3 召喚状
「リブ!喉が渇いたっ」
オリーブが玄関の掃除をしているとシトロンがやって来た。
おかしい。談話室には先ほどの令嬢たちがいたはずだ。
「──談話室に侍女がいたでしょう?彼女たちは淹れてくれなかったのですか?」
「彼女らなら少しオハナシしたら訓練場に向かっていったよ。沢山話したから、オレ喉が渇いちゃって・・・」
考え込んでしまったオリーブの隙を突いて、シトロンがオリーブの手を取る。
そんなはずはないのだけど、とオリーブは思ったが、早くしないと休憩が終わってしまうよというシトロンの声に大人しく談話室に向かうことにした。
考え事をしていたため、シトロンに手を引かれていることには気付かなかった。
*--*--*
「あれ?リブは?」
数刻前、シトロンが談話室に向かうと、いつもこの時間にここの掃除をしているはずのオリーブが見当たらなかった。
その代わり、いつもしつこくシトロンに付き纏っている令嬢たちがソファーに腰掛けていた。テーブルにはちょっとした菓子と、湯気の香り立つティーカップが複数。
「オリーブさんなら今日は他の場所を掃除していらっしゃいますわ」
「へぇ」
シトロンの顔から人好きのする可愛らしい微笑みが消え、仄暗い影が差した。
令嬢たちはシトロンの興味をひくのに気を取られ、それに気付かない。
「シトロン様、あたたかい紅茶がお好みでしたのね」
「これからはわたくしが、いつでもお好きな時に入れて差し上げますわ」
「私だって、お茶を淹れるのは得意ですわ」
「お勧めの茶葉がありますの。ですから──」
シトロンに駆け寄り、口々に口にする。
その中の誰かがシトロンの手を取りソファーへと誘導しようとした。
「──嫌いだよ」
シトロンは令嬢の手が自身に触れる前にそっと躱すと、令嬢が言葉を言い終わる前にそれを遮った。まるで、その“音”を耳に入れたくもないと言った風に。
「え?」
背筋にひんやりとしたものを感じた令嬢らがシトロンを見るが、彼はいつもと変わらぬ微笑を浮かべていた。
「ごめんね。嫌いなの、そのお茶」
「で、ですがオリーブさんはシトロン様がこのお茶を好んで飲むと──」
「まぁ!彼女、シトロン様を独り占めするためにわたくしたちに嘘を──」
「勘違いしないでくれる?オレが好きなのは、リブが淹れたお茶だよ。それにリブはオレにお茶を淹れてくれる時に自分の分のお茶を淹れたりしない。一緒に飲んだらオレの休憩にならないからってさ。
──リブを連れてくるから、ソレ片付けてどっか行っていてね」
そう、オリーブはシトロンと一線を引き、頑なに一緒にお茶を飲もうとはしない。
オリーブなら──リブが一緒に飲んでくれたら疲れなんて吹き飛ぶのに。
「・・・じゃ、片付け、頼んだよ」
そう言って出ていこうとするシトロンを令嬢が呼び止める。
「待ってください。オリーブさんは今年二十四になるそうですよ」
「そうです、シトロン様の五つも年上ではないですか!」
「わたくしならオリーブさんと違って若くて美しいです」
「私だってあなたの隣に立っても遜色のない──ひっ・・・!」
令嬢たちが口にする言葉を聞いて、一瞬、シトロンの顔から表情が抜け落ちた。
その、何の感情も読み取れない瞳から感じるのは、明らかな侮蔑と殺意──。
でもそれは、瞬きの間に消えた。
「お前ら──、おっとごめんね。オレ、君たちの名前知らないからさ。君たちは、はっきり言わないと理解できないみたいだから言葉にするね」
シトロンは笑みを崩さずに続けた。
「──若さと美しさ?オレがいつそんなものを欲しいと口にした?おまけにオレの隣に立って遜色ないだって?笑えない冗談は止めてくれないか。
月並みなことを言うけれど、若さとか美しさはいずれ失われる。そんなものを磨いたって誰かの唯一になどなれるはずなどないんだよ。
それでもそれを武器に戦うというのなら、それは君たちの勝手だけどね」
そもそもオリーブの年齢のことなどわざわざ言われなくとも知っている。
ここでシトロンに集っている令嬢とは違い、オリーブにはそんな些細なことなど気にもならないほどの価値があるのだ。
それはシトロンにとっての『唯一』になり得るほどに──。
「わかったら二度とオレの邪魔をしないでくれ」
唯一の『武器』を否定され微動だにしない令嬢たちを置いて、シトロンは談話室を後にした。
もちろん自身の唯一になり得る女性を探すためだ。
*--*--*
あの日から令嬢がオリーブに絡んでくることは無くなった。
不思議に思って観察していると、どうやら標的?を替えたようだった。
「彼女たちも『失恋』したのかしら・・・」
オリーブはエボニーが言っていた言葉を思い出した。
オリーブはまだ『失恋』したばかりで、胸の痛みが軽くなる気配はない。
エボニーは『新しい恋が特効薬』だと言っていたが、何歳になろうとオリーブにだって好みはある。辺境の男性に比べると細身の騎士が多い王都には、オリーブが精神と身体を安心して預けられそうな男性はいないように感じる。
ヴェルトを忘れ、この場所で新しい恋を見つけることなど、本当に出来るのだろうか。
出来なければ、この痛みは一生続くのだろうか・・・。
「マルーンさん、大変です!!!」
オリーブがそんなことを考えていた時、宿舎の寮執事が封書を持ってオリーブの元に駆け寄って来た。
「貴女に召喚状と、迎えの馬車が──」
「召喚状──?」
寮執事が持って来たものは、オリーブですら名を知る、フロスティ公爵家からの召喚状だった。




