23 まだ間に合う
「おいっ!エボニー!そっちは・・・っ!!」
危ないから戻って来い。
そう言いたかったが、エボニーに抱き付かれた衝撃で出遅れたヴェルトが叫ぼうとも、彼女は既に声の届かないところに行ってしまっていた。
エボニーの後を追うためヴェルトが立ち上がると、二階からレィディアンスが降って来た。
オリーブに続きエボニーが林に入ったのを確認したレィディアンスは、執務机の横に置いていた剣を取ると、二階にある執務室の窓から飛び降りたのだ。
「え、お嬢?」
「・・・馬鹿め」
訳が分からないと言った顔のヴェルトにそう言い残すと、レィディアンスはあっという間に走り去ってしまった。
それに、器用に雨どいを伝って降りて来たフォレストと従者の男が続く。
「判断が早い──後先考えないのはどうかと思うけど、なかなか見どころがあるお嬢さんだね」
そう言ってフォレストが、その後に従者の男がヴェルトに会釈し駆け出すのを見て、ヴェルトも慌ててその後を追った。
辺境伯邸の庭とはいえ、この林は国境の森へ繋がっている。危険がないとは言えないのだ。
*――*――*
丁度その頃、オリーブは迷ってしまったという事実に歩く気力も無くし、力尽きて座り込んでいた。
林と森の違いなどオリーブは考えたことすらなかったが、ここまで木々が生い茂っているということは、ここはもう辺境伯邸の庭を抜け、国境の森の中なのではないかと思えて来た。
(ヴェルト様・・・助けて──)
オリーブはヴェルトが自分を見つけてくれることを願い、恐怖と戦っていた。
しかし、オリーブのもとにやって来たのは想い人ではなく、今最も会いたくない人物だった。
「オリーブさま、大丈夫ですか?」
オリーブはエボニーの予想とは違い、意外と遠くまで来ていた。
「何をしに来たの!?」
「何しにって・・・」
もちろんオリーブを追ってきたのだが、そんな風に言われるとは思っていなかったエボニーはその剣幕に少し怯んだ。
「ヴェルト様は私と想い合っているの。あなたのような悪魔には渡さないわ!こっちに来ないで頂戴!!」
オリーブがヒステリックに声を上げた。
「ぁ・・・」
こうなった状況とその言葉でオリーブの気持ちとヴェルトとの関係を察したエボニーは、自身の軽率な行動を反省した。
以前訓練場でオリーブが倒れた時、ヴェルトが彼女を抱き上げて運んでいたことを思い出したのだ。
あの時はヴェルトが貴族とは知らなかったので何とも思っていなかったのだが、貴族は軽々しく異性の身体に触れたりしない。
あれは“そういうこと”だったのだと、エボニーは今さら納得したのだ。
エボニーはオリーブが自分とヴェルトの仲を誤解しているのだと察した。
「オリーブさま、安心してください。私はどうやらヴェルトの義母になるらしいんです。だからヴェルトのことはなんとも思っていませんよ」
オリーブはそんなエボニーの言葉に驚いた。
エボニーはまだ本当の婚約者が誰か知らないままらしく、ヴェルトではなく、その父親であるクルール男爵に嫁ぐと思っているのだ。
「──あなたは彼のことを何とも思っていないの?」
「はい。──だって母子になるんですよ」
エボニーは自分に言い聞かせるようにオリーブに伝える。
(そうなるとオリーブさまが未来の娘なのかぁ・・・)
エボニーはちょっとモヤモヤしたが、実家の商会でお客様相手に鍛えた表情筋をフル稼働して、顔には出さない。
その反面、オリーブは絶望から一転、空をも飛べそうな気持ちになった。
レィディアンスはオリーブに「ヴェルトがオリーブを伴侶に望むのであれば考えんこともない」と言っていたが、あの奥手で無口なヴェルトが積極的にレィディアンスにオリーブとのことを話すとは考えにくい。
しかし、レィディアンスはああ言っていたが、ヴェルトがまだエボニーに自身が婚約者であることを伝えていないということは、彼はまだオリーブとのことを諦めていないことに他ならない。
(まだ間に合うわ)
オリーブの未来に希望の光が差した、その時だった。
二人が会話をしている場所の先にある草むらからカサカサと音がしたかと思うと、六頭の獣が姿を現したのだ。




