼はジェード・フロスティと名乗った。
こういった優男の方が王都ではモテるのだろうが、オリーブの第一印象はそれだ。
宿舎の騎士もそうだが、辺境の男性を見慣れているオリーブにはどうしても頼りなく感じてしまう。学園生時代にヴェルトを忘れられず、伴侶を探す気になれなかった一因でもある。
「突然悪かったね。どうしても君と話しておきたくてね。今日を逃せば随分先になってしまうんだ」
「仕事先にも一筆送ってくださったようですし、さして問題はありません。で、公爵令息のあなたが私に何の御用でしょう」
オリーブが探るようにジェードに問うた。当然だがオリーブに公爵家の知り合いはいない。
彼がわざわざ馬車を寄越してまでオリーブとの面会を望んだ理由が分からないのだ。
「これでも君には申し訳ないことをしたと思っているんだ。ブラッシュ辺境伯令嬢から手紙をもらって驚いたよ。アレがこんな弊害をもたらすなんて──」
その言葉で腑に落ちた。
オリーブには公爵家の知り合いはいない。しかし、直接ではないが関わりのある公爵令息なら一人いる。
「あなたが権力に物を言わせてエボニーを辺境に送って来た公爵令息──ですか?」
辺境での出来事を思い出し、つい棘のある言い方になってしまった。しかし、ジェードは気を悪くした素振りも見せず、むしろ面白いものを見たかのように余裕の笑みを浮かべた。
「随分な言われようだね。別に権力に訴えてはいないよ。
今回僕の都合で急に平民の彼女を王都から出さなくてはいけなくなったんだ。
だけど面倒くさいことに、放り出すことにも、後妻や修道院行きにも納得しない人がいてね。
そこで以前ヴェルトがなかなか婚約者が出来ないと嘆いていたことを思い出したんだ。だからちょうどいいと思ってヴェルトに打診したんだよ」
終始、人好きのする柔和な表情を浮かべてはいるが、どこか相容れない冷ややかさを感じる。
恐らく彼は、オリーブのことを視界に入れてはいるが『見て』はいないのだ。
しかし彼がエボニーを辺境に送ったのであれば、彼がエボニーの不義の相手──ではなかったが──だということになる。エボニーはよくこの男と長い時を共に出来たものだとオリーブは感心した。
「君、僕を前にしても態度が変わらないね。その辺の令嬢であれば僕に見惚れてまともに話なんて出来ないのに」
ジェードはオリーブをしばらく見つめたあと、心底感心したようにそう言った。
かなり自信過剰な発言にも思えるが、その発言は自慢ではなく、この男がオリーブを試しているようにも聞こえる。
それに、彼の容姿であるならその発言も仕方がないのかもしれない。彼の声音から、そういった令嬢たちを嫌悪していることが伝わってくるからだ。
令嬢に人気があることは喜ばしいことなのではないかと思っていたが、過剰な人気は苦痛らしい。
「僕には唯一の──婚約者からの気持ちだけあればいいからね。それ以外は無意味なんだ」
オリーブの頭の中を読んだような言葉にドキリとする。
ジェードと比べられていたのであれば、エボニーから『わかり易い』と評されたのは納得がいった。
唯一──。一人の男性にそんな風に思われている令嬢がうらやましいなと思う。
オリーブにはそのように思える人も、思ってくれる人もいないのだ。
一瞬、オリーブの脳裏に休憩時間になると自分の元にやってくるシトロンの顔がよぎる。
彼もこんな風に他の誰かを想っているのであれば、談話室のことを令嬢たちに話したのは申し訳なかったなと思った。
「今回の件は、僕ですら予想外だった。先ほど僕が述べた弊害という言葉を覚えているかい?」
アレがこんな弊害をもたらすなんて──そう、確かにジェードは言っていた。
オリーブが頷くと、彼は満足そうに微笑み、とんでもないことを口にした。
「そこで本題なんだが、君に紹介したい男がいるんだ」




