24 私を追ってきて下さったのですね
「!」
「ひっ!!」
傍目から見ても良く分かるほど、オリーブは身を固くしてしまった。座り込んだ状態から徐々に後ろに下がろうとしているが、背後にあった大木に背が当たり、下がれないでいる。
腰が抜けているのかもしれない。これでは逃げることは出来ないだろう。
獣とは距離があるため高いところに登ってやり過ごすことも考えたが、流石のエボニーも木登りはしたことがないし、当然オリーブだって無理だ。完全に詰んでいる。どうすることも出来ない。
エボニーは覚悟を決め、そっと足元に落ちていた太い木の枝を拾うと、獣を刺激しないように動いて静かにオリーブの前に立った。
かなり心許ないが無いよりはマシだし、今この場に剣があったとしても、まだ獣相手に振るえるほどの腕前ではない。誰かが来てくれるまで、どうにかして耐えなければならない。
(大丈夫。あたしが林に入ったことはヴェルトが見ていたはず。必ず来てくれる)
獣がにじり寄ってくる。
そしてある程度まで近付いたところで攻撃の間合いに入ったのだろう。そのうちの一頭がエボニーたちに飛びかかってきた。
辺境の危険性を聞いてはいたが、こうも早く実戦を経験する羽目になるとは思わなかった。
「くるなあぁぁぁっ!!!」
エボニーは拾った木の枝を野獣めがけて夢中で振り下ろした。
タイミングもなにもない、ただ振り抜いただけではある。しかしラッキーなことに野獣の前足に当たり、獣が『きゃうん』と情けない声を上げた。それを聞いた残りの五頭は一旦後ろに下がり、躊躇いを見せた。
しかし、「この調子だ」と再び振り上げた瞬間、木の枝は力みすぎたエボニーの手から抜け、そのまま後ろに飛んでいってしまったのだ。
エボニーの手から武器が消えたことに気付いたのか、獣が再び飛びかかってきた。
今度こそヤバい。
「ひっ!」
エボニーは蹲るオリーブに覆い被さると、覚悟を決め、ぎゅっと目を閉じた。
しかし、いつまで経ってもエボニーの身体には痛みも衝撃もやってこなかった。
『きゃうん』と、獣の鳴く声が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、ヴェルトがエボニーとオリーブの前に立ちはだかっていた。
その大きな背中に、エボニーは泣きそうになった。
ヴェルトは鞘に入れたままの剣で、飛び掛かろうとしていた獣を打ち据えたようで、数メートル先に尻尾を丸めた獣が蹲っていた。
「エボニー!良くやった」
レィディアンスもヴェルトと共に追ってきてくれた様だ。彼女はエボニーにそう声を掛けると嬉々として獣に向かっていった。
「大丈夫か?」
ヴェルトが振り向き二人に声を掛けた。
すると、先ほどまで動けなかったはずのオリーブがエボニーを令嬢とは思えないほどの力で突き飛ばし、ヴェルトの胸に飛び込んでいったのだ。
「ヴェルト様っ!!私を追って来てくださったのですねっ!!」
「──マルーン嬢!?」
オリーブに抱き付かれたヴェルトはかなり狼狽えるようだった。
貴族はあまり身体的な触れ合いをすることはないから当たり前か──。
物語の知識で貴族とはそういうモノだと知っているエボニーは、ヴェルトの心中を察すると地面に座ったまま、チクリと痛む胸を押さえて乾いた笑みを浮かべた。
「ありがとうございますっ!!ヴェルト様ならきっと来てくださると思っていました。エボニーもありがとう。あなたが彼を連れてきてくれたのね。私、あなたを誤解していたわ──」
「あ、はい・・・」
恐怖から解放されたからか興奮してヴェルトから離れようとしないオリーブと、「ちょ、え?あのっ」と戸惑うヴェルト。
どこから見てもイチャイチャしているようにしか見えない二人から、エボニーはそっと目を逸らした。
すると、強者であるヴェルトが身動きをとれなくなっていることが分かったのか、一頭の獣が一人座り込むエボニーに飛びかかってきたのだ。
「マルーン嬢!離れてっ!」
「きゃぁ!ヴェルト様っ」
それに気付いたヴェルトがオリーブに離れるように言うが、その獣を見たオリーブは離れるどころか余計にヴェルトにしがみ付いてきたのだ。その為ヴェルトは剣を抜くどころか構えることも出来なかった。
エボニーは獣の動きに反応できずに座り込んだままだ。
このままでは危ない。
頭では分かっているのに、体が動かないのだ。
悩んでいる時間はない。
ヴェルトは剣を振るうことを早々に諦めると、離れようとしないオリーブを獣から庇いつつ、獣に背を向けエボニーの前に立った。背中で獣の爪を受ける覚悟を決めたのだ。
「ヴェルトっ!」
ヴェルトが何を考えているのかを察し、エボニーが叫んだ。




